第4話 八代湊の一目惚れ
八代 湊は、関西に住む、少しヤンチャな男子高校生。
金髪にピアスと、見た目は派手だが、警察に厄介になったことは無い。
口調が荒くなるのは、元ヤンな母親の影響だ。それに、3歳上の姉の方が、もっと怖い。
そんな姉は、湊とは違い、ゲームや漫画が趣味なインドア派であった。
湊の運命を変えたのは、彼女が持っていた1本のゲームソフトだった。
それは、いつもの様に、テレビドラマを見ていた時の事。
ドラマが山場にさしかかろうという時、バイトから帰ってきた姉から「暇やろ? 」と、湊は1本のゲームソフトを渡された。
『令嬢乙女録〜恋と魔法のドキドキスクールライフ〜』という、何ともむず痒いゲームタイトルに、湊は戸惑う。
更に、姉からスマホを受け取ると、そこには、美麗なイラストで描かれたイケメンキャラクター達が、ピンク髪の主人公を取り囲むイラストが映されていた。
「姉ちゃん、こういう系しとったっけ?」
「んー、いつもはせんけど、友達が貸してきたんやわ。まあ、目当てのキャラおんねんけど、そこにいくまでに、何人か攻略せんとアカンくてな? よろしく頼むわ」
ちなみにこのキャラな、と、姉が指を指したのは、生気の薄い、フェルムという少年。
絶対、学園に住み着く幽霊的なポジションの彼は、姉が言うように、一通り、他のキャラを攻略してからじゃないと出ないらしい。
「レイノルドっていう、メイン的なキャラは攻略したから、他、ある程度進めてな」
それだけ言うと、姉は、面倒くさそうにパソコンを開き、大学の課題に手をつけ始めた。
今までも、彼女のゲームを手伝ったことはあるが、今回のは全く毛色の違うジャンルだ。
(せめて、ギャルゲーならまだなぁ)
しかし、断ろうものなら、色濃く母の血を引く彼女の鉄槌を、貰うことになる。
湊は、渋々、ゲームを起動した。
(にしても、この攻略キャラ達、ちょっとチョロ過ぎん?)
主人公が微笑めば、好感度は上がり、主人公が頼れば、また上がり……。
何だか、自分が八方美人になったようで、少し罪悪感を抱く。
ただ、湊にも、このゲームで唯一の楽しみができた。
「おっ、カトレアちゃんのアイコン出とるやん。ふへへ」
そう、乙女ゲーム内では珍しい女性キャラクター、カトレア・クラーク。
可愛い系な主人公とは正反対の、凛とした美しさを持つ彼女は、当初は、主人公に厳しい言葉を放つ、冷たい印象のキャラクターである。
しかし、交流を深める事で、主人公を思う言動が目立ち始め、何だかんだと、親友という存在にまでなってしまうのだ。
どちらかと言えば、キツい美人が好きな湊とって、カトレアは、見た目もそうだし、そのツンデレ具合もストライクなキャラクターであった。
「めっちゃ可愛いやんなぁ。俺やったら、カトレアちゃん一択やけど、婚約者おるしなぁ」
サイトで、詳細は明かされてはいないが、カトレアには婚約者がいる事が表記されていた。濁すような表現だった事から、登場人物の内の誰かだろう。
(そう思うと、腹立ってくんな)
しかし、フェルムに辿り着くまで、湊が攻略の手を休める事は許されない。
作業と思い、黙々と、シナリオを選択していき、深夜1時にさしかかる頃、ようやく、お目当てのフェルム攻略イベントが出現した。
「おっ、フェルム君やん! お疲れさん、今すぐ、そのコントローラー渡しな」
「うぐっ、エエけど……、隣で見ててもエエ? カトレアちゃんのイベントとかあるかもやし」
本当は、終わったらさっさと寝ようと思っていた。
しかし、カトレアにすっかりハマってしまった湊は、自らの意思で姉の部屋に残る事にした。
「……アンタ、そんなカトレアちゃんのこと好きなん?」
「そりゃそうやろ。こんなしっかりしとって、ツンデレで美人って、オレの好みど真ん中やって」
湊が鼻息荒く語ると、姉は、珍しく気まずそうに目を逸らした。
その異変に、どうしたのかと、尋ねると、姉は、苦々しく口を開いた。
「そんだけ好きなら、レイノルドルートは見んほうが……、まあ、ウチがクリアしたで、それはないかもやけど……」
そう言い濁し、姉は、ヘッドホンを頭にセットし、ゲームを進め始めた。
途中睡魔に襲われたが、湊は、フェルムルートをエンディングまで見届けた。
中々に感動的なシナリオに、最後は涙を誘われた。
しかし、カトレアがあまり登場しなかった事に、湊は、物足りなさを感じていた。
流石に夜も遅いと、部屋に戻った湊だったが、寝ても醒めてもカトレアの事が忘れられなかった。
そして次の日、湊は、姉の部屋からこっそりソフトを拝借し、再びゲームを起動したのだ。
「もっかい、同じの見てもエエけど、やっぱ、新しいスチルもみたいなぁ」
そして、思い出したのが、レイノルドだった。
姉が先に攻略していたので、湊は見ていないが、彼の方でもカトレアは登場するかもしれない。
湊は、姉とは別のファイルに新規データを作り、意気揚々と『令嬢乙女録』をプレイし始めたのだった。
しかし、それは間違いであった。
カトレアの婚約者は、なんと、メイン攻略対象である、レイノルドだった。
別ルートでは、親友だったカトレアだが、今回のルートでは、そんなものが嘘のように、対立する存在になってしまっていた。
そして、最後まで主人公を恨んだ彼女は、卒業パーティーの場で……。
「うわぁぁあ!!」
湊は、泣き叫んだ。
こんな事があっても良いのかと。
別ルートで、、湊は確かに、彼女の恋心を聞いていた。
『あのお方は、政略結婚としか思っていないかもしれないけど……、私は、愛してるわ。好きな殿方に、相応しい女性になる為に、お互い頑張りましょうね』
彼女は、第5章の第4話『中庭でのお茶会』で、そう、話していた。
そんなカトレアの健気な思いやら、自分の家の決め事を無視して、突然出てきた女と結婚するなんて、意味が分からない。
このクソ王子は、カトレアの思いを知ろうとした事があったのか。何、自分だけ自由が無い、不幸なんですって、面をしているのか。
あと、自分で操作しておきながらも、婚約者のいる相手にズケズケと絡んでいく主人公にも引く。
湊は、嘆きと怒りのままに、何度も床を殴りつける。
「うっさい」
「ぐへぇ!」
湊の腹に、容赦ない蹴りが襲いかかる。
顔を上げると、アルコールの匂いを纏った姉が立っていた。
「なんや、レイノルドルート、結局やったんか」
「うぅ……、はい」
「これ、結構胸糞やったよな? ウチもこれ見て辞めよかなって、思ったもん」
落ち込む湊を見かねてか、姉が珍しく同情してくれた。
「まあ、でも、最近、転生物の小説が流行っとるし、もしかしたら、二次創作とかで、カトレアちゃんの救済ルート書いとる人おるんちゃう?」
「転生?」
姉が言うことには、現世で死んだ後、こういった、主人公から見て悪役なキャラに生まれ変わる展開が、創作界隈で流行っているらしい。
現世での知恵を利用し、新たな人生を送るというのだが……。
「それって、転生って言うより、別の人間が乗り移っとるような気が……」
「そこ気に出したらキリないで。とにかく、落ち込んどらんと、そういうのもあるから、気持ち切り替えや」
姉はそう言って、風呂に入りに行った。
1人のこされた湊は、「転生物なぁ……」と、姉が話していた内容を振り返る。
(もし、オレがカトレアちゃんになれるんなら、 今度は必ず、レイノルドと幸せにすんのにな)
しかし、それは、果たして『カトレア』なのかと、湊は、姉が戻ってくるまで、考え込むのだった。




