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竜の本

 わずかに開いた窓から入ってくる風で、白いレースのカーテンがゆらゆらと揺れ、その隙間から光が差し込む。テーブルの上で光が踊り、床を照らす様子を見ていると、足元に置かれた棚の中に古びた本がいくつか並べてあるのに気がついた。

「おじさんこの本は何?」

「ああ、こないだ家から持ってきた本だよ。『竜と生きる人々』って知らないかい?」

「知らない。見てもいい?」

「もちろん」

「懐かしいですね。わたしもよく読みましたよ」

 ミキは1冊を取り出し、古びてぼろぼろになった厚い表紙を広げ、ぺらぺらとめくりはじめた。けれど、いくらもしないうちにそれを閉じると、棚に残っている本の数を数えた。

「うへぇー、6冊もあるんだ。竜の出てくる話は好きだけど、こんな文字ばっかりの本、読む気になれないや。おじさんこれ全部読んだの?」

 いつの間にかミキのそばにいたマサトは、アイスココアの入ったグラスをテーブルに置き、棚の中から本を手に取って、品定めをするように表紙を眺めながら答えた。

「そうだよ。子供の頃に買って何度も読み返したものさ。引越しする時にほとんどの本は捨てたりあげたりしてしまったけど、この本だけはなぜか捨てられなくてね。文字だけじゃなくて挿絵も入ってるんだよ。えーと、どこだったかな……。ほら、この絵なんかなかなかいいだろ?」

 そこにはページのほとんどを占める大きな一匹の竜と、甲冑を全身にまといそれに対峙するひとりの小さな人物が描かれていた。

「ふーん、おじさんにそんな趣味があったなんてね。挿絵もあったんだ。あー、いかにもペンで描きましたっていう昔風の絵だね。嫌いじゃないけど」

「最近の子供にはこのペン画の良さはわからないかなぁ」

「いつまでも子供扱いしないで。嫌いじゃないって言ったじゃない」

「ははは、ミキちゃんは元気だな。ついでだから、ほら、そこにある置物」

「え、なに? これ?」

「そう、それ。その竜の置物。もう30年も前になるかなあ。骨董品屋でたまたま目に入って、本に出てきたあの竜だ!と思って、なけなしのお小遣いをはたいて買ったんだけど、これもやっぱり捨てられなくてね」

「こんなの前から置いてあったっけ? というか、これ竜なの?……ほんとだ。ぜんぜん気がつかなかった」

「わたしも気がつきませんでした」

 その黒っぽいただの塊に見えるものは、全身を鱗に包まれた竜が丸まってうずくまり、首をもたげ、前方を睨むように見据えているのだった。

「ユウイチさんまで。まぁ、古くてくすんでるから気づかれないのも仕方ないかなぁ。ちょっと磨いたほうがいいかな」

 マサトは少しすねたようにつぶやいた。

「せっかくだから、そうしたほうがいいかも」

 ミキは言いながらアイスココアをひと口飲んだ。甘い液体が舌に絡みつき、口の中いっぱいにココアの香りが広がるが、少しのほろ苦さも残している。この甘さと苦さの具合が絶妙だと思う。コーヒーよりこっちを売り物にすればいいのにといつも口に出してしまうが、そのたびにマサトは楽しそうに笑う。

「おじさん、アイスココアおいしいよ。ありがとう。外で飲んでもいい?」

「どういたしまして。お好きなところでどうぞ、お嬢様」

「ひと雨来るかもしれないから気をつけてね」

 ユウイチは仕事柄、また毎日ここで海や空を見ているということもあり、少し先の天気ならぴたりと当てることができる。

「すぐそこだから大丈夫」


 ミキは椅子から立ち上がり、グラスを手に、短く刈り込まれた芝生の庭へと出た。白い木のベンチに座ると、ちょうど目の高さに水平線が見える。断崖絶壁の上にいるとは思えないほどの穏やかな潮風を頬に感じながら、アイスココアを口へと運び、舌に残るほろ苦さを楽しんでいた。

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