第18話 助太刀
「リュウノスケ様?、どうしてここに……」
カトレアは、リュウノスケの腕の中から起き上がろうとするが、力が入らなかった。
魔力を消費しすぎたからだろう。
「無理するな。その年でよくここまで耐えた。こっからは俺に任せろ」
リュウノスケは、カトレアをゆっくり下ろすと、鞘から剣を抜いた。
王国で見たことが無いそれは、彼の国の物だろうか。波打った模様の刃が、月明かりに照らされる。
魔物は、突然現れたリュウノスケに一瞬怯えたように後ずさったが、すぐに爪と牙を剥き出しに威嚇を始めた。
どうなるのかと、固唾を飲んで見守る中、後ろから、息を切らしてダンデが戻ってきた。
「ハァハァ、カトレア、大丈夫か!ーーって、なんでオッサンが!?」
ダンデが驚いていると、リュウノスケは、一瞥だけして、「下がってろ」とカトレア達に告げた。
カトレアは、ダンデに抱きかかえられ、その場から少し後ろへと離れた。
「ダンデ、セラは?」
「アイツなら離れた茂みに隠れさせた。意識はあるから問題ねえよ。それより、オッサン、大丈夫なのかよ」
ダンデは、心配そうに眉を顰める。
両者、様子を伺う中、樹海に風が吹いた。
それをきっかけに、魔物とリュウノスケが互いに地面を蹴りあげた。
リュウノスケは、距離を詰めると、大振りな魔物の動きを避けて、懐に潜った。そして、そのまま、横一線に剣を振るう。
「くたばっとけ、バケモン」
リュウノスケの言葉と共に、魔物の上半身と下半身がズルズルと分かれる。地面に落ちた魔物の体は、そのまま砂のように崩れていった。
リュウノスケは、返り血ひとつ浴びずに涼しい顔で、剣を鞘に戻す。
そして、魔物だった砂から、魔法鉱石を取り出すと、軽く空に向かって投げ、手のひらに戻した。
彼の強さに、カトレアとダンデは、言葉を失う。
2人が呆然としていると、リュウノスケが不快を顕に、眉間に皺を寄せながら帰ってきた。
「おい、何でこんな事になったんだ。説明しろ、クソガキ」
ダンデは、「俺にもよく分かんねえよ」と、前置きした上で、今までの経緯を説明した。
「俺が1ヶ月前に来た時は、こんな事無かったがな……。まあいい、王国の調査員には報告するとして、もうひとりのガキ、迎えに行くぞ」
「その必要はないですよ」
声のする方を向くと、腹を押さえながら、セラがヨロヨロと歩いていた。
「バカっ!テメェ、動くなって言っただろうが!」
「う〜、ダンデさん、あんまり怒鳴らないでください。お腹に響きます。それに、嫌な気配無くなったの確認してから出てきたんで、大丈夫でしょ?」
セラは、同意を求めるように、リュウノスケへ顔を向けた。
彼はため息をつき、呆れた顔でセラを見た。
「リュウノスケ様……、一体どうやってこちらに?」
カトレアは、皆が思っていた疑問を口にした。
「あぁ、コイツだよ。コイツに転移魔法かけたんだ」
そう言って、リュウノスケはカトレアの首に提げてある小瓶を指で触る。
彼の説明によると、この小瓶に入っているのは『雷』の魔法鉱石らしい。
これに、雷の魔法である電光石火効果を応用し、転移魔法をかけたのだと言う。
そんな高度な魔法であれば、知識とかなりの魔力がいるはずなのだが……。
「察しの通り、馬鹿みたいに質の良い魔法鉱石と、馬鹿みたいに魔力を使わなきゃいけねえ代物だ。儲けが少ないから、数個しか作んなかったんだが渡しといて良かったな。」
「もうコイツは使えないがな」と、リュウノスケは、カトレアの首から小瓶を抜き取った。
小瓶の中身の魔法鉱石は、色がくすんでおり、最初の鮮やかさは無くなってしまっていた。
「1回しか使えないのも、気に食わねー。まあいい、帰るぞガキ共」
背を向けるリュウノスケを、カトレアは慌てて引き留めようと手を伸ばした。
しかし、疲労が激しく、すぐに地面に手をついてしまった。
すると、リュウノスケが呆れながらも、労わるように背中に手を置いてくれた。
「おい、大人しくしとけ。ろくに体、動かせねーだろ?」
「――っ、お気遣いありがとうございます。ですが、先程の件は固くお断りしますわ」
あからさまにリュウノスケが不機嫌に眉間を寄せたが、カトレアは畳み掛けるように話を続けた。
「あちらの『朝露の木』が開花すると、『氷』の魔法鉱石が手に入るのです。私達は、アレを手に入れずには帰れません。」
「まだ、そんな事言ってんのか? お前、自分がどんな目にあったのか分かってんのか?」
「それでも、私はダンデの夢を『そんな事』では、片付けられません!」
引き下がるつもりは無いカトレアに、リュウノスケは舌打ちをする。
すると、見守っていたダンデが、カトレアの横に膝をついた。
「ありがとな、カトレア。でも、いいさ。剣は死ぬ気で金貯めて買うよ。もし買えなくても、別にいいって」
「ダンデ……」
「ふたりは、俺ひとりの為にこんなにも必死になってくれた。これ以上望まねえよ」
気を遣わせないようにと、微笑むダンデに、カトレアはかける言葉が見つからなくなる。
不甲斐ないと、カトレアは地面に爪を立てた。
そんな中、セラが突然蹲り出した。
「アイタター、魔物に殴られたお腹が痛いよー。これは動けないなー。ちょっとの振動もキツイなー。夜明けまで休まないと無理だなー」
セラは、リュウノスケを見ながら、わざとらしい口調で言った。
リュウノスケは、「クソっ」と、悪態をつきながら、カトレア達を睨みつける。
負けじと睨み返すと、リュウノスケはこちらに来て、カトレアを抱きかかえた。
「キャッ! りゅ、リュウノスケ様!?」
「その『様』は辞めろ。……『朝露の木』、行くんだろ? 案内しろ」
彼の言葉に、カトレア達は目を合わせて喜びを分かちあった。