第9話 夢を持ちたくない少年
先程まで小競り合いをしていたカトレアとダンデは、突然の来客者に固まってしまった。
(何なのこの威圧感!?)
退かなくてはと思いつつ、老紳士から感じる圧に動けないでいると、後ろからラドリゲスの声が聞こえた。
「おお! これはこれは、エドヴァール団長! こんな所で奇遇ですな 」
「……ラドリゲスか。元団長だと、何度言えば分かるんだ貴様は。まあ良い、この子供達はお前の連れか?」
エドヴァールと呼ばれた老紳士が、ギロりとこちらを見る。その眼力に、カトレア達は慌てて彼等の前から退いた。
「そちらのダンデ少年とは、こちらの店で会ったばかりですが、カトレア嬢は、私の愛弟子ですぞ? ハッハッハ!」
「愛弟子? 女子を弟子にとるとは、また突拍子も無い事を……」
「ハッハッハ! カトレア嬢は、私共の若い頃よりずっと勤勉ですぞ?」
ラドリゲスの軽口に、エドヴァールは、バツが悪そうに口角を引き攣らせた。
(そもそも、団長って……!)
「もしかして、エドヴァール様はルークル騎士団の団長でいらしたのですか!?」
「如何にも。まあ、昔の事だがな」
まさか、小さな店内に、ルークル騎士団のツートップが揃うとは思いもしなかった。この現状に、カトレアは、感動と驚きで体が震えた。隣のダンデも、先程までの威勢はなりを潜めて、エドヴァールに羨望の眼差しを向けている。
「わ、私、カトレア・クラークと申します。お会いできて光栄ですっ!」
「お、俺はダンデ・アサルドです! こんな近くで見れるなんて……! 俺、嬉しいです!」
興奮するカトレア達に、エドヴァールは頬を少し赤らめた。
しかしながら、カトレアはともかく、ダンデは、元団長にしか目がいっていない。おそらく、ラドリゲスが副団長だった事に気付いていないのだろう。
カトレアは、心なしか、ラドリゲスの目に憂いの色が見えた気がした。
(そういえば、あの男の子……、エドヴァール様のお孫さんよね?)
落ち着きを取り戻したカトレアは、エドヴァールと一緒にいた少年に話しかけてみる事にした。
「ご機嫌よう。あの、今日は何のご用事でいらしたの?」
「ん〜、何かお爺様が、僕の剣を買うって言って、無理矢理連れてこられたんですよ。まだ寝たかったのに……」
面倒臭いと、愚痴った彼は、眠そうに目を擦っていた。
「僕は騎士になりたくないから、剣なんて要らないんですよ……、良い剣なんて買ったら、やりたくもない修行がまた増えます……。ハァ……」
少年は、憂鬱そうにため息をつきながら、「逃げちゃおうかな」と、不穏な事を呟く。
ルークル家は、優秀な騎士の家系で有名である。現在の団長もルークル家の者だった筈。そんな家に産まれたが故に、騎士の道を当然のように進まされるのだ。
カトレアも本来であれば貴族の妻という道しか無かったのだ。実際に、1度目の人生は途中で死んだとはいえ、その通りの筋書きを辿るつもりだった。その為、彼に共感出来る部分は多々あった。
「家柄が良いのも大変ですよね? 私も、侯爵家の人間ですので少しは分かります。えっと……」
「『セラ』です。あと、僕のが年下なので敬語でいいですよ、カトレアさん」
「では、お言葉に甘えて……。もしかして、セラは騎士以外でなりたいものがあったりするの?」
カトレアの問いに、セラは首を振った。
「別にありません。夢を目指すのも面倒臭いので……。そんな暇があるなら、一刻も早く寝たいです」
9歳の自分よりも年下の少年が、どうやったらこんなにも野心の無い考え方になるのか……。いや、逆に大物なのか?
こちらの考えは梅雨知らず、セラは、フワァと欠伸を1つこぼした。