5 日曜の2人(和花&悟)
悟&和花 視点
日曜日。待ちに待った和花と映画デートの日。
僕は期待と興奮と、それから少しばかりの不安をかき混ぜたような心境で、隣の家のインターフォンに指をそっと近づけた。
「悟君、おまたせ」
玄関から現れた和花は、当然だけど私服姿でやってきた。花柄のワンピースに、春らしく黄色のカーディガンを羽織っている。制服姿も可愛いけれど、これもいいな……。
「和花……可愛いね」
「ありがとう、悟君!」
勇気を出して可愛いを口にしてみると、和花がにっこりと嬉しそうに笑ってくれた。言ってよかったな、と胸の内に温かいものが込み上げてくる。
「このお洋服、可愛いでしょ。高校の入学祝いにお姉ちゃんがプレゼントしてくれたんだ。お気に入りだから、可愛いって言って貰えて嬉しいな」
「…………」
可愛いのは、服じゃなくて和花、君だよ。
桜介ならきっと、躊躇なく言えるんだろうな…。
僕には逆立ちしたって無理だ。恥ずかしすぎて死んでしまう。
機嫌よく鼻歌を歌う和花の隣を、くすぐったい気持ちで歩いて行く。和花と出かけた事はあるけれど、2人きりというのは、幼い頃を除くとこれが初めてかも知れない。大抵柚葉もいるからな。
僕達の住む町は少し鄙びていて、映画を見るには隣の駅まで移動が必要だ。でも、今の僕にとっては、それはとても嬉しい事だった。だってその分、少しでも長く和花と一緒にいられるからね。
僕のこんなささやかな気持ち、和花は気付いていないんだろな…。
「悟君、人多いねえ。日曜はやっぱり混むね」
「そうだね、すごい人だな」
映画館は想像以上に人が多かった。内容のせいか、若い女性が多いけれど、僕らのようなカップルの姿もちらほら目に入る。みんな、仲良さげに手を繋いでいる。いいな………。
僕も和花と手、繋ぎたいな。
人が多いからはぐれそうだし、なんて言っちゃってさ。さり気なく手を取ってみようかな。
ほら、さり気なく、さり気なく……。
「の、和花。人が多いから……」
和花の手をじっと見つめ、そろそろと自分の手を近づける。
「どうしたの? 悟君。手が震えているけれど、具合でも悪いの?」
和花が、無邪気な瞳を僕の怪しい手元に向けた。僕の手がびくりと跳ねる。そのまま、居心地の悪い手を無造作にポケットへと突っ込んだ。
なんでもない顔をして、和花に笑顔を向ける。
「いや、何でもないっ! 全然平気だよ、行こう」
僕は肩を落として、指定の座席へ向かうのだった。
◇ ◆
主人公の女の子には、幼馴染がいた。
家が隣で、子供の頃からずっと側にいる典型的な幼馴染の男の子。この男の子の事が、女の子はずっと好きだった。一緒に花火見に行こうよ、一緒に誕生日のお祝いしようよ、なにかにつれ女の子は男の子を誘いかけるのだけれど、鈍感な男の子は女の子の好意に全く気づかない。
ついには告白するけれど、妹みたいに思ってた、などと言われて振られてしまう。悲しみに暮れる女の子の前に別の男が現れる。女の子に別の男が近づくようになり、ようやく男の子は自分の気持ちに気が付いた。ラストは、幼馴染の2人が結ばれ、ハッピーエンドで締められている…。
「はあ………」
映画を見ながら、わたしの目からは涙がぼたぼた溢れていた。
ありがちな内容なんだけど、やっぱり感動してしまう。主人公の想いが叶って良かった……。
ハンカチを目に当て、悟君の視線が気になり隣を向いた。さっきから音を立てて泣いてしまっている。優しい悟くんの事だ、心配してわたしの様子を見ているかもしれない。真っ暗だから、はっきりとは見えなくても大泣きしているのはバレてしまうだろう。恥ずかしいなぁ……
あれ?
横を向き、私の涙がピタリと止まる。女の子向けだと思っていたこの映画は、意外と男の子受けもしたようだ。暗くてはっきりしないけれど、悟君の目から涙が滲んでみえる。
これは……見なかった振りをしておこう。
わたしは、視線をそっとスクリーンに戻しておいた。
最後まで見終えると、周囲がパッと明るくなりわたし達の顔や体を照らし出した。しばらく座席に座り余韻に浸りながら人混みがおさまるのをじっと待つ。人波が出口へ向かい、列を成していた。
「悟君、面白かった?」
隣で、ぼんやりとスクリーンに目を向けたままでいる、わたしの幼なじみに声を掛ける。映画はどうやら気に入って貰えたみたい、楽しんで貰えてホッとした。
「感動したよ。女の子が報われて良かった……」
悟君が、目じりの端を力強く袖口で拭った。それでも潤んでいる瞳でじっと見つめられ、なんだか頬が熱くなってしまう。
「あの男の子、女の子の好意にずーっと気が付かないんだよね。あんなにあからさまなのに、ちょっと酷いよねえ」
「……和花はそう思うんだ?」
「思うよ。だって、あんなにも誘われているんだよ。普通は気づくよ」
「……………ふぅん」
気のせいか、悟君が呆れたような顔してる。あれ? わたしはてっきり、男の子が鈍感なだけだと思っていたのに、実はもっと別の意味でも隠されていたの?
悟君は頭がいいから、男の子の態度に何かを読み取ったのかも知れない。わたしにはさっぱり、理解出来なかったけど。
「悟君も、わたしの事……妹みたいに思ってる?」
「え………っ」
悟君の顔がほんのり赤くなってきた。図星かな。
「さっきの映画見て思ったの。幼なじみって、妹みたいに見えちゃうものなのかな」
わたしの呟きに、珍しく悟君が強い口調で否定をしだした。
「僕は和花の事、妹みたいだなんて思った事ないよ!」
「悟君……それって……」
悟君の返事に、わたしは目を見開いた。
わたしは、頷かれると思っていたのだ。妹みたいなものだよ、って、映画みたいに言われると思い込んでいた。それなのに否定されるなんて。まさか、悟君………
「もしかして、悟君はわたしの事………」
悟君、わたしのこと姉みたいだと思っていたの?
よくよく考えると、誕生日はわたしの方が1ヶ月早い。それに、悟君は可愛い顔をしているので、頼れる兄というよりは慕ってくる弟の方が役柄としては似合いそうだ。中身は……わたしの方が頼りないと思うけれど……。
姉か。頑張らなきゃ…
悟君がじっとわたしを見つめている。顔を真っ赤に染めながら、コクリと軽く頷いた。
弟として甘えたいなんて、恥ずかしい告白をしてしまったな、なんて考えているのかな。
「―――うん、分かった」
わたしは頼れるお姉さんを気どり、胸を叩きにっこりと悟君に微笑んで見せた。