第6話『誤解、弁明、そしてゲーム』
「なるほどねぇ、十年前の約束か。夏斗、本当に覚えてないのか?」
「お恥ずかしいことに……」
「でもでも、十年前の約束ってことは、なつっちとあかねっち、小学一年生だよね? そんなの小学生同士の冗談で交わした約束じゃ――ないよね〜、あはは〜」
途中まで言いかけるが、あかねさんに睨まれて言葉を訂正した千聖。
まるで大型犬に怯えるチワワみたいだ。
「なつっち、約束って『将来結婚しようね!』とかじゃないの? ちさ、他に思いつかないよー」
「それがわからないんだ。あかねさんに聞いても教えてくれないし……」
「そっかー。なんで教えてくれないんだろうねー」
あかねさんに聞こえない程度の声で、千聖が僕に問いかけてくる。
今あかねさんはキッチンにいて、夕食の準備をしてくれている。
時間を見れば、もう五時になろうとしている。二人はいつまでいるんだろうか。
結局ゲームもできていないし、散々な目にあってしまった。
「なつっちなつっち! ちさ、いいこと思いついた! 約束の内容を教えてくれないなら、さりげなく聞き出せばいいんだよ!」
「ちー、ナイスアイデアだ。俺も十年前の約束ってやつが気になるからな。夏斗に協力してやるぞ」
僕も正直ずっと気になっている。
十年前の約束が何なのか。もしそれが分かれば、あかねさんが僕にここまでしてくれる理由が分かるかもしれない。
「……協力をお願いしていいかな?」
「うん! ちさとこうくんに任せて!」
「んじゃあ早速、作戦を決めるか」
あかねさんに聞こえないように、僕たちは作戦会議を始めた。
作戦の名前は『十年前の約束を聞き出すぞ大作戦』。このネーミングセンスのなさ、言わなくてもわかると思うけど、考えたのは千聖です。
「怪しまれないためにも、作戦はここで行う。自然を装えよ夏斗、ちー」
「ちさ、演技力には定評があるんだから!」
「僕もそれなりには演技が、できる……」
バレてしまえば、十年前の約束を聞き出すことは難しくなる。
ここからはこういう心理戦が得意な康太郎の指示に従う。
「よし、じゃあ聞き出す役を決めるぞ」
「あ、ちさやりたい!」
「まぁ、夏斗が聞き出すのもなんか変だしな。不安だが、ちーでいこう」
「なんで不安なの!」
「ちー、声が大きいぞ。怪しまれたらどうするんだ?」
目だけは合わせないように、注意しながらキッチンを見る。
(キッチンからガッツリこっち見てる……)
僕は視線に気付かないふりをして、作戦会議を続けた。
怪しまれても会話の内容さえ聞かれなければいいのだ。
「僕は何をすれば?」
「うーん、夏斗は自然を装うだけで十分だ。ちーの言ってることを知らないフリしていればいい」
「こ、康太郎がそう言うなら……」
いくつか考えた結果、出てきた案は三つ。
とりあえず、一番見込みがありそうなプランAから決行することになった。舞台は僕の部屋。
プランAの内容はこうだ。
まず僕があかねさんをゲームに誘う。
それからゲームを普通に楽しみつつ、途中で千聖がさりげなく約束を聞き出す。
この作戦の肝はゲームを誘うところにある。ここで怪しまれて、変に勘づかれてしまえば終わり。
プランAは僕と千聖の演技力次第というわけだ。
「よし、夏斗。行ってこい」
「頑張れ、なつっち! あかねっちをゲームに誘ってこーい!」
康太郎の指示のもと、僕はあかねさんのいるキッチンへと一人で向かう。
(さりげなくさりげなくさりげなく……)
「なぁくん、どうしたんですか?」
「あー、はは……」
まずい、人を手のひらに三回書いて飲むのを忘れていた。
怪訝な表情を浮かべるあかねさんが見つめられて、僕は苦笑いを浮かべた。
緊張で喉がカラカラになり、上手く声が出ない。事前に考えていたセリフさえも忘れてしまう始末だ。
なんであかねさんをゲームに誘うだけで、ここまで緊張しているのか。自分でも分からない。
「の、喉が乾いてさ」
「なるほど。水を飲みますか? それともウーロン茶?」
「じゃあ水を……」
冷蔵庫を開けて、あかねさんは天然水をコップに注いだ。
冷たい水の入ったコップを受け取り、深呼吸してから一気に飲み干す。
「ありがと、おかげで助かったよ……」
「いえ」
「あ、あのさ! いきなりでごめん。話変わるんだけど、今から康太郎たちと僕の部屋でゲームするんだよね。よかったらあかねさんも一緒にどうかなって」
勢いで誘ってしまった。僕は何故か熱くなる頬を隠しながら、あかねさんの表情を指の間から窺った。
「すみません、今夕食の準備で忙しくて」
「あー……そう、だよね」
「十五分後くらいなら、少しの間だけですができますよ」
「ほんとに!?」
十五分後という条件付きではあるが、作戦に時間は重要じゃない。
第一関門の突破に、僕はあかねさんから離れたところで小さく安堵のため息を漏らした。