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第1話『それもまた個性』

「どうしてしまったんだ……」


 暗い部屋の中、ベッドの上で仰向けになり、僕は枕にそう投げかけた。

 一階では女神様が僕のために料理を作ってくれている。女神様というのは学校内でその美しさ故につけられたあだ名で、女神様の本名は栞田あかねだ。

 いつも寡黙で、正直僕も異性として気になっている部分が少なからずあった。


 そんな女神様が……僕の家で、僕のために、料理を作ってくれているのだ。

 ああ、確かに嬉しい。嬉しいけども、今は困惑が勝っている状態で、枕に独り言を投げかける始末だ。


 おそらく今日から栞田さんは夜、僕の家に通うようになるだろう。

 家政婦という名目で……。

 でも、当の本人の意見は違うらしく、家政婦の仕事というよりも約束がどうのこうの言っている。その約束というのが本当のことかさえ分からないが。


 そんな考えに頭を悩ませていると、こんこんと扉が鳴った。

 栞田さんだ。


「あ、今行き――」

「ここがなぁくんの部屋ですね」

「え、ちょっ! 勝手に入ってくるのはまずいって!」


 僕が扉を開ける手前、あかねさんは勝手に扉を開けて、僕の部屋に侵入を始めた。

 そして暗い部屋を見兼ねてか、あかねさんは僕の部屋の電気をつけた。


 いくら家政婦とはいえ、異性に、あまつさえクラスメイトに見せていい部屋では断じてない。壁一面にはアニメのポスター、本棚には溢れかえるほどのラノベや漫画の数々。そして極めつけは棚に所狭しと置かれた女の子のフィギュア。

 そう、言わずもがなだが、僕は典型的なオタクなのだ。


 一概には言えないが、なんで僕に彼女ができないのか、なんとなく察してほしいところだ。


「…………」

「えっと、僕オタクなんだよね、はは。だからあんまり見られてほしくないというか、できれば僕の部屋から出て行ってほしいかなって……?」


 ちらっと、僕の部屋を見てから俯き、一言も言葉を発しないあかねさんに目を向ける。


「浮気、ですか?」

「う、浮気? ごめん、あかねさんが何言ってるのか分からな――」

「こんなに胸の大きな女の子ばかりに囲まれて幸せですか?」

「何言って――」


 顔を上げたあかねさんの表情は別段、怒っている様子はなかった。

 だが、声が怒っている。声音から感情が読み取れるほど、あかねさんは怒っている。


(……自分の胸がコンプレックスなのだろうか?)


 お世辞にもあかねさんの胸が大きいとは言えない。だが、それもまた個性だと僕は思う。

 男の僕が言ってセクハラにならないか心配だが、ここは励まして機嫌を取っておこう……。


「女の子に胸の大きさなんて関係ないというかさ、あかねさんは胸なんてなくても、女の子としての魅力は十分あると思うよ? だからそんなに気に病むことは……」

「言い訳は無用です。なぁくんに悪影響を及ぼすものは、この私が全て消してあげますから」


 さっきまでの殺気や怒気は一気に消え去り、あかねさんは満面の笑みを浮かべた。

 いつも無表情なあかねさんのこんな表情を見れる僕は、役得なんじゃなかろうか。

 思わず思考を停止させてしまった。


 ふと、我に返り、あかねさんに訊き返す。


「ごめん、今消すって言った……?」

「来週に学校近くの公園でフリーマーケットがあるそうです。今週までは出店の申し込みを受け付けているみたいなので、明日私が申請してきますね」

「え、僕のフィギュアたちを売る気なの!?」


 確かに以前、叔母さんに言われたことがある。

「そんなんじゃいつまで経っても彼女ができないよ」と……。

 やはり手放すべきなのだろうか。でもよりにもよってフリーマーケットで売られるのはなんだか悲しい。


「はぁ、わかった……」

「素直ななぁくんは大好きですよ。私も夫の物を勝手に捨てる妻にはなりたくありません。ですが、これは浮気です。浮気を許す妻はいないですよね」

「うん……?」


 正しいことを言っているようで、よく聞いてみればズレているような。

 あかねさんが何を言ってるのかさっぱり分からないけど、グッズは売ることにする。別にあかねさんに言われたからではない。ただ、いい機会かな、と思う。

 僕が小さい頃からコツコツ貯めていたお年玉を一気に使って買ったアニメグッズの数々。


「申し込みや出店に関しては、私から叔母様に伝えておきますね」

「じゃあ僕は来週までにフィギュアとかを箱に戻しておくよ」

「ふふ、お願いしますね、なぁくん」


 部屋を出ようとするあかねさんが、振り返って忘れていたかのように言葉を付け足した。


「なぁくん、ご飯できていますよ。一緒に食べましょう」

「あ、ありがとう」

「お礼なんて。家事は私にできる唯一の仕事ですから」


 あかねさんの言葉に違和感を覚えつつも、その違和感の正体を掴めないまま。

 僕はあかねさんと共に一階のリビングへと向かった。

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