#2 恋バナ
期末考査が終わった私たちは、いつもの仲良しグループ4人で最寄り駅前のショッピングモールにあるフードコートに来た。ここは休みの日や放課後に中高生がよく利用していて、今日も同じ制服を着たグループが複数いる。私たちにとっては、テスト後にここでクレープやドーナツを食べてお疲れ様会をするのが恒例行事になっていた。
それぞれ好きなクレープを選んだ私たちは、フードコートの端の方の席を取って座った。
「あっつーい! あたしアイス入ってるやつにしたよ~」
見て見て、と可愛らしく上目遣いをしているのは、岡崎茉鈴。彼女は2年3組。去年同じクラスで仲良くなった。目がくりっとして大きくて、ゆるふわツインテールが似合う、お人形みたいな子。
「あっ、いいな! でもうちも夏限定のオレンジにしたもんね~」
にこっと白い歯を見せるのは、2年4組の川峰柚季。柚季とも、去年同じクラスだった。彼女はバレー部で、すごく運動神経がいい。
「私は安定のいちごチョコ! 美桜は?」
「私チョコミントにしてみたよ」
「美桜、チョコミント好きだもんね~」
さて、と梨花が背筋を伸ばすのに合わせてみんなの視線が梨花に集まる。
「期末考査、お疲れさまー!」
「おつかれー!」
その声で私たちはクレープを食べ始めた。
私はチョコミントのアイスクリームをスプーンでひと口すくって食べる。爽やかなミントと甘いチョコが絶妙にマッチしていて、とても美味しい。クレープでチョコミントは初めてだったけど、案外いける。
「ん~、つめたあい! アイス最高!」
「まりーん、私にもひと口ちょうだい」
「いいよ! あ、あたし美桜っちのチョコミントひと口食べたい」
「おっけー。私柚季のオレンジ気になってる」
「めっちゃ美味しいよこれ。食べて食べて」
テスト後のこの時間は、最高に解放感があって楽しい。友達と集まって美味しいスイーツを食べながらおしゃべりをする。JKしてるって感じ。
「柚季、今日の英語どうだった?」
「えっと、まあまあかな! 梨花のおかげでなんとかなったよ」
「そう? 教えながらほんとに赤点取るんじゃないかって冷や冷やしたんだからね!」
「あはは、本当に梨花がいてくれなかったらやばかった、まじありがと」
「梨花は今回の調子はどう?」
「私今回はかなり行けたと思う! でも数学は美桜に負けたかな~」
「そう!? 確かに数学は頑張ったけど、梨花いつもいいからなあ……」
「ほんとそれ、りかぴ、今回はって言うけどあたしには毎回好成績にしか見えない」
「ふふ、ありがと。それで、茉鈴はどうだったの?」
「えっ!? 国語は割と頑張ったけど、それ以外は……あ、いやそれより!」
茉鈴は焦った顔をして慌てて話を逸らす。
「夏祭り! 来月あるでしょ? あたし先輩に誘われちゃってさあ~」
先輩というのは、この学校一のイケメンと言われているサッカー部の3年生だ。茉鈴とは同じ中学らしいが、去年から付き合い始めたと聞いている。茉鈴も茉鈴で学校一の美少女と言われるほどだから、美男美女カップルとして校内ではかなり有名だった。
「む、惚気か! でも、良かったじゃん。やっぱそう来なくちゃね。で、最近どうなのよ」
「仲良くやってるよ~」
えへへ、と笑みをこぼす茉鈴は本当に幸せそう。いいなあ、青春。
「でも、先輩今年受験だから最近はあんまりLINEとかしてないし、夏祭り終わったらデートもしばらくは……」
「ああ、そうだよねえ。その代わり、にはならないかもしれないけど、私たちといっぱい遊ぼ!? てかてか夏祭り気合い入れてかなきゃじゃん! 浴衣は?」
梨花の勢いに、向かい合った私と柚季は密かに目を合わせて笑った。梨花は相談事、特に恋バナとなるといつもこうだった。
「あ、そうなの。浴衣、新しく買おうと思うんだけど、どんなのがいいかなって迷ってて……」
「了解! 買いに行こう! いつ空いてる?」
「わわわ、ありがとう! えっとね、今週の土日空いてるよ」
「うちも行きたい! 土曜日部活あるけど、日曜なら行けるよ!」
「私も空いてる」
「ほんと? じゃあ日曜日に4人で行こ!」
「みんなありがとう~」
あっという間にショッピングの予定が決まった。またひとつ、楽しみが増える。
「ところで~、柚は夏祭りのご予定は?」
「うちはバレー部のみんなと行くよ! 茉鈴みたいに誘ってくれるイケメンいませんから~」
柚季は口を尖らせて茉鈴をじとーっとにらむ。茉鈴はひるむ様子もなく、にやにやしながら質問を重ねる。
「例の彼は? 誘ってみたりしないの?」
「……そんな勇気あるわけないって」
「きゃー! 柚ちゃんってば可愛いー!」
少し顔を赤くしてうつむきがちになった柚季のショートカットを、茉鈴の手がわしゃわしゃと撫で回した。茉鈴の周りにはハートマークが飛んでいるのが見えそうだ。
「ちょ、茉鈴~!」
「だって柚かわいーんだもーん♪」
キャッキャッとはしゃぐふたり、いや、はしゃいでるのは茉鈴だけ? を見ながら、梨花がつぶやく。
「でも、お似合いだと思うんだけどなあ、柚季と高村君」
私も心の中で、去年同じクラスだった彼を思い浮かべる。クラスのムードメーカーだった、スラっと背が高い、陸上部の高村君。隣の席の柚季と楽しそうに喋っていた姿。
「だよねえ、私もそう思う。爽やかカップルって感じになりそう」
「うーん、そう言ってもらえると嬉しいけどさあ、やっぱ断られたら怖いし」
やっと茉鈴の手から解放された柚季のその表情も、恋する乙女そのものって感じがする。
「んー、そうだよね。確かにふたり仲良いし、その分このままが居心地いいっていうか……」
梨花の言葉に柚季はそうそう! と頷いた。
「こっちから行ってこの関係を壊しちゃうのはなって思って……」
「わかる、わかるよ柚季。高村君の方から誘ってくれたらいいんだけどね!」
「そうなったら嬉しいけど、まあ夢だな……」
はあ、と柚季が大きなため息をつく。と、私の方に目を向けた。目が合って、少し身体に力が入った。
「そういえば美桜は? お祭り一緒に行きたい好きな人とかいないの?」
あまり聞かれたくない質問。
「私は――」
いる、とは言えない。先生のこと好きだなんて、言えない。
「いないよ?」
表情を変えないように、感づかれたりしないように。口の中に広がるチョコミントが、なんとなく苦いと思った。
ポーカーフェイスは得意。この手の質問は、これまでもこれからもこうやってかわしていくつもりだった。ひとりだけ事実を知っている梨花が、少しだけ心配そうな顔をしたのが視界の端に見えたけど、すぐに戻って何も知らないように振舞ってくれている。
「そうなの? クラスにかっこいい人とかいないの?」
「うーん、今のところいないかなあ」
「美桜は私と一緒にお祭り行くんだもん! ねえ?」
梨花が急にぎゅっと袖を掴んできたからびっくりしたけど、嬉しかった。そのまま梨花の手を取って、にっこりと柚季に見せつける。
「そうそう! 私がいないと梨花がぼっちになっちゃうでしょ?」
「そ、それは違うでしょ美桜!」
ぶんぶんと首を振る梨花を見て、柚季と茉鈴がくすくすと笑う。
「そうだよねえ、梨花ひとりにしちゃかわいそう」
だから違うって! という梨花の反論をふたりとも右から左へスルーしている。
「でも、好きな人できたら絶対教えてね!? 応援したいから!」
「うん、ありがとう!」
そしてごめんね、隠してて。でも今はまだ言えない。
仲の良い友達に隠しているのが苦しくないわけじゃないけど。先生という人を好きになった以上、むやみに話を広げたくはないし、そうしてはいけない。もしかしたら、このふたりなら応援してくれるかもしれないけど、それでも。
さりげなく話題を逸らそうと私は口を開いた。
「てか、梨花の心配もしてあげて!」
「だよね! りかぴ、相談にははりきって乗ってくれるのに、自分のこととなると全然ダメだもんね!」
「ダメなんて言わないでよ茉鈴、悲しいじゃん~」
「どんな人がタイプなの?」
「えっとねー、優しい人?」
話題が梨花に移ったことを感じて、密かに胸をなでおろす。ポーカーフェイスは得意とは言っても、やっぱりドキドキする。そのうちバレてしまうかもしれないこと、そしてその時に冷たい視線を向けられるかもしれないということ。
でも、いつまでもこのもやもやした気持ちを引きずるわけにはいかない。早く忘れようと、会話に交じる。
「梨花って中学の頃は好きな男子に猛アタックしてたんだよ」
「え、何それ詳しく!」
そのうちもやもやは消え去って、いつも通り楽しい放課後の時間が過ぎていった。