第16話『花火大会の話題』
「どうですか、なぁくん」
「ん、すごく美味しいです!」
野菜を一口食べると、あかねさんがすぐに感想を聞いてきた。
出汁の味がしっかりと染み込んでいて、すごく美味しい。他の具材も口に入れた。言わずもがなだが、美味しい。
「なにあんた。栞田さんに『なぁくん』とか呼ばれてんの? キモイんですけど」
俺の右隣に座る十花が、ジト目でそんなことを言ってきた。
声のボリュームを下げているせいか、千聖も十花の発言に気付いてない。
「不本意ながらね……」
「ふん、満更でもなさそ」
「うっ」
確かに呼ばれ方に関しては不本意だが、『なぁくん』と呼ばれることに関して正直嬉しい。
図星をつかれ、僕は押し黙る。
「そういえばなつっち、今年の花火大会行くの?」
「あー、どうだろ。康太郎に聞いたら今年は千聖と行くって言ったんだよね。さすがに一人では行かないかな」
「え、ちさ、康太郎からそんなこと聞いてないんだけど! 康太郎から誘われちゃうのかな! 浴衣準備しないとっ!」
話題が花火大会の話へと変わる。
今年の花火大会は夏休みの終盤にある。夏休みを締めくくる大きなリア充イベントだ。
去年は康太郎と一緒に見に行ったんだけど、今年はそうは行かないらしい。
「夏斗、康太郎からその話いつ聞いたの?」
「うーん、ついこの間?」
「あいつ! ……約束が違う!」
僕の返答を聞いた十花の機嫌が、少し悪くなってしまった。
「もしかして、この間食堂で話してた約束のこと? 約束の内容までは知らないけど」
「そうよ。毎年花火大会は一日しか開催しないのは知ってるでしょ。私は毎年お姉ちゃんと行ってるの。アホアホ夏斗でもここまで言えばわかるでしょ」
「そういう連続させるの好きだよね、十花ちゃん……まぁ、つまり康太郎に千聖を取られたくないと? なるほど、シスコンか」
「ちょ! アホ夏斗! 声が大きい!」
食堂で話していた約束の内容はなんとなくだけど理解した。
康太郎の浮かべていた表情にも納得がいく。
「大変そうだね。頑張って」
「多分あの男、お姉ちゃんを完全に奪う気よ……」
「あの男って康太郎のこと?」
「話の流れ的に康太郎以外誰がいるっての! ほんとバカね!」
「す、すみません……」
ずっとコソコソ話しているせいで、お皿の上に盛られた牛肉が、どんどん無くなっていく。
高そうなお肉……。
「手伝って」
しゃぶしゃぶしたお肉を口に入れようとした手前で、十花ちゃんがそんなことを言ってきた。
手を止め、十花ちゃんの方を見る。
「えっと、十花ちゃん? 僕の聞き間違いじゃなければ、手伝って、って聞こえたんだけど……」
「そう言ったの」
「いや、仮にどちらかの味方につくとしたら、普通に康太郎の方なんだけど……」
「私に逆らう気? あんたの黒歴史は今、私のスマホの中にも入ってるのよ」
「やります。やらせてください」
すまない、康太郎。友情より保身を選んでしまった。責めるなら十花を責めてくれ……。
「とりあえずお肉食べていいかな」
「素直なあなたにはご褒美として、この私があーんしてあげてもいいわよ」
「遠慮しておきます……」
あかねさんの目の前でそんなことできるはずがない。というか、いなくても後輩にあーんなんてしてもらわない。
「なぁくん、大丈夫ですか? 汗かいてるみたいですけど」
「あー、うん。鍋食べてたら体が熱くなったみたいで、はは……」
「そうですか」
怪訝な顔を浮かべるものの、納得した色を見せるあかねさん。
「夏斗、いいわね。今年の花火大会、あんたは私の味方につくの。康太郎はあんたと花火大会に行く。わかった?」
「もし無理だったら?」
「その時はその時で考えるわ」
今年ももう少しで夏休みだ。長期休暇を謳歌出来ると思っていたのに、始まる前からこんな予定を立ててしまった。