第2話『女神様との夕食』
一階のリビングに入ると、まず目に飛び込んできたのは食卓に並べられた料理の数々。
種類もそうだが、二人で食べ切れるのかと疑問に思うほどの量。
「美味しそう……これ、全部あかねさんが作ったの?」
「はい、そうですよ。叔母様からお金の面は気にしなくていいから、夏斗と一緒に食べてあげて、と伝言がありました」
なので、と笑みを浮かべて、あかねさんは言葉を続ける。
「一緒にご飯を食べましょう」
頬を掻きながら、僕は小さく頷いた。
両親もそうだが、日本にいる叔母さんさえも忙しさ故に僕の面倒は見きれない。それは仕方ないことだ。叔母さんは一切悪くない。
高校生にもなって、自炊できない僕が完全に悪いだろう。
でも。こうやって手作りの料理を誰かと一緒に食べるのはいつぶりだろうか。前に誰かが座っている。この光景が、どこか懐かしく感じて。
「なぁくん? 大丈夫ですか?」
ふと、あかねさんの声に僕は我に返った。
水滴が頬を伝うのを自覚して、それをすぐに手で拭った。
「あ、ごめん。なんか久しぶりだから。こうやって誰かとご飯を食べるのが」
「なぁくん」
「いや、ほんとに気にしなくていいから! 早く食べよう、せっかく作ってくれた料理が冷めちゃうし!」
「なぁくん、聞いてください」
真剣な眼差しに、僕は思わず黙ってしまう。
あかねさんは腰を上げて、僕の方へ回ってきた。
雲のように白い長髪。微かに残るシャンプーの香り。作り物のように輝く茶色い瞳。
それらを改めて、間近で確認した。
そして、あかねさんは細く白い腕を僕の頬へと伸ばした。
「なぁくん、誤魔化す必要は無いですよ。なぁくんの家の事情はなぁくんのお父様から聞いています。お父様やお母様も辛い思いをしていると聞きました。でも、一番辛かったのはなぁくんですよね」
「っ……」
「今は私がいます。毎日料理を作りに来て、毎日一緒にご飯を食べます。私には甘えてもいいんですよ、未来の妻ですから」
「……ありがと」
最後の言葉を否定することも忘れ、僕は再び涙を零していた。
頬に感じる手の感触に心が自然と落ち着いた。
「冷めちゃいましたね。温め直しましょうか?」
「いや、大丈夫かな。冷めてもあかねさんの料理は美味しいしね」
深呼吸して、心を再度落ち着かせる。
席に戻ったあかねさんの提案に、僕は首を横に振った。
あかねさんの料理が美味しいということは今日の昼食で知っている。
でもここまで料理のバリエーションが豊富だとは知らなかった。
「美味しいっ! やっぱりあかねさんは料理上手だね」
「ありがとうございます。なぁくんに相応しい妻になるべく、努力を重ねた結果ですね」
「そのさ、あかねさんは……」
先程から、ナチュラルに会話に混ざりこんでいる『妻』という言葉に、僕は疑問を抑えることができなかった。
「僕のこと、好きなの……?」
怪訝な表情で、あかねさんが小首を傾げた。
(やばい、質問を間違えた。女神様に何言ってんだ僕はっ!)
苦笑いで取り繕いつつ、話題を逸らそうと僕が口を開こうとした時、あかねさんがからかうような笑みを浮かべた。
「何言ってるんですか? 私は心の底からなぁくんを愛していますよ、ふふ」
「っ……う、嬉しいよ」
僕は頬が熱くなっているのを自覚した。
おそらくここまでストレートに言われて、照れてしまっているのだろう。
無意識にニヤついてしまっている口元を隠しながら、僕は冷たいお茶を乾いた喉へ一気に流し込んだ。
あかねさんはそんな僕にお構いなく、さらに言葉を続けた。
「料理を学んだのだって、なぁくんのため。家事やその他諸々、なぁくんにふさわしい妻になるため、邁進してきました」
「そ、そっか。ありが――」
「なぁくんと同じ高校に入り、なぁくんとの距離を縮めようと努力してきたのに……なぁくんたら浮気をしていて……」
「あ、あれは趣味というか! 別にあの子たちに恋愛感情があるわけでもないし!」
確かにアニメグッズは好きで集めていたが、決して恋愛感情を持っていた訳では無い。それでも手放すのは惜しい。だが、僕は売ることを決めた。
それに何故かは分からないが、女神様が僕のために色々と尽くしてくれていたのは事実っぽいし、そんな人が不快に感じることは極力避けたい。
――ふと、思った。
「僕のことを愛してくれてる理由って、もしかして十年前の約束が関係してたりする?」
「ふふ、それはなぁくんが思い出してくれるまで内緒です」
そう言って、あかねさんは料理を小さな口へと運ぶ。
まだまだ、あかねさんの正体を知るのは難しそうだ。