きみにかける呪い◆
「すっごいご利益あるらしいよ。運命の人見つかってないひとは見つかってー、もう好きな人いる人はその人と結ばれて、恋人同士で行くとずーっと一緒にいられるんだって」
「そうなんだ」
瑞香の手を引き、宿泊体験の集合場所から離れるように俺は縁結びの神社へと彼女を連れていく。神なんて信じていない。占いなんてくだらない。それは今もなお同じだけど、彼女に対してだけは出来る限りの全力は尽くしたい。
ただでさえ彼女はおかしな行動をとり始めるようになってしまった。調理実習中、自分の筆箱を壊したような男に対して自分の食事を分けてやったり、予定がないのに用事があると言って俺を避けたり……。
これではまるで瑞香が俺以外の人間に好意を抱いたみたいだ。神社に向かっていると彼女は不安そうに俯いている。「行きたくないの?」と問いかけると、「ううん。運命の人見つかればいいなと思ってるよ」と力なく笑った。
「ん、ということは五十嵐さん好きな人いないの?」
「勿論だよ。私は美味しいもの食べられればそれで幸せだから」
そう言う彼女の顔は作ったような笑顔だった。もうずっとずっと見てきたのだから、作り物か心からのものなのかはすぐに判断がつく。瑞香は嘘を吐いている。俺に、嘘を吐いている。
「河内のことはいいの?」
否定してほしい気持ちで問いかけると、彼女は少し驚いた後誤魔化すように笑った。その笑顔を見て心が冷えた。優しくしたい。嫌われたくない。どうせなら好きになってもらいたい。
でも、殺すか、奪うしかないのかもしれないとも思う。
もう一度は泊まってくれたし、俺は瑞香に交通費や手間の事を持ち出して一緒に住むよう仕向けようと思っていた。俺が危ない目に遭い傷付いていると言えば、優しい瑞香は騙されてくれる。騙して一緒に住む。
そして俺が十八歳になったらすぐ、悪質なファンに籍を入れられそうで困っているから一時的に籍を入れてほしいと瑞香を騙し籍を入れる。籍を入れてしまえばこちらのものだ。
お酒でも何でも飲ませて瑞香をその気にさせて、既成事実を作り上げればいい。瑞香は二人の子供を殺す選択は絶対にしない。彼女が逃げられなくなったところで、徐々に俺が瑞香に好意を持ち惹かれていったと言って、プロポーズをする。
そうすれば、俺に絆されてくれる。俺と生きてくれる。俺の傍に永遠にいてくれるようになる。そうしたらいつか、もしかしたら、俺を好きになってくれるかもしれない。だって、瑞香は愚かなほど優しくて善良だから。
そう思っていたけれどもう無理なのだと分かった。瑞香は、俺以外の人を好きになったんだ。
もう一思いに瑞香を食べて一つになりたい。腹の底に隠して誰にも見つからないように隠す。痛がっても知らない。齧りついて飲み込む。そうすれば例え瑞香が誰を好きであろうと、きっとずっと一緒だ。
強引に奪うよりそのほうがいい。許すも許さないもなくなる。もう、強引に奪えばいいのか、殺せばいいのかよく分からない。俺は瑞香が好きだ。彼女が欲しい。なのにどうして俺を好きになってくれない。
「……否定しないの?」
「と、とりあえず行こう! 縁結び神社!」
一縷の望みを託して瑞香に問いかけると、希望はあっけなく崩れ去った。笑いがこみあげそうになる。でも不自然に笑い出すわけにもいかないから、俺は彼女の手を強く握ることで誤魔化した。もういいよ。もう、奪ってから食べよう。全部。もう。なんでもいいや。全部貰おう。泣いて叫んで俺から逃げようとしてももうどうでもいい。
でも絶対に逃がしてやらない。今夜、絶対に俺のものにする。
そう思うのに、まだどうにかすれば心が手に入るんじゃないかと希望が捨てきれなくて、嫌われたくなくて瑞香の手を握る力が強まる。もう殺してほしい。いっそ、瑞香に。
「日野くん?」
「行こう、縁ちゃんと結んで、いらないのは切ってもらわないとね」
「う、うん?」
これから行く縁結び神社は双方想いあった者が向かわないと地獄に落ちていくものらしい。元は想いあう二人が引き裂かれ心中し、二人を弔うため出来た社であり、相愛を見せたならば二人の祝福を受けられ、偽りを見せたならば訪れた二人が別に愛した者が死ぬとされる。
俺が愛しているのは瑞香だけど、瑞香が神社に向かったせいで死ぬのは誰だろう。
何も知らない彼女を連れ、俺はこの先地獄に落ちていくことを確信しながら神社へと向かっていったのだった。




