第1話 登校初日
壮大な土地に構えられている、ヴィストン学園。
王国最大の教育施設は、今年で50年目を迎える。
ヴィストン学園の創設者であり、先代国王の趣味が反映されてか、ゴシック建築が取り入れられた校舎は、年代を重ねて、より、趣きが出ている。
王家をトップに置いているヴィストン学園だが、現在は、国王の弟である、キャンベル学園長を中心に運営されている。
彼が学園長を務めてからは、一般市民でも通える『一般教養科』が設立される等、王国全体の教育レベルが一段と上がってきている。
カトレアの周りにも、一般市民だろう新入生がいた。彼等は、学園のあまりの壮大さに、分かりやすく驚いているから、すぐに察せてしまうのだ。
(まあ、侯爵令嬢としての私なら、上下関係を気にしていたけれど……)
今のカトレアは、騎士を目指す1人の若者である。
令嬢として入学した訳ではないため、彼等と立場は変わらない認識である。
クラーク家に迷惑をかけないよう、必要な場合は意識するが……。
(まさか、リリスにあれだけ、身分だなんだと言ってた自分が、こんな風に思うとは……。環境で人は変わるものね)
カトレアが、校舎に繋がる、石目模様のタイルの上を歩いていくと、大扉から少し離れた場所で、ダンデ達が待っていた。
「ご機嫌よう……、グラト、具合悪そうね?」
「あー、何か馬車に酔ったらしいぜ」
カトレアと同じく、王都外に住むグラトも学園からの馬車に乗って王都に来たのだろう。
しかし、馬車は初めてだったらしく、慣れない乗り物によってしまったのだ。
「代わってほしかった……」
どうやら彼は、こんな思いをするなら、5日間、馬に乗り続けた方がマシだったそうだ。
しかし、馬に乗ってても揺れはするだろうに。そちらでは酔わないと言うのだから、不思議な話である。
とはいえ、気持ち悪そうに、口を抑えるグラトがあまりにも可哀想だ。
カトレアは、王都に入ってから買った水を、彼に差し出す。
「まだ冷たいと思うから、飲むといいわ」
「……ん」
グラトは、頭を下げて受け取った。
彼は、ゆっくりとした動作で蓋を開け、水筒に口をつける。
それを見たセラが、アッと、口を開く。
「間接チューですね」
その一言に誰よりも反応を示したのが、何故かダンデで、彼は、グラトの手から水筒を奪い取ってしまった。
「ちょっと、何してるのよ? あ、汚いとでも思ったのかしら? おあいにくさま、まだ口付けてないわよ!」
「いや、そういう訳じゃ……」
ダンデが何かを言いかけていたが、機嫌を損ねたカトレアは、それに気が付かない。
ダンデの手から水筒を取り返すと、カトレアは、再びグラトに渡した。
「大体、騎士になる人間が、そんな潔癖でどうするのかしら? お互いの水を分け合うことだってありえる話よ?」
「……カトレアさんって、本来侯爵令嬢なのに、割と、周りの環境に順応するの早いですよね」
セラの言葉を、カトレアは褒め言葉と受け取り、得意げに笑った。
こちらは、1度死んで巻き戻った人生すら、受け入れているのだ。
ちょっとやそっとの変化くらい、順応出来ないわけが無い。
(けど、ダンデが潔癖って以外ね。それとも、極度に初心なのかしら?)
カトレアは、そんな事を考えながら彼を見るが、気まずそうに目を逸らされてしまった。
「チッ、もう良いだろぉ? ベン達は先行ってんだ。俺達も行こうぜ」
追求を避けるように、ダンデが突然、急かし始めた。
しかし、この後、入学式が控えている為、彼の言う通り、そろそろ行った方が良い。
グラトが水を飲み干したのを確認して、カトレア達は、校舎へと入って行った。




