7 土曜の2人(柚葉&桜介)
ゴールデンウィーク序盤の土曜日に、私と桜介は映画を見に行くことにした。
桜介と一緒に遊んだ事は、子供の頃は勿論あるけれど、こうして2人だけで改めて出かけるのはこれが初めてで、少し緊張する。
姿見の前で、服を体に合わせてみる。ボーダーのカットソーに膝丈のキュロット。デートじゃないんだし、頑張りすぎても恥ずかしいので、このくらいでいいだろう。
でも、髪の毛くらい綺麗にしてみようかな。普段はおろしたままの髪を、少しアレンジしてみようかな……
洗面所で髪の毛と格闘していると、母の冷やかすような声が聞こえてきた。
「柚葉~。桜介君来たわよ」
「え?」
母より少し遅れて、桜介が洗面所に入ってきた。柄付きの白シャツとラフなジーンズを履き、首には黒いチョーカーが巻かれている。チョーカーの端からは、鎖のようなものがじゃらりと垂れ下がっていた。
おっそろしくカッコいい。隣を歩く気が失せるくらい……。
てか、なんで家入って来てんのよ。
待ち合わせ、家の前だったよね? 時間だってまだ早すぎる…!
「なぁに、あんたたち。これからデート? いいわねえ」
「はぁ? ち、違う違う違う!」
「そうです、これからデートなんです」
「肯定するな、桜介!」
ふざけだした桜介の頭をはたいてやろうと思ったけれど、腹の立つことに背が足りない。むむむ…。
母は嬉しそうな顔をしてリビングへと去っていった。ああこれ、絶対勘違いしている…
「待ち合わせの時間、まだ先だよね?」
恨めし気に桜介へ目を遣った。
桜介がにっと笑って私を見る。
「まだ先なんだけどさ、待ちきれなくって来ちまった」
「遠足の朝じゃないんだから……」
「初デートの朝なんだからさ、普通だろ?」
「普通じゃないよ……」
友達と出かけるの、普通デートって言わないから!
………友達、でいいのかな?
ちょっと私、自意識過剰すぎるかな。私達、まだ友達ってほど親しくもないよね。
「…ちょっと待って、髪の毛セットしたら終わるから」
でも、こんな風に。
待ちきれなくなるくらい、私との映画を楽しみにしてくれたって事は。
もう、嫌いじゃないってことで、いいよね……。
「お、照れてる照れてる」
「照れてない!」
「そんな事言って、頬少し赤いぞ」
「ヘアアイロンが熱いだけだし……」
「へぇ。……ところでさ、柚葉」
「………今度は、何?」
桜介が、私の腕を取った。掴んでいた髪がパラリと広がっていく。
「………なに?」
「お前、とんでもなく不器用だな。その調子じゃ夜になっても家出られねーぞ。貸してみろ、俺が代わりにやってやる」
相変わらず意地悪な事を言い、桜介は私の髪を触り始めた。
言うだけの事はあったようで、桜介は流暢に手を動かしている。サイドの髪を残し、残りの髪をアップにした後、残してあった髪をねじり絡ませていった。
鏡に映る桜介の表情は、意外と真剣なもので、私の髪をじっと見つめ黙々と形を作り上げていく。最後に、トップの髪を微妙に引っ張り、こなれたルーズ感を出していた。
「ほい、完成!」
「………すごい…」
鏡に映る自分の姿を、感動して見つめてしまう。
出来上がった私の髪は、服装に良く似合う活発な雰囲気のポニーテールで、サイドのアレンジがそれに程よく甘さを含ませていた。
桜介も満足そうな顔をしている。
「うん、可愛いぜ、柚葉」
「ありがと……桜介のおかげ」
「じゃあちょっと早いけど……行くぞ!」
「うん……!」
髪が素敵だと、気分も上がる。
桜介の眩しい笑顔を受け、満たされた私は心から笑い返し、駅へと向かうのだった。
◇ ◆
「うーん、この映画は………」
スクリーンを見つめ、私はふぅ、と溜息を吐いた。
和花おススメのこの映画は、わりとポピュラーな内容で、幼馴染の恋愛ものだった。すれ違い、再認識、そしてハッピーエンドの流れ。
でもってどう見ても、これは…
この男の子、まんま和花じゃん!
報われないヒロインが悟と被る。これ、悟が見たら泣くぞ……。
『俺、やっと自分の気持ちに気が付いたんだ』
遅い、遅すぎる…!
男の子の鈍感ぶりに苛々しながらスクリーンを凝視する。自分の気持ちなのに、なぜ今まで気づかないんだ…。あんなにアタックされて気付かないのも大概だけど、それでも他人の気持ちが分からないのは理解が出来る。でもさ、自分の気持ちなら、もっとはっきり分かるんじゃないの?
文句を言いながらも夢中で映画を見ていると、突然、左肩にどすんと重たいものが乗せられた。
「ちょっと桜介、重いんだけど―――」
振り向くと、桜介のふわりとした髪が鼻先を掠めた。
ムスクに紛れ、爽やかなシトラスの香りが漂ってきた。シャンプーの匂いかな……
「っっっ!」
女の子向けのこの映画は、やはり男子高校生には退屈だったようだ。
クライマックスにも拘らず、桜介が私の肩に頭を持たれかけ、まどろんでいる。
しょうがないな、このまま寝かせてあげよう……
「なんて可愛い事、言わないからね?」
にやりと笑い、桜介の額に私の手を近づけた。親指と中指でわっかをつくり、ピン、と桜介の無防備なおでこを強く弾く。
このままだと重たいんだから…!
「ってえええ……」
呻くように言い、桜介が目をうっすらと空けた。左手をおでこに当てている。
「起きてよ、重いじゃない」
「ごめん肩貸して、すげーねみぃ…」
再び目を閉じ私の肩に沈み始めた。ちょっと……そこまでこの映画、退屈?
「だから桜介には退屈だって言ったのに……」
呟きながら、桜介の寝顔を見つめた。寝息を立て気持ちよさそうに眠っている。
ふぅ、と息を漏らす。
「もう、友達でいいのかな」
友達でもない人の肩、貸してなんて言わないよね?
温かい桜介の感触に、映画に集中しきれないままぼんやりと前を見つめ続けたのだった。
◇ ◆
映画館で少し眠りスッキリしたのか、その後の桜介はちゃんと動いていた。
そして、やけに手慣れていた。
人波から私をかばうようにして映画館を出、その後、どこで調べてきたのか雰囲気のいいレストランに連れられランチ。お会計では、なぜか私の分も払おうとしたので全力で止めた。そういう事は彼女にしてあげなよ、友達と出かけるたびに奢っていたら、お金幾らあっても足りないよ?
不満そうな桜介を引きずり、目についたゲームセンターに入ってみる。途端にイキイキと遊びだし、笑い声をあげるので私も嬉しくなった。桜介は上手で、私が欲しいと言ったティーポット型のキーホルダ―を簡単にゲットしてくれた。
「ほら、やるよ」
「嬉しい…ありがとう」
早速私は、家の鍵にそれをつける。軽く持ち上げると丸くて白いポットが揺れ、そのあまりの可愛いさに口元が緩みだす。
桜介も口元を緩ませ、私の頭をくしゃりと撫でた。
私達、本当に友達みたいだね。
「ちょっと、休憩!」
ゲームセンターを出て、歩き疲れた私は広場のベンチに腰を下ろした。
白い背もたれ付きのベンチは、3人は腰かけられそうな幅があったにも関わらず、桜介は私の隣にぴたりと詰めて座ってきた。
「そういやさ、ライン交換してなかったよな。教えてよ」
「あ……うん!」
バッグからスマホを取り出す。桜介も右手にスマホを持ちながら、左手を私の左肩の上に軽く置いた。
さっきの頭と、同じ位置。なに、この手…。
妙に焦った私は、スムーズに操作できずにいた。
「へったくそだなぁ。持ち始めたの最近?」
「ち、違うけど……」
そう言って、私の手元を覗き込む。ピンク味を帯びた桜介の髪が、目の前をふわりと横切った。
そ……そうやって気楽に近寄るのが駄目なんだってば!
ドギマギしながら無事交換を終え、友人としての距離感がおかしい我が幼馴染に、私は頭を抱えるのだった。