第1話 嫉妬からの破滅
豪華絢爛な宮殿。その大階段の間で開かれたヴィストン学園の卒業パーティー。本来であれば、数多の生徒が踊ったり、料理に舌鼓を打ったりしているはずだった。
しかし、現在、パーティーの場では、険悪な空気が流れている。
そして、その中心にいるのは、ヴィストン王国において、侯爵の段位に付く、クラーク家の令嬢、カトレアであった。カトレアは、豪華なドレスにシワができるのも構わず、裾を強く握りしめていた。
「カトレア……。君のリリスへの数々の所業は、私の耳に入っているよ。しかも、嫌がらせの中には、魔法を使った危険な行為もあったそうだね?」
そう糾弾するのは、カトレアの婚約者であり、この国の王子である、レイノルド・ロザーディオであった。レイノルドは、大階段の上から、冷ややかな目でカトレアを見下ろす。
「レイノルド様? では、何故、その者を側に置いておられるのですか?」
睨みつけた先には、レイノルドと、その陰に守れるように、マーシャル伯爵の養女、リリスが立っていた。
「そこは、婚約者である私の場所ではないのですか!? 少なくとも私は、その『場所』に相応しくあろうと、貴方様と出会った時から努力してきました……。なのに、突然現われた平民出身の、しかも、大した教養も無い彼女を選ばれるのですか!?」
「私は、元より君との婚約には反対だ。何より、嫉妬に狂って人を傷付ける女性が、我が王家の夫人を名乗るのに相応しいと、私は思わない。」
「―――っ!!」
「リリスは、確かに教養は君に劣るかもしれない、それ以上に、人を思う『優しさ』がある。今後、この国を支えていく上で、その優しさは、国民の原動力となるだろう」
レイノルドは、優しく彼女へと微笑みかけた。リリスはそれに答えるように、レイノルドの手をそっと握りしめる。
その光景は、カトレアの積み上げてきたプライドを崩すには、十分であった。
「リリス・マーシャル……、よくも、よくも!! 私から奪ったわね!! 貴女の行為が、私にとって……クラーク家にとって、どれだけの仕打ちをしているかも知らずに!!」
血の繋がりを重要視する貴族の世界において、王子との婚約は、クラーク家のこれからの確固たる地位に必要不可欠な縁談。それは、跡継ぎにもなれない自分が、唯一、クラーク家の為に、もたらせるものであり、存在意義であった。
だからこそ、婚約が決まった幼い頃から、勉強も、使うかも分からない魔法も、ストイックに高めてきたのだ。
それなのに、突然現われた平民上がりの女が、ただ、気に入られたというだけの理由で、その隣を奪っていった。
そして、隣だけではない。リリスは、自分の十数年の努力も、今後の立場も、何よりも――
(私は、レイノルド様の事を……っ!!)
「許さないっ!! 貴女だけは許さないっ!!」
叫ぶと同時に、カトレアが持つ『氷の魔力』により、冷気が周囲に蔓延していく。
「――っ! カトレアっ! 馬鹿なマネは辞めるんだっ!」
制止も構わず、カトレアは、怒りのままに右手を翳し、魔法をリリスへぶつけようとした。
肉を切り裂く音がカトレアの耳に入る。
「――エッ?」
しかし、カトレアの魔法は、リリスへは届いていなかった。否、魔法は発動しなかったのだ。
何故なのかと、考える間もなく、体は床へと倒れこんだ。
「キャ――っ!!」
周囲の悲鳴が広がる中で、漸くカトレアは、自分が斬られた事を知った。
血が床に広がり、自身の、白絹に近い水色の髪が、どす黒く染まっていく。それを見て、カトレアは、己の無様な最期を悟った。
残り僅かな力を振り絞り、目線だけでもと、見上げれば、自分を斬ったのであろう騎士が立っている。
その向こうから、何故か真っ青な顔をして、リリスが駆け寄ってきた。
「カトレアさんっ! 死んじゃダメっ! お願いっ!!」
リリスは、カトレアに必死で『癒しの魔力』を注ぎ始める。傷付けようとした相手にも関わらず、カトレアを救おうとしているのだ。
(そうか……、これが、レイノルド様が仰ってた『優しさ』ね。)
「かな……わない……なぁ」
カトレアは、恋敵を瞳に映しながら、そのまま息を引き取った。