第12話『五年ぶりの再会』
あかねさんとの映画鑑賞を終え、僕が家に帰宅したのは午後八時半だった。
一向にお腹の調子が優れないまま、最寄りの駅から頑張って歩いて帰ってきた。
「ただいま〜」
帰ってくることのない返事。僕は靴を脱いで、廊下の電気をつけた。
リビングが明るい。もしかして電気付けっぱなしで家を出たのかもしれない。
やってしまった。時間で言えば3時間くらいだけど、普段から節電を心掛けている僕としては大きな失敗だ。
自室に行く前に、僕は電気を消そうとリビングに入った。
「おかえり! お兄ちゃん!」
「…………いやっ! なんで冬音が日本にいるんだ! 父さんたちとあっちで暮らしてるはずでしょ!?」
リビングのソファーで、僕に「おかえり」と返したのは正真正銘僕の実妹である冬音。
冬音は父さんたちと海外に住んでいる。今日帰ってくるなんて連絡、父さんからも叔母さんからも来ていない。五年ぶりの再会に、嬉しいよりも困惑が勝ってしまっている状況だ。もちろん嬉しさもあるけど。
「父さんに電話してくるから、ちょっと待ってて」
「うん! わかったー!」
ソファーに仰向けで寝そべっている冬音が、猫耳のついたフードを被り、あざとく笑みを浮かべて答えた。
「もしもし?」
廊下に出ると、僕はすぐに父さんに電話をかけた。
『おぉ、久しぶりだな、夏斗』
繋がると、陽気な声が聞こえてきた。
久しぶりに聞く、父さんの声だ。
「父さんには聞きたいことが山ほどあるけど、まず冬音のことから聞かせて」
『来年で冬音も高校一年生だろ? 冬音はお前のいる高校に通いたいそうだ。受験とかもあるだろ? だから一先ず、冬音はそっちに返すことにした』
「いやいや! そんなこと今初めて知ったんだけど!」
『なんたって、サプライズだからな』
まただ。家政婦の時も、父さんは同じことを言った。
別に妹が突然帰ってきたからといって、僕が損することなんて一つもない。
どちらかと言えば、家族が一人帰ってきたんだから嬉しい。
「はぁ……叔母さんは知ってるんだよね……?」
『おう、詩織さんには伝えてある』
詩織さんというのは僕の叔母さんだ。
『そろそろ切っていいか? まだやらないといけない仕事が残っていてな』
「う、うん。わかった」
僕が中学一年生の時に、父さんと母さんは海外に行った。小学生の妹は両親に付いて行ったが、僕は日本にいることを選んだ。
一見、子供より仕事を優先しているようにも見える父だが、昔から僕たちのことを最優先に考えていた。
だから突然冬音が帰ってきたことに驚いた。
僕の通っている高校を志望するなんて、どういう風の吹き回しなのか。
冬音を見ても、どういう心境か全く分からない。
五年ぶりの再会がこうだと、なんて声を掛ければいいか。……難しい。
父さんとの通話を終え、僕はリビングに戻った。
ツヤツヤの黒髪ショート。前髪の左右には結晶の形をした水色のヘアピンがついている。
「本当にいいのか? 日本に帰ってきても」
「私は全然いいかなー。お兄ちゃんとも会いたかったし!」
「あっちにも仲良い友達はいるだろ?」
「いないよ?」
嘘をついているようには見えない。冬音は本当に友達がいなかったのか。
でも、さすがに五年間もいたら……いや、これ以上はいいか。
どういう心境があろうと、冬音の意思で帰ってきたんだ。
とりあえず、五年ぶりに帰ってきた妹を抱きしめ、笑顔で迎えてやろうと思う。
「おいで、妹よ! 五年ぶりの再会だ!」
「え、なに。普通に引くんだけど。もしかしてお兄ちゃんシスコンになったの?」
(…………え)
変わる声音に、僕は閉じた瞼を開けた。
先程まで満面の笑みを浮かべていた冬音だったが、今はゴミを見るような冷たい視線を僕に向けてくる。
「え、反抗期……?」
「反抗期じゃなくても、今のセリフはキモいと思うよ? シスコンなの? ロリコンなの?」
「ごめん、僕が悪かったって認めるからそれ以上はやめてほしいかなって」
妹に罵られる兄の図……。
ラノベなどに出てくるブラコン妹とは似ても似つかない。五年前までは可愛かった妹も、成長してしまったというのか。
(もしや、先程の可愛い妹は演技か……?)
冬音の表情を探るも、おそらくこっちが本性だと思う。
「いちいちこっち見なくていいよ、お兄ちゃん」
冬音は視線をスマホに向けたまま、そう僕に言い放った。先程のまでの冬音は、もういない。
反論することなく、僕は小さな声で一言謝った。
「すみません……」