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なんだか青春みたいな

「大事なのは姿勢よ。まずはいちか、こちらへ来て1度走ってみてくれるかしら」

「わ、わかりましたっ。んしょ・・・・・・ぷぎゃ!」

「・・・・・・どうしてなにもないところで転ぶの?」


 東光寺さんの足下で佐藤さんが伸びていた。スタートすら切れないとは、私よりも運動のできない子なのかもしれない。


「いい? スタートというのは片足で地面を蹴った反動でもう片方の足を踏み出すの。どうしていちかは両足で飛び出すのかしら。立ち幅跳びをやってるんじゃないのよ?」

「あうぅ、でも莉音ちゃん。片足で立ったりしたら転んじゃいますよぉ」

「バカね。誰も片足で立てだなんて言ってないでしょ? いい? こうして片方の足を体よりも後ろに伸ばすの」


 東光寺さんが佐藤さんの足を掴んで位置を調整する。なんだかんだできちんと教えてくれるみたいだ。


「東光寺さんって陸上部なの?」


 隣で体育座りをした日菜に耳打ちする。


「んーや? 違うよ? なんで?」

「詳しいみたいだから」

「あー、莉音はそういうものだから」

「そういうもの?」

「1度興味を持ったらひたすら研究して極めようとするの。あぁ言う人を天才って呼ぶのかもねぇ。あ、基本的にアホだけどね?」


 へぇ、と空返事。東光寺さんのことが知りたいんじゃなくて、日菜と話す口実が欲しかっただけなんて言えない。こういう捻くれたところが友達のできない原因なのかな。


 そもそも友達ってなんなんだろう。


 地べたに這いつくばった佐藤さんを引き上げる東光寺さんを見て思う。あの2人は友達なのだろうか。私には佐藤さんが一方的に東光寺さんに目を付けられて振り回されているようにしか見えない。


「次は日菜の番よ!」

「あれ? いちかは?」


 東光寺さんは首を振る。佐藤さんのほうを見ると肩で息をしていて、指でバッテンを作っていた。どうやら活動限界らしい。ちょっと親近感が沸く。


「ひとまず走ってみて。悪いところがあれば指摘するわ」

「おっけー」


 日菜が快諾して、特に溜めることなく滑らかに走行姿勢へと移る。


 トラックを半周したところでピタッと止まり、真ん中を通って戻ってくる。


「どうですか師匠」

「そうね・・・・・・日菜、あなた陸上の経験があるの?」


 東光寺さんが聞くと、日菜は慣れたように首を傾げた。


「ないけど、なんで?」

「いえ、とても姿勢が綺麗だったから。しっかりと足も上がっていたし文句の付け所がなかったわ」

「そっか、じゃあ合格かな。わぁい」


 おどけて、私が座り込むサッカーゴールの横へ向かう日菜。の肩を掴む東光寺さん。


「合格なわけないでしょう」

「えーなんで」

「当たり前じゃない。姿勢がいくらよくってもね日菜。さすがに遅すぎよ」


 それはわたしも思った。トラックを半周で約200メートルだ。でも日菜は戻ってくるのに1分くらいかかっていた気がする。


 午後の授業の時。日菜は確か過去に大会で転んだことがあって、それ以来本気で走るのが怖いと言っていた。もし日菜がちゃんと走ったら並の女子高生よりは遙かに速いだろう。だけどそれがバレたらきっと本気で走れと言われる。でも、日菜はそれができない。したくない。


 だから日菜は陸上部だったことを隠して、こうしてのらりくらりとマイペースに走っているのだ。長年染みついた走行姿勢だけは誤魔化せていないが、日菜は腕を大げさに振って「テレビで見た」と言って笑っている。


 そっか。日菜が陸上をやっていたこと、東光寺さんたちは知らないんだ。まぁ、内容が内容だから自分から話すようなことはしないだろうけど。


 だとするとなおさら私に話してくれたことが不思議でしょうがない。信用、されているから?


「ねぇ莉音わたしもう疲れたよ」

「ちょっと日菜! そんなことじゃ赤組を頂点に導いてあげることなんてできないわよ!」

「大丈夫。わたしはリレーじゃなくてパン食い競争で世界をとるから」

「もう、あとでみっちり走ってもらうわよ。じゃあ次、桜川さん。いいかしら」


 佐藤さんはダウンしているし日菜はあまりやる気がないみたいだし、1人張り切っている東光寺さんがちょっとだけかわいそうだった。


 じゃあ代わりに私が本気を出すのかと言われるとそうでもなく、結局私は自分にできる範囲で頑張るだけだ。


 戻ってきた日菜の「がんばれ~」という気力のない応援を受けて私は東光寺さんの横に立つ。


「スタートの姿勢はいいわね。それじゃあ、走ってみてくれるかしら」


 頷いて、地面を蹴る。佐藤さんのようにスタートで転ぶようなことはせず、日菜のようにマイペースに走ることもせず。全力一歩手前くらいの力で足を動かした。


「もうちょっと足が上がるといいわね。首は引いて、上体はまっすぐに」

「こんな、感じ・・・・・・?」


 東光寺さんに言われる通りに足を上げてみる。でも、これ以上はあがらない。つりそう。首を引くと、なんだか鳩みたいな走り方になってしまった。上体をまっすぐ。まっすぐ? 意識するあまりふんぞり返る姿勢になってしまう。なんだこれ。


「莉音せんせ~い、お手本がないと分かりませ~ん」


 体育座りをした日菜が遠くから茶々をいれる。


「それもそうね。それじゃあ1度、あたしが走るから見ていてくれるかしら」

「わかっ・・・・・・」


 言い終わる前に、東光寺さんが砂埃だけを残して私の目の前から消えた。ものすごいスピードである。あれで陸上部じゃないって本職の人たちの立つ瀬がない。


 呆けているといつのまに来ていたのか日菜が足踏みをしてこちらを見ていた。


「一緒に走ろ」

「うん」


 そのあと、私は日菜と一緒に談笑をしながらトラックを周回した。


 途中疲れて声も途切れ途切れになったけど、それでも日菜と一緒にいるのがなによりも楽しくて。あぁこれはいい特訓になるなと、東光寺さんの熱血指導と佐藤さんの悲鳴をBGMにして走り続けた。



 6時になって私が帰るというと、日菜も名乗りをあげてカバンを担いだ。東光寺さんたちはまだ残るらしく明かりの点いたグラウンドで汗を流している。


 今から制服に着替えるのはめんどうだし汗もかいたしということで体操服のまま帰ることにした。夕方は少し肌寒く上着を羽織る。


 日菜が手鏡で前髪を弄くっていたのを見て「久しぶりにギャルっぽいことしてる」とからかったら「わたしは生まれた頃からギャルですけど」と強気な返しをされてしまった。心がギャルということだろうか。そもそもギャルの定義ってなんだろう。髪を染めていたらギャル判定? それとも明るい性格? どれも日菜に当てはまっていることだけど、やはり私は日菜をギャルだと認めるのにいささか抵抗があった。


 そんなことを考えていると、手鏡をしまった日菜が黄色いタオルで首元を拭いて呟いた。


「なーんだ。けっこういい日じゃん」

「え? なに?」

「ううん、こっちの話」


 日菜が笑って、私は小首を傾げる。


「あのさ、結芽」

「うん?」

「今週の土日って空いてる? わたし靴買いに行きたいんだけど、一緒にさ。まぁ、なんていうか、どう?」


 日菜の顔を見て、私は足を止めて、固まった。


「それって」


 デートのお誘いってこと?


「いいよ」

「おっけー。じゃあまた連絡するね。多分お昼ごろだと思うけど」

「わかった」


 私の口数が少ないのはいつものことだけど、今回ばかりははしゃがないようにと明確な目的があった。だけどスキップ気味に跳ねる足取りまでは誤魔化すことができずに、


「じゃあまた明日」


 日菜と別れたあと、私は誰よりも早く、一度も止まることなく走って家へと帰った。


 走るのに気力が必要というのは、どうやら本当らしい。

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