第5話『本当に違います。信じてください。』
「あなたは確か……同じクラスの姫野さん? なんでなぁ――八幡くんの家にいるのですか?」
「それはこっちのセリフだよ! 最初あかねっちのこと幻覚かと思ったくらいだよ!? ついにちさの頭もおかしくなっちゃったのかーって! でもあかねっち本物だし……」
そこまで聞いて、僕は階段の手すりから顔だけひょっこり出した。
「や、やぁ、あかねさん」
「どういうことですか、なぁくん。ちゃんと説明してもらいますよ、この家に女の子を連れ込んでいる理由を」
ほんの少し、怒気の混ざった声色に、僕は苦笑いを浮かべた。
「どういうことなの!? なつっち! なつっちの家にあかねっちが来るとか、意味わかんないよ!」
「私、姫野さんと『あかねっち』と呼ばれるほど仲がいいわけではないのですが」
(あなたも初対面から僕のこと『なぁくん』て呼んでいるでしょう……)
「とりあえず話はリビングで……」
一先ず、二人をリビングで待つよう促し、その間に僕は康太郎の待つ二階へ。
先にあかねさんの誤解を解こうと急いで降りてきたものの、やはり康太郎も呼んで事情を説明した方が早い気がする。
「康太郎、ごめん。一階に来てほしいんだけど……」
「あいよ。……てか、正直俺も今どういう状況なのかさっぱり分からん。ちゃんと説明してくれよ、夏斗」
「う、うん……」
察しのいい康太郎でも、さすがに女神様が僕なんかの家で家政婦やってるなんて想像も出来ないと思う。
どこか楽しそうな表情をうかべる康太郎に、僕は小さくため息を吐いた。
一階へ降りると、あかねさんは冷蔵庫に先程スーパーで買ってきたであろう食材を入れていた。
その様子を、ソファーからジーッと観察する千聖。
「うっ!」
そんな千聖に軽いチョップをお見舞いして、康太郎は千聖の隣に腰掛けた。
「こうくん酷い! 彼女に手を出すなんてDVだよ!」
「何度見ても、ちーの反応は面白いな、可愛いぞ」
「こうくん好きー!」
人の家でイチャイチャするな! と、叫びたいところだが、キッチンの方から僕にジトーっとした視線を感じて、つい声を出すのを躊躇ってしまう。
その視線に気付かないふりしつつ、平静を装いながら僕はテレビの前に行き、正座した。
「結城くんもいたんですね。てっきり姫野さん”だけ“がいるのかと思っていました」
ちらりとキッチンから僕の方を一瞥すると、あかねさんはすぐに視線をソファーの二人に戻した。
(なんで『だけ』を強調して言ったんだ、この人……)
そういえば、あかねさんは康太郎と千聖が付き合っていることを知らないのだろうか。
いや、クラスでも二人は一際目立っているし、そんなことはないと思うけど。
「栞田さんに質問したいことが山ほどあるんだけど、いい?」
「ここからでも良ければ大丈夫ですよ、結城くん」
「いや、大したことじゃないんだけどさ――二人って同棲してるの?」
「して――」
「してないしてないしてない! もう僕から説明した方が早そうだね! 栞田さんは訳あって僕の家で家政婦をやってるだけだから! そう、それだけ!」
あかねさんの言葉を遮り、僕が説明した。
これ以上余計な誤解が生まれないよう、事実だけを僕自身が話した方がいいと思ったためである。
ちらりとあかねさんの方を見る。
心なしか、いつもよりムスッとした表情を浮かべているあかねさん。ほんの少しだけ膨らんだ頬を見て、僕は少し考える。
(もしかして、言葉を遮ったことに怒ってるのかな……?)
「へー、なるほどねぇ。栞田さんが家政婦か――」
「違います」
いつもより強い口調で、あかねさんが否定した。
一瞬僕も何に対して否定したのか分からなかった。でも、あかねさんの言葉の続きを聞いて、僕は理解した。
「私は近い将来、なぁくんと結婚します」
「けけけけけけ、結婚!? なつっち、あかねっちと結婚するの!?」
「ほーう。夏斗、結婚するのか?」
何に対して否定したのか。理解した時には遅かった。
見ると、康太郎はニヤニヤとこちらを見ていた。
「違う! ほんとに違うからっ!」