第10話 剣を求めて
各々が好きなように居座っていると、リュウノスケが不機嫌そうに出てきた。
「おい、アンタら。くっちゃべってないで、買うなら買え。買わないなら出てけよ」
そう言い捨てると、彼は、数本の剣が入った籠をカトレア達の前に置いて、また店の奥に戻って行った。
自分達の会話を聞いていたのだろうか。彼等が騎士という事を察して、剣を持ってきてくれたようだ。
(あんな無視してる感じなのに、ちゃんと私達の事見てたのね。)
不器用なリュウノスケの気の利かせ方に、カトレアは小さく笑ってしまった。
「店主殿、感謝します。さて、カトレア嬢、貴女に合う剣を探しますぞ?」
「エッ! 私のでしょうか? てっきりラドリゲス様のかと……」
「ハッハッハ、私はもう持っておりますからな。ささっ、選んでご覧なさい」
しかし、急に選べと言われても、難しい話である。正直、剣について詳しくないカトレアには、どの剣が自分に適しているかなんて、分かるはずがない。
「おい、ラドリゲス。全員が貴様の様に直感で選ぶ人間ではないのだ。見ろ、弟子が困ってるだろう」
エドヴァールは、ラドリゲスに苦言を呈すると、悩むカトレアの隣に立った。
「カトレアと言ったかな?君の場合、持てそうな物を選ぶと良い。女性だから、どうしても筋力に不安があるだろう?」
「持てそうな物ですか……」
カトレアは、籠の中から刃先の細い剣を選び手に取ってみる。
しかし、見た目よりも重い上に長く、早々に戻した。
「それは、レイピアという剣だ。その系統が良いのなら、それより小さいこっちにしなさい」
エドヴァールが渡してくれた剣は、刃先の細さは似ているが、先程よりも短く軽い剣だった。
「これ位の重さなら何とか大丈夫そうです。ありがとうございます、エドヴァール様!」
「大した事は教えていない。気にするな」
エドヴァールは、「分からない事があれば聞きなさい」と言い残し、立ちながら寝ているサラの方へ行った。
「でも、振り回すには身長が足りませんね……」
「それは仕方ありませんよ。なにせ、これらは大人に合わせて作られた物ですから。子供用のは、以前、村の少年達に教えた時に使った物が残っておりますのでご安心ください。」
「では、何故連れてきてくださったのですか?」
「それは、もう少し大きくなってからのお楽しみですぞ」
ラドリゲスは、それ以上は教えずに、店の奥のリュウノスケに話に行ってしまった。
カトレアが、手に持っていた剣を戻していると、セラがノロノロと剣を見に来た。彼は、触りもせずにボーッと、籠の中を眺める。
「これでいいや」
1分も経たない内に、セラは1本の剣を手に取った。片側が湾曲した剣身で、大人であれば片手で持てるくらいの大きさである。
しかし、彼は何を決め手に選んだのか……。
案の定、怒ったエドヴァールが、「命を預ける物をそんな適当に選ぶとは何事だ」と、至極真っ当な事を説教しているのだが、当の本人は、興味無さげに壁を見ていた。
(エドヴァール様の日頃の苦労、察するわ)
火花がこちらに飛ばないよう、カトレアは、その場を離れ、隅に居るダンデの傍に避難した。
「なあ、騎士団長をブチ切れさせる孫って……、ちょっとヤバくねえか?」
「そうよね、あんな冷静そうな団長を怒らせるなんて……。将来が末恐ろしいわ。あ、そういえば、ダンデは剣見なくて良かったのかしら?」
あれだけ欲しがってたのにと、疑問を口にすると、ダンデは、深いため息を吐いた。
「あー、俺、金持ってねえからな。今見ても買えねえし、触んの悪いだろ? 」
本当は見たくて仕方ないだろうダンデは、堪えるように、ギュッとズボンの裾を握った。
最初見た時は、失礼な少年としか思わなかったが、意外に常識的な面もあるらしい。それに、騎士を目指す志は非常に高い彼が、剣を買えないというのは、あまりにも悲しい。
「んじゃ、見積もりでたら手紙で送るから、また支払いに来てくれ」
「かしこまりました。何卒、よろしくお願いいたします」
ラドリゲスとリュウノスケが、話が終わったらしく、店の奥から戻ってきた。そこにすかさず、ダンデが駆け寄る。
「オッサン! お願いだ、俺を雇ってくれ! 給料はいらねえ、剣だけ作って欲しいんだ!」
この通りと、ダンデが頭を下げるも、リュウノスケが首を縦に振る気配は無い。
「あの、リュウノスケ様、差し出がましいのですが私からもお願いです。せめて、何かもう少し譲歩して差し上げれないでしょうか?」
必死に頼み込むダンデを見かねて、カトレアからも助け舟を出す。
すると、それに乗っかる形で、ラドリゲスも店主に進言を始めた。
「店主殿、こんな将来有望な子供達が頭を下げてるんですから、少しくらい考えてもよろしいのでないかな?」
「……チッ。アーー、分かったよ。雇ってやるよ、クソガキ」
リュウノスケの返事に、ダンデは、勢い良く頭を上げる。喜びのままに、ガッツポーズをとるダンデに、我が事のようにカトレアも嬉しくなる
「おい、浮かれてんじゃねえぞ。一つ、条件がある」
「条件?」
「ヨルドの樹海で、魔法鉱石を3種類取ってこい」
(魔法鉱石ですって!?)
リュウノスケが提示した条件に、カトレアとラドリゲスは、そのハードルの高さに、目を見開いた。
魔法鉱石とは、魔法の属性の数だけ種類がある宝石で、身に付ける事で、それぞれの魔力をアップさせる効果がある。
しかし、魔法鉱石の位置は、その属性に合った人しか探知する事が出来ない。魔法の属性は1人1つしか持っていないのだから、3種類見付けるのはダンデ1人では不可能である。
「無理ならこの話は無しだ。おっと、そこの爺さん共が手を貸すのも無しだ。自分が欲しい物は自分の力で手に入れろよ、クソガキ」
これは、ダンデに否が応でも諦めさせる為の条件だ。面倒事を避けるためとはいえ、最初から不可能な条件を押し付けるとは、大人気なさすぎる。
(出来ないって、高くくってるわね……。子供だからって馬鹿にするのは気分が悪いわ)
カトレアは、ダンデの右手を掴んだ。
「大人は手を貸してはいけないのですよね?では、私がダンデのお供をさせていただきます」
カトレアは、ニコリと笑って、「よろしいですよね?」と、リュウノスケに問いかけた。
「ヨルドの樹海か……。セラ、お前も行きなさい。その怠惰な精神を叩き直してこい」
「エッ? お爺様、嘘でーーー」
「店主! ウチの孫も行かせるが構わんなっ!」
エドヴァールの判断で、更に多勢に無勢となったリュウノスケは、苛立たしげにグシャグシャと頭を掻きむしり、「勝手にしろ」と、店の奥へと引っ込んでいった。