6 おかしな和花
和花と悟の様子が、おかしい。
悟はなんだかソワソワしているし。
和花は……なぜか、キリッ、としている。
思い返せば月曜の朝から変だった。
「悟君、こっち向いて」
「なに、和花」
「ネクタイずれてるよ、わたしが直してあげる」
「あ、ありがとう…」
ソワソワしている悟の様子も変なんだけど。
それ以上に和花が――おかしすぎる。
「悟君、髪の毛寝ぐせついてるよ」
「え、ほんと? どこ?」
「待って、ここに座って――わたしブラシ持ってるから、とかしてあげるよ」
「…和花?」
「いいからいいから」
悟の世話を、見ているこっちが恥ずかしくなるくらい、焼きだしたのだ。
さては…日曜に、何かあったな…。
付き合うようになった……にしては、和花の顔に甘さがない。
デレがない。
悟を見つめる眼差しが、ひたすら…キリッ、としている。これは、彼女というよりむしろ彼氏の顔つきだ。俺がお前を守ってやるよ、こんなセリフがバックで流れていそう。
「悟君、わたし今日は部活だから先に帰ってて。寄り道しちゃあ駄目よ、まっすぐ帰るのよ」
さすがの悟も苦笑をしている。
和花、悟は小学生の子供じゃないんだよ。
和花の姿が消えた後、悟がくるりと向きを変えた。
「和花にああ言われた事だし、僕はもう帰ろうかな」
「あれ、もう少ししたら桜介来るよ。みんなで帰らないの?」
「桜介に睨まれそうだから止めておくよ」
ひらりと手を振り、悟がリズムよく廊下を歩き出す。
反対側に目を遣ると、アッシュピンクの髪が華やかに揺れていた。
◇ ◆
おかしいと言えば、桜介の様子もおかしい。
あれから一週間も経つのに、まだ親しい友人が出来ないのか、相変わらず私と一緒に帰ろうとする。
「そういえば、映画いつ行く?」
「―――えっ?」
「なに驚いてんの。一緒に行くつってたじゃん」
「あれ本気だったの?」
冗談だと思ってた!
桜介ってばせっかくの休日に、一緒に過ごす友人もいないの?
小学校時代に仲良かった子と連絡すればいいのに。確か…
そこで私の思考は止まった。
そういえば桜介は、誰とでも仲良くしていたけれど、広く浅く仲が良い感じで……特定の誰かと深い付き合いはしてなかった気がする。強いて言えば、悟が比較的近くにいたくらいか。
「あの映画、女の子向けだから桜介は退屈だと思うよ。遊びに行きたいなら、別の場所に和花や悟も誘ってみんなで行こうよ」
「はぁ? なんであいつらも?」
「どうせなら、4人で行った方が楽しいんじゃない?」
「いやいやいや。女向けでもなんでもいーよ。俺、柚葉と2人で行きたいんだからさ」
「え………っ」
そう言って、桜介が私の瞳をじっと見つめた。
急に真面目な顔をされ、思わずどきりとしてしまう。
私と2人で、行きたい……?
それって、それってつまり………和花や悟と一緒には、行きたくないって事!?
「なに黙ってんだよ。俺と一緒がそんなに嫌なのかよ」
「……あ、ううん、意外だなと思って」
「意外でもなんでもねーだろ。学校からの帰り道でもさ、2人で帰りてぇって散々言ってんじゃん、俺」
「そういう事だったの―――分かった」
桜介が、悟や和花と一緒が嫌なのは分かった。
そして、友達がいないのも分かった。
「付き合おって言っただろ」
「ああ、そういえばそんな事も言ってたね」
冗談はさておき……
「じゃあ、今度から2人で帰ろうか…?」
悟だって和花と2人がいいはずだし。丁度いいのかもしれないな。
「それって、オーケーだと思っていいわけ……?」
「うん、いいよ」
一緒に帰るくらい、全然構わない。
昔の私は、桜介に嫌われていたけれど。
少なくとも今の私は、一緒に帰っても良くて、一緒に休日を過ごしても良い程度には嫌がられていないのだ。そう思うと悪い気はしない。
「うわ、すっげぇ嬉しい……」
桜介が、柄にもなく照れた様子で、私の手をキュッと掴む。
なんだか子供みたい。
仲の良い幼馴染。
それは、昔の私が心のどこかで望んでいて、でも叶う事無く終えたもの。桜介と改めて、そういった関係が築けるのかも知れないと期待して、私の頬も心なしか緩むのだった。
◇ ◆
和花の様子がおかしい。
映画館を出た後から、ずっと変だ。告白のせいだと思うんだけど、それにしたっておかしい。
――そう。僕はついに、和花に告白をした。
『悟君も、わたしの事……妹みたいに思ってる?』
あんな風に言われて、僕は腹を括ることにした。ここでしっかり否定しておかないと、僕のポジションは何年経っても和花にとって兄のままだ。
最後は、はっきり言葉に出来なかったけど、和花も分かってくれたはず。
告白の返事はまだ貰えていない。
分かった、とだけ返された。あれはてっきり、考えて置くという意味だと僕は思っていたけれど、違ったのだろうか。実はあれは了解の意味で、だから和花にとって僕はもう彼氏で、それで距離が妙に近いのだろうか。
それにしては、和花から漂うオーラが微妙にそれとは違う…気がするのだけれど。
おかしいな。和花って、こんな世話焼きタイプだったっけ。
しっかりしているけれど、どこか頼りない所があって。どちらかというと、今までは僕の方が、面倒を見ていた気がするのだけれど……。
「………っつ!」
僕の側を、一台の車が通り過ぎていった。
水たまりを通っていったらしく、僕のズボンに泥水が跳ねかかる。
「うわ、最悪だな…」
ポケットからハンカチを取り出し、裾を拭くため屈もうとしたら、僕の腕が軽く引っ張られた。
「和花?」
「悟君、ハンカチ貸して。拭いてあげる」
「いいよ、自分でやるよ…」
「遠慮しなくていいんだよ、自分だと拭きずらいでしょ」
慌てる僕の手からハンカチをするりと奪い取り、和花がしゃがみだした。足元に和花の手が当たり、なんだかこそばゆい。
まいったな……。
口元を手で隠し、和花をじっと見下ろした。栗色のくせ毛が垂れ下がり、和花の可愛い頬を隠している。どんな表情をしているのか、これではまるで見えないな。
「だいたいでいいよ」
「ん~、もうちょっと待って。もうすぐ綺麗になるから」
和花は、僕の事をどう思っているのだろうか。
保留にした、て事は脈が全くない訳じゃないよね。
あれからも変わらずに毎日、登下校してくれてるし。それどころかズボン拭いてくれてるし。
期待していいのかな…。
和花の頭に、空いている方の手をそっと、伸ばしてみた。
そろりそろりと近づけて。あと少しで触れそうになり、そこでお約束のように和花は頭を上げるのだった。
柚葉視点からの悟視点〆