バレた
均衡が破れた時、人は怯える。日常が失われると、未知の恐怖に苛まれる。
ずっと続くと信じていた繋がりがぼやけて、その先が不明瞭になってくる。
気付いた時には大体が手遅れで、なんとかしなければと足掻くも押し寄せる後悔の波には抗えない。
「はぁぁぁぁぁぁぁぁ~~~」
長い長いため息。止まることのない思考の渦に脳が流されていくような感覚に陥る。だけど時計は止まらない。秒針が進むたびに突破口の見えない壁にぶつかってしまう。
『わたしこの前、結芽にキスしたよね』
したよ。した。突然の口づけ。それに私は何度も何度も悩まされた。
でも結局、たまたま唇同士がぶつかっただけという結論に逃げてきたから今まではなんとかなっていた。だけど、日菜には自覚があった。寝ぼけていたらしいから故意ではないことにかわりはないのだが、互いに口づけを交わしたという事実を認知しているというだけで振る舞いも接し方もだいぶ変わってくる。
しかも、日菜の家に泊まった時なんてそれを知っていながら手を繋がれて、頭も撫でられた。
いったい日菜がなにを考えているのかまったく分からない。おかげで私は何度も口を開きかけた。
「私、日菜が好きなの」
実際に口に出してみると、カッと頭に血が集まって背中に汗が滲むのが分かった。
抑えなければならない禁忌の感情。私たちを破滅へと誘う呪詛。それを私は紡ごうとしたのだ。
それは絶対にあってはいけない。
それを口にした瞬間、全てが終わる。
日菜が選択するのは嫌悪か、回避か。それとも拒絶か。たとえ互いの気持ちが同じで奇跡的に結ばれるようなことがあったとしても女性同士の恋愛なんて現実的に不可能だ。先の見えない、地獄のような関係に、心が削られて朽ちていくのが目に見えている。私はそれでも日菜を好きでいられる自信はあるけど、日菜がそうとは限らない。
このままじゃ、気まずいまま体育祭を迎えてしまう。せっかく日菜とご飯を食べようと思っていたのに。
気付くと日付が変わってからすでに4時間が経過していて、外で微かにバイクの音が聞こえる。
今日、学校休もうかな。
今から寝ても絶対起きれないし、それに。日菜とどう顔を合わせていいのか分からない。きっとまた声が上ずって、日菜に笑われてしまう。
失われていくいつも通り。人の繋がりに永遠なんてないんだなと深夜を過ぎて困憊しきった脳が後ろ向きな考えばかり生んでしまう。
「どうすれば、いいんだろう」
結局その日、私は日が昇って家族が起き出した頃、気絶するように枕に顔を埋めた。
翌日。私は眠い目を擦りながら学校へと向かった。
動機としては、さすがに二日も休むと授業についていけなくなるという不安。それと、先日かかってきた日菜の電話。
『寂しかったんだからね』
その言葉が決め手となり私はいつもより2つ早い電車に乗った。
日菜はあまり弱音を吐かない。それが姉という立場から習慣付いたものなのか、そもそもの日菜の性格なのかは分からない。けど、日菜が悩みなんて1つもない強靱な精神の持ち主というわけではないことだけは私にも理解できている。
本気で走れないという一件もそうだし、彼氏に振られた時もそうだ。日菜は時折り寂しそうに表情を曇らせることがある。私は結構ダメな人間だから日菜に介護してもらうような立場だったけど。・・・・・・介護は言い過ぎかもしれない。
ともかくそういうわけだから、日菜の弱い部分を見てしまうともっともっと好きになってしまう。私にできることがあれば力になってあげたい。
それがどういうメカニズムなのかは謎だけど、それが人を好きになるってことなんだと思う。多分。おそらく。
学校に着くと、朝一番に先生に呼ばれた。無断欠席をしたから、そのことを咎められるのだろうか。
教務室へ向かうと、同じタイミングで佐藤さんも扉をノックしようとしていた。
目が合う。以前一緒に走る特訓をした仲なので無視するわけにもいかず軽く会釈をした。
「お、おはようございます桜川さんっ。もしかして、先生に呼ばれました?」
「あ、はい」
「そうなんですね、実は私もなんです。昨日休んだから、そのことかもしれません」
ふぅんと心の中で冷たい反応をしてしまう。
図らずも先に佐藤さんが入室して、それに私が付いていく形になる。
佐藤さんの話の通り、内容は昨日の欠席についてだった。なにを怒られるのかと思いきや、最近流行っている感染症について、大丈夫だったのかという趣旨だ。
佐藤さんはすでに病院で診断済みで陰性らしく、私は素直に寝坊したからと伝えたら「なんだそれならよかった」と安堵され「いやよくないが」とすぐに無断欠席を注意された。
朝ということもあってすぐに解放され、佐藤さんと共に教室を出る。
「すぐ終わってよかったですね」
「はい」
私の声色はとても人と接する時のものではなかった気がする。それでも佐藤さんはきさくに笑ってくれた。
「あの、桜川さん。別に敬語じゃなくてもいいですよ」
「それはそっちがそう喋るから」
また、棘のある言い方になってしまう。日菜以外との接し方が分からない自分が悲しくなる。
「ご、ごめんなさいっ。そうですよね」
「あぁ、別に。こっちこそごめんなさい」
「ごめんなさいっ」
「ごめんなさい」
互いに頭を下げて、下げ続けて、私が頭を上げても佐藤さんがいまだに頭を下げているのを見て、この人も不思議な人だなと私が言えることではないことを失礼にも思ってしまう、
「えっと、佐藤さん。もういいから」
ぎこちなく敬語をやめてみると、ようやく佐藤さんが顔をあげる。えへへと笑って、なにがそんなに面白いのだか考えて見るも私の感性じゃ理解に及ばなかった。
私が踵を返して教室へ向かうと、やや後ろに佐藤さんがくっついて来る。
「寝坊と言いますと、夜更かしですか?」
「え? まぁ、そんなところ」
「悩み事、とかでしょうか」
昨晩の日菜と同じ事を言う。私ってそんなに分かりやすいのだろうか。眉間に触れてみると、しわができていた。
「もしかして、日菜ちゃんのこと、とか」
佐藤さんの口から突然に思い人の名前が出てきて振り返ると、佐藤さんもびっくりしたように足を止めた。
「な、なんで分かったの」
誤魔化すこともできたけど、なぜそこまで予測ができるのかを聞いてしまう。私と佐藤さんはほとんど赤の他人程度の仲で相手の思想を察することのできる絆は育んでいない。
すると佐藤さんは私の勢いに気負いしたのかやや後退しながら口を開く。
「なんとなくですけど、桜川さんの様子を見てて思ったんです」
彼女の口から飛び出した言葉に、私は更に驚くこととなる。
「桜川さんは、日菜ちゃんのことが好きなのかなって」




