第13話『花火を見た記憶』
昨日、うちに妹が帰ってきた。実に五年ぶりの再会。
僕でさえ昨日知ったということは、もちろんあかねさんもまだ知らないと思う。
放課後。僕は今、あかねさんと一緒に下校している。
前まで一人で帰っていた。康太郎はサッカー部、千聖は家庭科部とそれぞれ部活に所属しているためだ。
でも、今はあかねさんが学校からそのまま直接僕の家に来て、家政婦をしてくれている。
「そういえばさ」
僕は話題を冬音に切り替えようと声を出した。
「どうしました?」
「僕の家に妹が来たんだよね。これからは僕と一緒に住むらしいから、あかねさんにも苦労かけるかもしれないけど」
「冬音ちゃんのことですか?」
反応からして、どうやらあかねさんは冬音のことを聞いていたらしい。
「もしかして叔母さんから聞いてた?」
「いえ。なぁくんに冬音という妹がいるのを知っているだけです」
「僕、あかねさんに冬音の話したことあったっけ?」
「十年前に聞きましたよ、ふふ」
また十年前だ。一体僕はあかねさんとどこで出会って、何を話して、なんの約束を交わしたんだ。
「あのさ、何かヒントくれないかな……僕も思い出そうと頑張ってるんだけど……」
「仕方ないですね。昨日、連絡先をなぁくんから聞いてくれたお返しですよ」
そう言うと、あかねさんは肩にかけたスクールバッグからある物を取り出した。
紺色のブックカバーで包んだ本。カバーはほんの少し色が変わっていて、かなり長い間使っていることが分かった。
「これがヒント?」
「はい。思い出しましたか?」
「うーん……正直全然分かんない」
「じゃあ特別にもう一つヒントあげます。十年前、最後に会ったのは夏祭りの日でした」
一瞬。ほんの一瞬だけ。
花火が打ち上がる光景が、僕の脳裏を過ぎった。どこか分からない窓から見た記憶。
……でも、それ以上は思い出せない。
「これ以上は教えませんよ、なぁくん。これでも大ヒントをあげたんですから」
「そうだね……でも、一つだけ思い出したことがあるよ」
僕の言葉に、あかねさんが怪訝な顔を浮かべる。
花火を見た記憶。これは確かだ。でも、どこで誰といつ見たかまでは思い出せない。
「あかねさんの言う最後に会った日、どこか分からないけど、部屋の窓から花火を見たよね……?」
「そうですよ。その時に、なぁくんの忘れてしまった約束を交わしました」
「ははは……はぁ。ごめん、あかねさん」
「私はなぁくんが思い出すまで、ずっと待ってますよ」
気付けば僕たちは家の前まで来ていた。
あかねさんから大ヒントをもらいながら、十年前の約束を思い出せなかった。
ため息をついて、僕は玄関の扉に鍵を差し込んだ。
「あれ、開いてる?」
「冬音ちゃんですかね」
「あいつ……泥棒が入ってきたらどうする気だ」
僕は扉を開けて、中へと入った。
靴を脱ぎ、リビングへ向かう。
「あれ、いない」
「お邪魔します。……本当ですね、どこに行ったんでしょうか」
律儀に挨拶をして、あかねさんも僕の後ろからリビングを覗いた。
ふと、上から笑い声が聞こえてきた。
冬音の声と、もう一つは――
僕は階段を駆け上がり、二階へと向かう。
右側の一番手前にある僕の部屋は無視して、声のする一番奥の部屋へ。
「何してるんですか、叔母さん」
「なつくん! それにあかねちゃんまで! 夫婦揃って帰宅なんて仲がいいね! グッジョブ!」
やたらテンションの高いこの人は、僕の母の妹、山岸詩織。山岸は母の旧姓だ。
歳は34。身長は150cmと小柄で、肩くらいまで伸びた茶髪を後ろで束ねている。絶賛彼氏募集中、らしい。
「何言ってんのさ、僕とあかねさんはそんなんじゃ――」
「お世話になっております、叔母様。それと、冬音ちゃん……?」
僕の言葉を遮り、僕の肩の上から顔を出すあかねさん。近すぎるせいか、いい匂いが鼻に当たる。
「あなたが家政婦さん!? すんごく可愛いね、お兄ちゃん!」
昨日の一件もあり、冬音の笑顔が信じられなくなっている。
それは本物の笑顔なのか……?
「はぁ。とりあえず僕の質問に答えてよ、叔母さん。何してるの?」
室内を見渡すと、何段もダンボールが積まれており、木製の勉強机や高級そうなベッドまで置かれている。
タンスの上にある写真立てには、昔に撮った僕と冬音のツーショット写真が入っている。
「せっかくいっぱい部屋があるのに、使わないのは勿体ないでしょ? だ、か、ら。今日からここは冬ちゃんの部屋よ」
「わーい! 私の部屋だー!」
元々僕の物置として使っていた部屋。フィギュアなどを詰めたダンボールも、全てこの部屋に置いていた。
冬音の後ろに積まれているダンボールではない。
「僕の明日売るためのダンボールは?」
「一応あの量だったら全部車に入ったわ。明日私が持っていくから。なつくんは手ぶらで来ていいよ」
「あ、ほんとですか。ありがとうございます」
そういえば、フリーマーケットは明日だったな。頑張って集めたグッズともお別れだ。
「冬ちゃんの部屋が完成したら、今日はみんなで鍋パーティーだー!」
真夏だというのに、叔母さんの宣言で今日の夕食は鍋に決まった。
とはいえ、こんな大勢で夕食は久しぶりだ。
「じゃあ私、今のうちに鍋の材料の買い出し行ってきますね」
「ありがと、あかねちゃん! じゃあ買い出しお願いしちゃおうかな!」
「あ、僕もあかねさんと行ってくるね」
鍋パーティーに備えて、あかねさんと買い出しに行くことになった。
さすがに鍋を作るとなると、材料もそれなりに買い揃えないといけない。
帰りの荷物持ちとして、僕もあかねさんに付いていくことにした。