第8話『女神様の思わぬ提案』
「なつっち、このゲームすごく楽しいねー」
「う、うん。そうだね」
ゲームを始めて少し経った頃、千聖の演技が始まった。
千聖はテレビ画面を見ながら、棒読みのセリフを僕に投げかけた。
僕へのセリフさえも棒読みって。今からあかねさんに『十年前の約束』を聞き出すってのに、大丈夫なのだろうか。
序盤から不安が募る……。
「あ、あかねっちは楽しいー?」
「はい。楽しいですよ」
「そ、それはよかった」
震え声の千聖に少し不思議そうに答えるあかねさん。
怪しまれてる様子はない。どちらかといえば体調の心配をしているような感じだ。
「姫野さん大丈夫ですか?」
「じゅっ!」
「じゅ?」
(どう考えても今のタイミングじゃないだろ!)
「十年前にした約束ってのがなんなのかなーって気になってるんだよねー、あはは」
下手すぎる千聖の演技に、さすがの康太郎も若干引き気味だ。
「なるほど。リビングで三人が何か話していたのは知っていましたが、そういうことでしたか」
「あかねっち! お願い! ちさも気になるんだよ!」
「嫌です」
あかねさんは笑顔できっぱりと断った。
「だ、だよねー。……あはは」
プランAは開始五分で、失敗に終わった。
千聖が苦笑いを浮かべて俯く。すぐ顔を上げたと思うと、涙目で僕と康太郎を交互に見た。
うん。仕方がない。千聖に任せた僕たちが悪い。
「なぁくん。もしかして私をゲームに誘ったのって、私の口から十年前の約束を聞き出すためですか?」
「っ! ……ち、違うよ?」
「別にそのことには怒っていません。でも私に嘘をつくなぁくんには少し怒ってます」
「ご、ごめん……! どうしても約束のことが気になって」
正直に打ち明ける。僕は嘘をつくのが下手な方だ。自覚している。
というか、あかねさんには僕の嘘なんて意味がないと思う。
「私の口から約束のことを聞きたいなら、もう少し頭を使ってくださいね、なぁくん」
「うっ」
「ただ一緒にゲームをしたからと言って、私が十年前の約束を口走るとでも思ったんですか? ふふ、浅はかですね」
そう言われてみればそうだった……。あかねさんはそんな単純じゃない。
僕自身が十年前の出来事を思い出せれば早いんだけど、それこそ簡単じゃない。
「康太郎……」
「あぁ、失敗だな」
残念そうに康太郎が言う。作戦は失敗に終わったものの、あかねさんの楽しむ姿が見られた。
学校ではいつも無表情なあかねさんだ。そんな姿を見られたこと自体が大きな収穫とも言える。
◇ ◇ ◇ ◇
あのあと一時間くらいゲームを楽しんだ。
一応夕食には誘ったものの、千聖の親が門限に厳しいらしく、その千聖を家まで送るということで、康太郎も一緒に帰ってしまった。
まだ二日目だというのに、『女神様』がいる生活に慣れてる自分がいる。
「そういえば、なぁくん。いつも食堂でお昼ご飯を食べてますよね」
「うん。そうだね」
「不健康、とまでは言いませんが、やはり手作り弁当の方が栄養の面ではいいんじゃないですか?」
「まぁ、それはそうだけど……」
確かにそうだけど、生憎僕は毎日お弁当を作れるほどの気力を持ちあわせていない。
それに、おかずを何種類も作れるほど、料理ができる訳でもない。
そんな僕も高校入学から一ヶ月は毎日自分でお弁当を作っていたりする……。
「明日から、私がお弁当を作りましょうか?」
作る気力が湧かないのは、あの苦労が頭の片隅に残っているからだと思う。
だからこそ、あかねさんの提案に、僕は自分の耳を疑った。
「え、僕の聞き間違いならごめん。あかねさんがこれから毎日わざわざ僕のためにお弁当を作ってくれるってこと?」
「はい、愛妻弁当というやつです」
「そこは訂正しなくてもいいよ……。いや、でも悪いよ。僕も作ったことあるから分かるけど、毎日お弁当はすごく大変だよ?」
「私は毎日自分でお弁当を作ってますよ。一人分から二人分に変わるくらい、大したことないですよ」
それに、と付け加えるように、あかねさんは言葉を続けた。
「なぁくんのためなら、例え風邪を引いててもお弁当を作ります」
「そこは安静にしてて……」
冗談はさておき。
僕はこの願ったり叶ったりな提案に乗ってしまっていいのだろうか。いくらあかねさんの厚意とはいえ、それは僕にとって甘えなんじゃなかろうか。
「……本当にいいの?」
「はい、なぁくんのためですから」
「お、お言葉に甘えようかな……もししんどかったらすぐにやめてもらって構わないからね!」
僕はあかねさんの提案に乗ってしまった。
家政婦さんとはいえ、毎日お弁当を持ってきてもらうってのはいくらなんでも甘えすぎかな。
でもあかねさんの手作り弁当……食べたい……。
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