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間接、ミニトマト

 パン食い競争でゲットしたあんぱんを袋に包んで自分の席に戻ると、結芽がおつかれと労いの言葉をかけてくれた。


 結芽の席は後ろのほうで、わたしは一番前。ぜんぜん違う場所なんだけどさっきクラスの子が気を利かせて席を譲ってくれたのだ。周りを見るとそこかしこで席の交換が起きていて、もはや無法地帯だった。


「日菜、1位だったね。すごい」

「や、あれもう順位とか関係ないから」


 パン食い競争なんて真面目にやる人はいない。参加する人はだいたいが昼ご飯の足しにあんぱんでも貰っていこうという魂胆で勝利への執着などありはしない。その証拠に、手を使ってはいけないというルールを破りぶどう狩りみたくあんぱんをもぎ取る人もいた。


 そんななかで、たまたま1位になったところで嬉しくもなんともないし誰もすごいなんて思わない。思っているのは結芽だけだ。


 歯形のついたあんぱんに視線をやり、肩をすくめる。


 それでもなお注がれる結芽の尊敬にも似た眼差しがこちょばったい。


 そうしている間にも、午前最後の応援合戦が始まり、起立する周りに合わせて遅れてわたしも席を立った。


 第一応援歌よーい! と応援団の子が仰け反りながら大きな声をあげる。お腹から出た、いい声だ。第一声に鼓舞されるように、他の子も続けて口を大きく開く。


 隣をちらりと見ると、結芽も一生懸命叫んでいた。叫んでいるんだろうけど、声は小さかった。それでも拳を握って、顔を真っ赤にして前のめりになって倒れそうになりながらも応援をやめない。はて、そもそもこれは誰にたいしての応援なんだろうかと考えてしまうわたしは、至極争いごとに向いていない。


 以前結芽が、迷惑にならない程度にはやるつもりと言っていたのを思い出す。


 行動原理はきっと、役に立てずに足を引っ張り、周りから弾圧されるのを防ぐため。不純にも見えるけど理にかなったひとつの処世術で、わたしはそれに対して特に言及する気はない。


 第三応援歌よーい! 第二はどこへ言ったのかという疑問をよそに次の応援歌に移る。


 周りが頑張っているのにわたしだけぼけーっと立っているのもバツが悪いので、一応は声を出して参加することにした。


 応援歌の歌詞を覚えていないことに気付くのは、息を吸って口を開けてからだった。



「ヒナ」


 結芽の声は枯れていた。喉を触りながらわたしを上目遣いで見てくる。


「ノドガイタイ」

「水分とろ水分」


 水筒を空にしてしまったようなので、校舎の自動販売機でお茶を買い、なるべく人の少ない場所を探してうろつく。


 隣からゴクゴク、と聞こえ、ゲホゲホと続く。1人で盛り上がってる。


「あそこにしよ」


 校舎を出て、中庭とグラウンドの間にある雑木林を見つける。穴場らしく人気は感じない。ちょっとアウトドア感が強い場所だけどたまにはいいかなと丁度いい石段を見つけて腰掛ける。


「ウー」


 結芽はまだ喉を鳴らしている。


「叫びすぎだよ。もうちょいセーブすればよかったのに。午後にもう一回あるんだよ?」

「デモ、こほん。でも、体育祭だから」


 続く言葉はなく、今のが結芽なりの答えのようだ。体育祭だから、行事だから、頑張らなきゃいけない。そういうことなんだと思う。


「まーそうだね。そうだよね。あ、ミニトマト食べる?」

「ん、ありがと」


 お弁当を広げて、中からちっこいトマトをつまんで結芽に渡す。渡して、渡そうとしたミニトマトを結芽がじっと見つめる。手と口を交互に開いて、どちらで受け取ればいいか分からないという様子だった。


「口でいく?」

「え、えっと。日菜はどっちがいい?」

「どっちでもいいけど」


 手がプルプルしてきた。早くして欲しい。この前の一件でわたしの腕は筋肉痛でうまく動かないのだ。


「く、口で」

「ほい。じゃ、あーん」


 結芽が小さな口を開けて、何故か目も瞑る。わたしは歯医者さんってこんな感じなのかなと思いながら結芽の唇にミニトマトを触れさせた。


 ぴくっと反応して、結芽が後退したのでミニトマトは口には入らない。もう一度、唇に触れると、今度は食虫植物みたいにパクっと口を閉じた。


「あ」


 わたしが声をあげるのと同時に結芽が目を開いて視線が交差する。


「なんか、ざらっとした」


 結芽が舌をなぞった感触に不思議がり眉をひそめた。


「それわたしの指だ」

「え」

「結芽、わたしの指舐めたでしょ」

「え」


 結芽は舌を口の中で転がすようにして、しばらくしてボン! と顔を赤くする。その色彩はミニトマトよりも濃く、自分の唇を袖で拭うも顔色が戻ることはなかった。


「ほら、ちょっと濡れてるもん」

「そ、そんなこと。え? 本当に? 私、日菜の指舐めたの?」

「動かぬ証拠ですよ」


 わたしは自分の指を見せつける。まぁこれが結芽の唾液によるものかミニトマトに付着した水滴によるものなのかはわからないけど、反応が面白いから前者ということにしておこう。


「ご、ごめん日菜っ、私。そういうつもりじゃなくてっ!」

「そういうつもり?」

「あ、だから。舐めたくて舐めたってわけじゃなくて・・・・・・」


 しょんぼりと俯いてしまった。別に咎めているんじゃないけど。どうも結芽にイジるという行為はまだ早いらしい。本気で悩んでしまっている。


「あははっ! そんな真剣に考えないでよ、別にいいから。なんなら言えばいつでも舐めさせてあげるよ」


 おどけて、冗談だよと笑い飛ばす。


「え、いいの?」

「え?」

「えっ?」


 視線が交わり、一度瞬き。まるでトンボを捕まえるときのようにおそるおそる指をさしだして眼前でくるくる回してみる。結芽もそれを追うように首を動かして、次の瞬間には目を回して石段から転げ落ちた。


「た、体育祭だから」


 膝についた土を落としながら、結芽がそんなことを言うけどさっぱり意味がわからない。体育祭は万能ではないんだぞ。


「ご飯たくさん食べて、午後もバテないようにしないとね」

「そうだね」


 前髪を整えて平静を取り繕う結芽。出会った当初よりも、だいぶ表情に振れ幅が出たなぁと結芽の成長を垣間見て感心する。


 黙々と箸を進める結芽に、今度はオレンジを差し出してみる。


「あーん」

「い、いいっ」


 ぷい、とそっぽを向かれてしまい、行き場を無くしたわたしのオレンジは持ち主の口の中に放り込まれる。指に付いた果汁が美味しくて、子供みたいに吸った。行儀がよろしくない、陽太や栞の前ではやらないでおこう。


「あ」

「どうしたの? 日菜」

「ううん」


 そういえば、ミニトマトをあーんしてから指を拭ってなかったなと、今度はわたしの唾液で濡れた指先を見て思いながら、おしぼりを手に取った。

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