第2話 二度目の幕開け
自分の姿も見えない、真っ暗な闇。それが、カトレアが見ている景色だった。
(地獄に堕ちると思ってたのに……、光も音すらもも無いじゃない……。 まさか、お母様もこんな場所に?)
炎に焼かれる事も覚悟していたが、待っていたのは何処までも広がる虚無の世界。死後がこんなものとは思っていなかった。
早世した母親の記憶は殆どないが、このような光景を見てしまえば、心配になる。
罪を犯した自分だけの罰である事を祈りつつ、カトレアは一歩踏み出した。
「――っ!」
しかし、その先は大きな穴だった。カトレアは、悲鳴を上げる間もなく、落ちていく。
(落ちてる感覚はあるのに、景色が真っ暗で、何が何だか分からない……!)
「一体、何処に行くっていうのよ!!」
「ハッ!!」
カトレアが目を開けると、見覚えのある場所が目に入った。見慣れた天蓋ベットに、生前、母が使用していた白い家具達は、間違いなく自分の物である。という事は、ここは自分の部屋なのだが……。
(私、死んだはずじゃ……? いや、実は助かったのかしら?)
しかし、カトレアはある違和感に気が付く。
「体が小さくなってる?」
顔の前で広げた手のひらは、以前のほっそりとした長い指とは違い、ぷっくらとしている。まるで子供のようなその手を見て、慌ててベットから飛び降り、ドレッサーへと駆け寄る。
「嘘……、子供になってる!」
光に照らされ、淡い水色が浮かぶ長い髪。アーモンド型の目の中央にある、アクアグレイの瞳。鏡に写っているのは、間違いなく自分なのだ。
しかし、何故か10歳にも満たない頃までに、幼くなっている。
死んで幻でも見てるのかと思い、頬を抓ってみるが、痛みがある。なるほど、現実だった。
「どういう事なの? 一体、何が起きてるの?」
コンコンっ、コンコンっ
状況が理解出来ない中、鏡の前で百面相を繰り広げていると、ドアをノックする音が聞こえてきた。
「お嬢様、失礼致します。お支度に参りました。入ってもよろしいですか?」
「エッ!? あっ! いっ、いいわよ!」
混乱しながら許可を出すと、老齢のメイドのハーベラが入ってきた。
カトレアの世話をする使用人は複数人いて、彼女は、記憶が正しければ、9歳の時に年齢の事もあり、辞めていたはず。
しかし、現時点で彼女が働いているという事は、自分は、9歳以下の時代に戻ってきたというのだろうか。
(そんなおかしな事があるのかしら……? もしかして、誰かの魔法? いや、そんな魔法は聞いたことないわ)
「お嬢様? 何だか顔色がよろしくないですね。お身体悪いのですか?」
「い、いえ! そんな事ないわよ?」
「そうですか、なら良かったです。今日は、レイノルド王子がお見えになるのですよ?」
「え!?」
ハーベラの言葉に、カトレアは思わず声を上げてしまった。
(レイノルド王子がいらっしゃってるですって!? という事は……)
「あら? 聞いておられませんでしたか? カトレアお嬢様が、婚約者として選ばれたのですよ! 今日は、一段とおめかししなくちゃいけませんねぇ」
そうであった。
カトレア9歳の春に、レイノルド王子との婚約が決まったのだった。そして、カトレアの重すぎる恋もここから始まった。
しかし、情に熱く、ロマンチストな彼の事だ、気持ちを蔑ろにした婚約に反対だったのだろう。
では、どうしたらよいのか。確か、レイノルドとの見合いは昼からのはず。現在、午前9時半。 それまでの間に、自分の考えをまとめなければ……。
「ハーベラ? 悪いのだけれど、やっぱり体調が優れないみたい……。」
カトレアは、この日初めて仮病を使った。