第17話 襲来
暖かい季節とはいえ、夜はまだ冷え込む。
カトレアは眠っているセラと一緒に、ローブにくるまっていた。
「ダンデは一緒に入らなくていいの?」
カトレアは、火の番をするダンデを、ローブの中に誘った。
「平気だ。それに、3人揃って寝る訳にはいかねえからな」
「あら、なら代わりましょうか?」
「別にいいから、少しでも寝とけ。……お前らを俺の都合に付き合わせてんだ。火の番くらいしなきゃ、気が済まねえんだよ」
こちらは気にしてないのだが、口にするのは余計なお世話かもしれない。
それに、魔力も回復したとはいえ、完全ではない為、休めるのはありがたかった。
カトレアは、ダンデの言葉に甘えて、ゆっくりさせてもらう事にした。
焚き火を眺めながら、ウトウトとしていると、ダンデが寒いのか鼻を擦りだした。
「鼻が出るの?やっぱりこっちにいらっしゃいよ」
「いや、寒いんじゃなくてよ……、何か生臭くねえか?」
カトレアも、匂いを嗅いでみるが、よく分からなかった。
ダンデが「気のせいか?」と首を傾げていると、セラが急に目を覚ました。
「セラ?」
「……何か嫌な気配がします」
「嫌な気配って――」
その時、カトレアの鼻でも分かる、生臭く錆臭い匂いが風に乗ってきた。それと共に、何かの足音が近付いてくる。
カトレア達は、足音の方へ恐る恐る顔を向ける。
「――っ!」
カトレア達の目に入ったのは、二足歩行のケルベロスのような魔物だった。2メートルはあるだろう大きな魔物は、その鋭い爪で猪を鷲掴みにしていた。
(ていうか、あれってもしかして……!)
恐ろしい事に、3つの犬の頭は、洞穴でセラが倒した野犬達だった。そして、その真ん中の頭に、赤く輝く魔法鉱石が埋め込まれている。
あれだけ探し求めていた物なのに、カトレアは、恐ろしさに足が竦んでいた。
そんな中、セラが剣を手に魔物に斬りかかっていく。
「やあっ!」
しかし、振り下ろした剣は、易々と腕で止められてしまう。すかさずセラは目を狙うが、魔物の鋭い牙に、刃を噛み砕かれてしまった。
丸腰になったセラに、容赦なく魔物の爪が襲いかかる。
「セラ!!」
「クッ!!」
セラは、既の所で鞘で攻撃を防いだが、勢いのまま吹き飛ばされる。慌ててダンデが受け止めに入ったが、勢いに負け、ふたり一緒に木に体を打ち付けた。
カトレアは、2人に駆け寄るが、セラは腹にダメージを受けたのか激しくむせており、ダンデは、頭から血を流していた。
「セラ、ダンデ!!」
「クソっ、俺は大丈夫だ。頭切っただけだ……。けど、セラはもろにくらっちまってる。」
グッタリ蹲るセラの様子から、彼が走って逃げるのは不可能だろう。
しかし、無情にも魔物はカトレア達へと近付いてくる。
(このままじゃ……。そうだわ!)
カトレアは、首に提げていた小瓶を握りしめた。
「『名を記されし者よ、ここに現れん!!』」
カトレアの詠唱と共に、稲光が魔物の元へ走る。
稲妻を受けた魔物は、劈くような叫び声を上げ、痛みに苦しんでいる。
カトレア達は、その隙に走って逃げ出す。
「3分! 何とか逃げるわよっ!」
「チッ! こんなにも長え3分は初めてだよ!」
カトレアの言葉に、セラを背負いながら、ダンデが叫びかえす。
リュウノスケに言われた通りに、必死で逃げるカトレア達だが、背後からは、怒りの咆哮をあげる魔物が、先程よりも早いスピードで追いかけてくる。
これでは、捕まるのも時間の問題だ。
カトレアは、並走しているダンデを見る。
平気とは言っているが手負いのダンデと、話す事もままならないセラ。
彼等を残す訳にはいかない。
「ダンデ、何があっても足を止めないでくれる?」
「ハッ? 何考えてやがるテメェ!」
「良いから!! セラを頼んだわよ!!」
カトレアは、ひとり足を止め、振り返った。
「『咲き誇るわ凍てつく六華! 』」
(体力作りだけしてたわけじゃないのよ! ここが成果の見せ所よ、カトレア!!)
カトレアは、ラドリゲスの元でただ言われた事だけしていた訳では無い。自分に足りない分を補えるのは魔法なのだ。密かに勉強した呪文を、両手を構えカトレアは必死で唱え続ける。
「『美しき氷の華達よ、我等を守る氷壁となれ!!』」
カトレアの詠唱により、目の前に敷き詰められるように現れた氷の華が、氷壁として魔物の進行を阻む。
魔物は、響き渡る獰猛な叫び声を上げて、氷壁へと突進を繰り返す。
「うっ!」
魔物の激しい攻撃に、魔法を使うカトレアの手にも衝撃が走る。それに加えて、日中の魔法により消費した魔力がここに来て響いていた。
(ダメっ! ここで耐えないとダンデ達がっ)
「お願いっ、まだ持って!」
カトレアが願いを口にした時、胸元のリボンに異変が起きる。
行商人のトトから貰ったそれは、刺繍がキラキラと輝き出した。それに比例するように、氷壁が更に強固な物へと変わっていく。
(一体どうなってるの? でも、これはチャンスよ)
リュウノスケから貰った小瓶が、何になるのかは分からないが、この状況を打破する手段は、今現在それしかなかった。
とにかく、彼を信じてカトレアは、魔物をこれ以上先に進ませないよう、踏ん張るしかない。
「もっと! もっと強く!!」
しかし、魔物はこちらの予想もしない動きを見せる。
魔物は爪に炎を纏うと、それを氷壁に振り下ろした。氷壁は、呆気なく砕け散り、魔物とカトレアの間には何も無くなってしまった。
「――あっ」
カトレアは、絶望からか細い声を漏らした。
魔物の鋭い爪が目前に迫る。
(せっかくやり直せたと思ったのに)
カトレアは、2度目の死を受け入れようと、目を閉じた。
しかし、その瞬間、落雷の様な光がカトレアと魔物の間に落ちる。それに弾き飛ばされたカトレアの体を、何者かが受け止めた。
「アー、何だってこんなレベルの魔物がいやがる?」
その聞き覚えのある、ぶっきらぼうな喋り方に顔を上げる。
すると、何故かここに居ないはずのリュウノスケが、カトレアを抱きとめていたのだった。