幕間2『メイド服は至高なり』
午前十時過ぎ。
フリーマーケットが始まり、早くも一時間が経過しようとしていた。体感ではそんなに長くなかった。時計を見てから一時間経ったということに気付いたくらいだ。
売れ行きは絶好調、といっていいかは分からないが、思いの外売れている。売れてしまっている、という方が、僕的には正しいのだが。
今の時点でフィギュア二個、携帯ストラップ五個。計五千円弱。
思い入れはあるものの、推しキャラじゃないことに内心ホッとしてしまっている。
「栞田遅いな」
「そうだね。あと一時間待っても来なかったら、こっちから連絡してみようか」
「一時間待つことに驚きだわ」
僕の提案に、康太郎が苦笑いしつつ答える。
別段、忙しいというわけでもない。急かす必要はないだろう。それにわざわざ来てくれると言ってるのは栞田さんの方だ。来れなくなったとしても責める権利など僕にはない。
「にしてもすごい人の数だな。毎回こんな感じなのか?」
ふと、後ろに座る康太郎がそう呟いた。
「ここのフリーマーケットは年に一回らしいからね。それに規模も見て分かる通り、かなり大きいし」
「一つの大きな祭りみたいなもんか」
家族で来ている人もいれば、カップルもいる。正直フリーマーケットって近所のおじいちゃんおばあちゃんだけが集まるのをイメージしていたが、そうでもなかったようだ。
まぁ事実、僕は今回がフリーマーケット初参加のフリマ初心者だ。そんな偏見を持っているのは僕だけじゃないはずだ。
「あ、これこの前CMで見た気がする。確か、アニメ化決定〜的な感じで」
「そうそう! 元々はネット小説が原作なんだけどね」
携帯ストラップの一つを手に取り、康太郎が言う。来期にアニメ化が決まった作品のヒロインが決めポーズをするストラップだ。
この間、秋葉原に行った時、ガチャガチャを引いて当てたものだ。
ちなみに康太郎はアニメなどは一切見ない。漫画はたまに見ているというが、ラノベは全くらしい。
そんな雑談を交わしていると、一人のお客さんが来た。どうやら女の子のようだ。
お世辞にもオシャレとは言えない無地のTシャツ。右目は前髪に隠れて見えない。下からうっすらと見える素顔に、僕は息を呑んだ。
(か、可愛い……)
身長は女性の中でも小柄な方、とはいえ、出るところは出ているという完璧なプロポーション。僕は生まれて初めて見た……『ロリ巨乳』を。
もしかすると、レムりんのコスプレとか似合うんではなかろうか。メイド服を着せたい。
なんて邪な観察をしていると、少女が顔を赤らめながら、恥ずかしそうに声をかけてきた。
僕はふと我に返り、少女がお客さんだと再認識した。
「こ、これとこれください……」
「あ、はい! ありがとうございます! 合計で八百円になります!」
「は、はい……」
財布から千円札を出した。
おつりの二百円と一緒に、商品を渡す。なんか自分のお店を持ったみたいで、何度やってもこの瞬間は楽しい。
「あ、ありがとうございました……」
根暗な感じはしたけど、根はいい子そうだ。見た目は中学生くらいだろうか。
そそくさと、少女は僕の前をあとにする。もしかしてメイド服を着せる妄想をしていたことがバレたのだろうか。
まぁもう会うことなんてないだろうからね。内心で謝っておく。
メイド服着せてごめんなさい、と。
「あいつって隣のクラスの図書委員じゃなかったか? 確か二組の」
「え? 誰のこと?」
「さっきの女の子だ」
「…………嘘、でしょ」
「逆に気付いていないことに驚きだわ」
隣のクラスなんて、友達のいない僕からすれば接点なんてないに等しい。
四組は体育の授業になれば一緒になるが、二組は違う。というか、あんな女の子学校で見たことない。ましてや、あんな完璧なスタイルの少女を僕が見落とすわけが……。
「おい夏斗。なんとなくお前の考えてること分かる気がするわ」
「メタいことは言わないでね」
「いつからそんな変態キャラにシフトチェンジしたんだ? 栞田さんにバレたら殺されるぞ」
「あーあ言っちゃったよ。別に変態キャラになったつもりなんてないんだけど」
「思いっきり変態の思考だっただろうが」
「メイド服を着せるだけの妄想のどこが変態なのさ!」
思わず、僕は大きな声で反論してしまった。
康太郎が僕の後ろを見て、苦笑いを浮かべている。なんとなく嫌な予感がする。
冷や汗が頬を伝うのを感じながら、僕はゆっくりと後ろを振り返った。
そして嫌な予感は的中した。そこにいたのは。
「や、やぁ。あかねさん……それと千聖……。遅かったね、はは……」
「うわー、今の発言を誤魔化そうとしてるなんて、なつっちやばみだね」
あかねさんの後ろに隠れながら、千聖が僕に冷ややかな視線を送る。
そしてあかねさんもまた、僕に冷たい視線を送る。思わず、凍りつきそうになった。
「それで? 誰にメイド服を着せてたんですか?」
「いや! あくまで妄想だから!」
「妄想だからいいって考えてる時点で、なつっちやばみ」
「そうだな、なつっちやばみだな」
「康太郎まで!?」
アウェー感が否めないこの状況。康太郎が僕を変態キャラと呼ばなければ始まらなかったこの空気。
康太郎にはあとでクレープを奢ってもらうとする。
「嫌だ」
「だから思考読むのやめろって!」