表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
9/38

9 悟の幸せな一日

悟&和花視点


 土曜日の午後。


 今日は、朝から誰もいなかった。僕の両親はとても仲が良いので、休日も度々こうして僕を放置し2人で楽しく出かけている。

 正直もう慣れっこだし、今更この年で寂しいなんて気持ちはない。幼い頃は、せめて兄弟がいればと思ったものの、すぐにどうでも良くなった。だって、僕の隣にはずっと和花がいたのだから。


 部活動をどうするか決めきれずにいた僕は、昼食の後部屋でパソコンを開き、音楽を聴きながらネットで調べ物をしていた。中学までの僕なら迷わず文化系の部活を選ぶ所だけれど、いっそ運動部にでも入ろうかと思い始めたからだ。

 どうせなら背を伸ばしたい。細身で頼りないこの身体つきを、少しでも逞しい体にしてやりたい。


 背を伸ばすならバスケかバレーか。全身に筋肉を付けるなら水泳もいいな…。



 ピンポーン。



 思案しているとチャイムが鳴り、玄関を開けると和花が扉の向こうに立っていた。今日はずっと家に居たのだろう、ラフな格好をしている。それがまた、似合っていて可愛い。

 休日にまで和花に会えるなんて、隣の家とはいいものだ。


「どうしたの?」

「ううん、特に用がある訳じゃないの。ちょっと、入ってもいい?」

「勿論だよ、どうぞ」


 たまに、和花のおばさんからうちの母さん宛に用事があって、それで和花が僕の所へやって来る。今日もそういったものかと思ったのだが、違うようだ。

 なんだろう……。


「コーヒーでも飲む? 何か淹れようか」


 リビングに通そうとしたら、和花がやんわり断った。


「いいよ、喉乾いてないから。それより、久し振りに悟君のお部屋へ行こうかな」

「僕の部屋? いいけど、散らかってるよ」


 僕は面食らう。

 急にどうしたんだろう、和花。もしかして、これは…


 僕の心臓が跳ね上がる。

 この前の返事を、しにきたのだろうか………。


 部屋に入ると、そのままにしていたパソコン画面に和花が目を留めた。


「悟君、スポーツに興味あるの?」

「ああ、うん……部活、どれにしようか迷ってるとこ」

「意外だね、運動部に入るんだ」

「運動は苦手なんだけどね。頑張ってみようかと思ってさ」

「いいと思う、頑張って」


 にっこりと笑い、和花は床に腰掛けた。

 そのまま少し黙って僕の顔を見た後、首を軽く傾げる。


「悟君。一緒に、なにかして遊ぶ…?」

「……えっ?」


 僕は余程驚いた顔をしてしまったようだ。

 和花がバツの悪そうな顔をした。


 でも、遊ぶって……突然、なに!?

 和花の考えていることが全く分からない。この前の返事じゃないのか……。


「ごめんね、わたしも何していいのか分かんないや」


 肩をすくめ、少し困ったように眉を寄せた。

 その仕草があまりにも可愛くて、僕の身体が硬直する。そんな僕の気も知らず、和花が距離を詰めてきた。立ち尽くしたままの僕の足元までやってきて、僕を見上げ柔らかく笑う。


「それより、お話する方がいいかな?」

「……かな?」


 これが噂に聞く上目遣いというやつか。

 僕は背が低いから、滅多にお目にかかれない。

 これは………かわいい……!


 ごくりと喉を鳴らす僕の目の前で、和花が明るい声を出してくる。


「そうだ、何か悩んでいることがあったら、わたしに何でも言って! 相談に乗るよ」


 そんなの、今すぐ君を抱きしめたい……


 伸ばしかけた手をピタリと止めた。


 そうだ。この前の返事がまだだ。

 和花は結局、僕の気持ちに答えてくれる気でいるのだろうか。


「和花、僕は…この前の返事が聞きたいんだ」

「この前の…?」

「映画館で言ったやつだよ。和花は僕の事、…どう思っているの?」


 和花を見つめる視線に、力を籠める。

 心臓がバクバク音を立てている。和花は僕の事を、嫌いではないと思う。だからと言って好きかといえば…はっきりいって自信はない。ないけれど、僕が嫌いでないのなら、付き合ってみても構わないと思ってくれたらいいな……。


 縋るような気持ちで和花を見つめる。

 僕の視線が重たいのか、和花の顔が少し引き気味になっていた。慌てて表情を緩ませ、取り繕うように笑顔を見せる。


「オッケーだよ」


 にこりとして、和花が僕に応えてくれた。

 身体の熱が一気にあがる。僕は今、破顔という言葉がふさわしい顔をしているに違いない。喜びと興奮のあまり、全身が(とろ)けそうになっていく。


「本当に? 嬉しい……」


 和花の手に、そっと自分の手を添えた。

 小さくて柔らかな可愛い手。僕に手を触れられ、それでも嫌がらず受け入れてくれている。


 嬉しすぎて。和花の手が温かくて、もっと温かいものに触れたくなって。

 そのまま、僕は和花を抱きしめた。和花の体温に、甘い匂いに、ドキドキする。


 あの時、勇気を出して良かった。

 僕はようやく、隣のこの子を手に入れたんだ。



 和花も僕の背中に、そっと両手を回してくれた。





 ◇ ◆





 昨日は部活があったので、悟君と一緒に帰ってあげられなかった。

 お姉ちゃんがいなくて寂しかったかな、悟君。


 気になったので次の日、悟君のおうちに行ってみた。久し振りだな、悟君のお部屋。おじさんとおばさんは2人で出かけていたみたい。悟君のご両親はとっても仲が良い。デートかもしれない。


 悟君の家に行ったはいいけれど、何していいのか分かんない。


 こういう時、姉と弟って何するんだろう。私はお姉ちゃんとお喋りして過ごすけど、妹だからね。弟もお喋りとかでいいのかな?


 そうだ、悩み事があるなら聞いてあげよう。なんだか姉っぽい。

 

「悟君、悩んでることがあったら、わたしに何でも言ってね?」

 

 そう、姉らしく優しく言ってあげると、悟君は真面目な顔をわたしに向けた。

 なんだろう、少し身構える。


「和花、僕は…この前の返事が聞きたいんだ」

「この前の…?」

「映画館で言ったやつだよ。和花は僕の事、…どう思っているの?」


 映画館でって、わたしを姉として見ていたってやつ?


 どう思っているも何も、わたしちゃんと『分かった』って言ったのにな。周囲がざわついていたせいで、悟君聞き取れなかったのかな。もちろんOKに決まってる。


「オッケーだよ」


 にっこり笑ってそう言うと、悟君が今まで見た事がないくらい嬉しそうな顔をしてくれた。カーペットの上についていたわたしの手の甲に、悟君の手のひらが被さりキュッと掴んでくる。


 悟君の手が想像したより大きくて、少しドキリとしてしまった。小柄な悟君の手は、男の子にしては小さい方なんだろうけど、それでもわたしよりは大きい。


 わたしの返事がよほど嬉しかったのか、悟君がそのままギュッとしがみついてきた。どうしよう、こういう時は背中叩けばいいのかな? ポンポンと、慰めるように手のひらで軽く叩いてみる。なんだかよしよししているみたい。


「嬉しいよ和花…。なんだか夢みたいだ」


 大げさだな、悟君。

 可笑しくなって、口の端からくすりと笑いが漏れた。

 悟君は感極まっているようで、わたしにしがみついたまま離れない。じっとこうしていると、なんだか段々、おかしな気分になってきちゃう。


 悟君は、細身で小柄で。

 全然がっしりしてなくて。


 それでも、こうしていると。

 男の子の匂いがして。くっついた身体の感触は全然柔らかいものではなくて。あ、悟君も男の子だったんだなあ、なんて今更のように感じてしまう。


「ああそうだ、休み明け学校に行ったら、僕たちの事柚葉や桜介にも報告しなきゃ…」

「え、言わなくていいよ」


 わたしの弟になりました、なんて。隠しておいた方が良いんじゃないかな。

 そんな恥ずかしい事、オープンにする必要ないと思うな。


 

 悟君は、なぜか少し不満気だった。



 




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] この前のエピソードですが、桜介が自分の好きなことや将来を考えている一面があるのを知り、かなり好感度アップ。 天性の器用さてのがあるのでしょうね。。。 器用な人間は、恋愛も他のことも、素直…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ