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#3 星占い

『――続いて今日の星占いのコーナーです! 今日最も良い運勢なのは――』

 テレビから流れてきた音声に、美桜は目を上げた。

 朝食の目玉焼きを口に入れてもぐもぐと動かしながらも、目は次々と発表されていく今日の運勢を追う。 

『4位は牡羊座のあなた! 好きな人と話すチャンスがあるかも! 親切な行動で好感度アップ。ラッキーアイテムはボールペンです』

 好きな人と話すチャンスかぁ……。

 脳裏に思い浮かんだのは宮野先生の顔だった。今日の授業は何限だっけ。いや、今日は木曜日だから先生の授業はないんだった。先生のところに行く用事もないし、会えるのかな……。

 ぼんやりと考えていると、そのうち朝食を食べ終わった。ごちそうさま、と言って食器を片づけ、自分の部屋に戻る。

学校に行く準備をしながら、ふと思いついてペンケースからお気に入りのボールペンを1本取り出し、制服の胸ポケットに入れておいた。いつもそうしているわけではないけれど、今日だけはラッキーアイテムを身につけておいたら何か良いことがあるかもしれない、なんて淡い期待がないわけではない。

 部屋を出る前に振り返ってもう一度見渡し、忘れ物がないかをチェックする。時間割OK、定期券OK、ハンカチとティッシュもOK。他に忘れ物もなさそうだし、身だしなみもバッチリ。

 よし、とつぶやいて部屋を出て、リビングに寄った。テーブルの上に置かれたお弁当をカバンに入れる。

「お母さん、お弁当ありがとう! いってきまーす!」

「はーい、気を付けてねー」

 キッチンから母の声がしたのを確認すると、ローファーを履いて玄関を出た。空は青く、良い天気だ。朝早いとはいえすでに日差しは強く、じっとしていてもじわりと汗をかくような暑さだった。蝉の声がうるさく響く。

 私はバス通学だ。家がある住宅街から大通りのバス停まで出て、そこからバスで20分ほど行ったところに高校がある。同じ通学路には仲の良い友達はいないため、いつもひとりでのんびりと通学している。

 バス停に着くと、ポケットからスマホを取り出して占いアプリを開いた。通学中に今日の運勢、主に恋愛運をチェックするのが日課だ。

 バスが来たところで一旦顔を上げるが、席に着くと改めて今日の運勢を読む。いくつか読んでみたが、どれも比較的運勢が良さそうな内容が書いてあった。それだけで、なんとなく今日は調子が良いような、楽しくなるような気分になる。

 何か良いことがありそうな予感に少し胸をときめかせつつも、スマホをカバンにしまい、代わりに単語帳を取り出した。高校に着くまでの間は、今日の単語テストの勉強だ。気持ちを切り替えて勉強するのも、通学中の大事なルーティーンなのだ。


***


 バスを降りると、第二の日課がやってくる。高校までの道を歩きながら、さりげなく道を走る車に目を向ける。特に、自分と同じ方向に向かう車を。しかし、今日は見つけられない。

 そのまま校門をくぐると、昇降口までに駐車場の横を通ることになる。美桜の日課は、駐車場で宮野先生の車を探すことだ。日課というより、無意識という方が近いかもしれない。

 いつも先生が停めているのは、あの列の右から2番目……と思いながら目を向けるが、そこに車はなかった。今日は美桜の方が来るのが早かった。

 後ろから先生が来ないかなと思いながら振り返ってみても車は見えず、目に入ったのはゆるふわツインテールだった。茉鈴だ。相手もこちらに気づいたらしく、笑顔で手を振ってこちらに走ってくる。美桜は少し立ち止まって茉鈴を待った。

「おはよう美桜っちー!」

「おはよう茉鈴」

 茉鈴が追いつくと、ふたりは再び歩き始める。

「ねえ聞いてよ美桜っち! 今日の星占い12位だったの~。しかも大事な人とすれ違っちゃうかもって」

 茉鈴は肩を落として、大きくため息をついた。

「当たりにならないように頑張るんだって思うようにしてるけど、占いの結果悪いと朝からテンション下がっちゃうよねえ。逆に良いとハッピーになれるんだけど」

「わかるわかる! 私も毎朝占いチェックしてるよ」

「あれ、美桜っち、それいつもはないよね。もしかして?」

 茉鈴の視線は、美桜の胸ポケットのボールペンにあった。

「ああ、これ? そうそう、牡羊座の今日のラッキーアイテムだったの」

「へ~、美桜っちも占い結構好きなタイプ? ちょっと意外だったかも」

「そう? 私も占い大好きだよ!」

「ほんとに!? 今度一緒に見ようよ! あたしのお気に入りの占いサイトがあるの」

「わー、見る見る! めっちゃ興味ある!」


 占いなんて根拠のないお遊びにすぎないと言われたら、反論はできない。実際、毎回毎回当たるなんて微塵も思ってない。それでも毎日チェックしてはその言葉に一喜一憂して、素敵な一日を想像してしまうのはなんでだろう? 占いって不思議だ。

でも、時には占いが行動を後押ししてくれることもあるし、悪いことが書いてあったらいつもより気をつけてみたり、それが起こらないように努力したりすることもある。そんな風に行動を変えるきっかけになるのなら、占いも悪くないんじゃないかなと思う。

 なんてかっこつけたこと考えてみても、実際の私は占いに振り回されてるだけなんだろうけど。でも、女の子ってそんなもんだよね。好きな人と上手くいくかどうかなんてわからないって知ってても気になっちゃうし、良い結果を見たら嬉しくなっちゃうし。いいよねそれでも。


***


 6限目の前の休み時間。化学実験室に移動しようと教室を出ると、廊下で宮野先生の姿を見つけた。隣のまた隣のクラスの前にいたが、先生のことは遠目に見てもすぐわかる。

 先生がちょうどこちらに向かって来ているのを見て、挨拶できるかな、なんて考えて少しドキドキしたけど、先生は教室から出てきたひとりの生徒に呼び止められた。ノートを手にした彼は先生に質問だろうか。

「あ、宮野先生じゃん」

 隣を歩く梨花の声に、私は先生から目を離さずにうなずく。近づくにつれて会話の内容も聞こえてきた。

「あー、ここはな……」

 宮野先生はスーツの胸ポケットを探るが、お目当てのものは見つからないようだ。

「悪い、今ペンが手元にないんだけど、何か書けるもの持ってない?」

 問いかけられた彼もポケットを探るけど、首を横に振る。

「誰か持ってる人は――」

 教室を振り返ろうとする先生を見て、チャンスだと思った。

「ちょっと待ってて、梨花」

「あ、うん」

 先生に近づくと、先生はこちらに気がついたようで目が合った。

「先生、良かったらこれ使ってください」

 私は胸ポケットに入っていたボールペンを差し出した。

「ああ、遠坂ありがとう、使わせてもらいます。ちょっと時間ある?」

「いえ、移動教室なのですぐ行きます」

「そっか、じゃあちょっと借りてても大丈夫?」

 はい、とうなずくと先生はそれじゃあ放課後返しに行くね、と言った。私はもう一度うなずいてその場を離れた。

 すでに追いついて待っててくれた梨花のところに戻る。ごめんね、と言った私に梨花は全然大丈夫と返し、にこっと笑った。

「良かったじゃん、ちょっとだけど先生と話せて」

「うん! 今日のラッキーアイテムだったんだよね、ボールペン。だからいいことあったのかも」

「そうだったんだ! 占いもたまには当たるもんだよね」

 うんうん、とうなずきながら、美桜は嬉しさで胸がいっぱいになるのを感じた。すぐ出せる胸ポケットにボールペンを入れといて良かった、と今朝の自分に心の中でガッツポーズをした。


***


 その日の放課後。ちょっとした用事を済ませて戻ってくると、クラスメイトたちが出ていった教室に宮野先生がいた。腕を組んで窓際の壁に寄りかかり、黒板の掲示物をぼんやりと見ている。その手には私のボールペン。

「宮野先生」

 入口に立って声を掛けると、先生はこちらを向いた。

「おお、遠坂。これ、返しに来た。遅くなってごめんな、ありがとう!」

「いえいえ、わざわざありがとうございます。お役に立てたなら良かったです」

「ほんとタイミング良かったよ、助かった」

 先生の立っているところまで行ってボールペンを受け取ると、美桜はそれを胸ポケットには入れず手に持ったままでいた。ここでさようならだと思ったが、先生は動こうとしない。まだ何かあるらしい。

「ちょっと手出して」

 不思議に思いながらも言われた通りに両手を出すと、先生はポケットから何かを取り出して私の手のひらに乗せた。見てみると、それはキャンディだった。

「これ……」

「ボールペンのお礼。と、この前の期末考査頑張ってたからご褒美。暑いから溶けないうちに食べてな!」

「わあ、ありがとうございます! 私、期末どうでした?」

「明日答案返すよ。楽しみにしてて」

 先生はにこっと笑ってみせると、教室の入り口に向かって歩き始め――すれ違う瞬間、ポンポンと私の肩を叩いた。そしてそのまま通り過ぎる。

 一瞬のことにドクンと心臓が鳴り、頭が真っ白になる。目を見開いて先生の後ろ姿を見つめていると、ドアから出ていきかけていた先生が急にくるりと振り返る。

「それ、他のやつには内緒な」

「あ、はい……もちろん」

「みんなが俺のところにもらいに来たら困るからさ~」

 先生は冗談っぽく「ははは」と笑った。でも、人気者の先生のことを考えると、もし私が周りの友達に言ったらほんとに生徒に囲まれてしまう気がする。

「それじゃあまた明日ね」

 ちょっと手を上げた先生に向かってこくりとうなずき、小さな声でさようなら、とつぶやいた。

 教室を出た先生の背中が見えなくなっても、心臓の鼓動は収まっていない。先生の手の重みがまだ左肩に残っていて、思い出すと顔が熱くなるのが自分でもわかった。

 どうして? いや、きっと先生にとってはこんなの何も意味のないことで……。

気にしてはいけない。そう考えようとしても、やっぱりどうしようもなく顔が火照る。

そうしてどれだけ突っ立っていたかはわからないけど、はっと我に返った私は自分の荷物を片付け始める。部活に行かなきゃ。

とそこに、ぱたぱたと足音がした。

「美桜っち~! これ、教科書ありがとう! 助かったよ~」

 茉鈴だった。丁寧に差し出された数学の教科書を受け取ると、茉鈴はきょとんとした顔で私を覗き込む。

「美桜っち、なんかいいことあった?」

「え?」

「なんか嬉しそうな顔してるよ。あれ、ちょっと赤い?」

「えっいや別に何でも……ないこともないけど」

「やっぱり! なになに、教えてよ~!」

「んー……秘密」

 私は茉鈴に向かってにっと笑って見せると、机の上に置いていたボールペンをペンケースにそっとしまった。

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