第11話『帰路』
時刻は午後八時。
映画を見終えた僕たちは、帰路についていた。
あかねさんと一緒に食べたとはいえ、一番大きなサイズのポップコーンは少食の僕には量が多すぎた。お腹がいっぱいで全く食欲が湧かない。
映画館があるショッピングモールの中で夕食を済ませるつもりだったけど、さすがにやめることにした。キャラメル味を選んだのがまずかったのかもしれない。
今から徒歩で帰るというのに、腹の調子がどうも優れない。
「あかねさんは大丈夫なの? 僕よりポップコーンを食べていた気がするけど」
「私は甘い物が大好きなので、全然大丈夫ですよ。それよりなぁくんに買ってもらったのに、なぁくんよりたくさん食べてしまっていましたか……」
申し訳なさそうに言うあかねさんに、僕は首を左右に振った。
「いや! 夢中になるほど美味しかったんなら、買った僕としても嬉しいし! それにあかねさんが食べてくれなかったら今頃僕のお腹はやばかったと思う、はは……」
お腹を押さえながら、僕は思わず苦笑いを浮かべた。
最初はあかねさんの気遣いもあって、割り勘ということになっていたが、男の僕が全て出さないのはダサいと思う。
恋愛に疎い僕でもそれは分かっていたので、結局ポップコーンは僕が全額払った。それに一番大きなサイズでも600円くらいだ。安い。
ちなみに飲み物は持ち込みOKだったので、事前に自動販売機で買っていた物を持ち込んだ。
ふと、隣からお腹の鳴る音がほんの僅かに聞こえた。
僕のお腹の音ではない。明らかにあかねさんから発せられた音だ。
僕に気を遣って、あかねさんは夕食を食べていない。つまりあかねさんのお腹が鳴るほどまでに空腹なのは僕のせいだ。
「ごめん……。僕のせいで、あかねさんまで夕食を」
「い、いえ。私はなぁくんと一緒にご飯を食べたいので。お気になさらずに……」
あかねさんは恥ずかしそうに顔を伏せる。滅多に見ることの出来ないあかねさんの態度に、僕まで頬が熱くなる。
ショッピングモールから駅までの道はかなり明るい。
比較的車通りは多く、通行人もこの時間だと結構いる。
「せっかくのデート、もう少し楽しみたかったですね」
「で、デート!? いや、僕はまだあかねさんの彼氏じゃないし、その……デートとは言わないんじゃ」
「そうですね。“まだ”彼氏じゃなかったですね」
「え、今なんて言っ――」
僕の言葉を遮るように、あかねさんは口元を隠して、ふふ、と小さく笑った。
車の音で上手く聞こえなかったけど、口元が動いていたので何か言っていたのには違いない。
「なんでもないですよ、なぁくん」
気付けば目的の駅に着いていた。
今日は家政婦の仕事は休みなので、あかねさんとはここでお別れだ。
「あかねさん!」
改札を抜ける手前、僕はあかねさんを呼び止めた。
「そ、その……あかねさんの連絡先とかって、僕知らないじゃん? 一応家政婦さんをしてもらってるわけだし、連絡手段は必要かなって!」
「やっとなぁくんから言ってくれましたね、ふふ」
「え、どういう?」
「別に深い意味はないですよ。でも、女の子なら誰しも、好きな男の子から連絡先を聞かれると嬉しくなるんですよ、なぁくん」
あかねさんはそう言うと、可愛いピンク色のカバンからスマホを取り出した。
「なぁくん、スマホ貸してくれますか?」
そう言うと、あかねさんは僕のスマホも同時に操作し始めた。
スマホの操作は結構手馴れた感じに見える。こういう機械類には弱い印象を持っていた……。
「できました。何かあったらいつでも連絡してくださいね、なぁくん」
あかねさんのおかげもあり、連絡先の交換はすぐに終わった。
(女神様の連絡先……)
『あかね』と書かれたプロフィール画面。綺麗な白い毛並みをした猫の写真をアイコンに使っている。
あかねさんの髪色のように白い……。
「聞いてますか? なぁくん」
「あ、ごめん。なんの話してたの?」
「なぁくん愛してますよって話をしていました」
「なっ……」
「冗談ですよ。いつでも連絡してくださいって言っただけです、ふふ。用事も済んだようなので私は帰りますね。また明日学校で」
そう言うと、改札の方へと歩いていくあかねさん。
振り返り、小さく手を振るあかねさんに、僕も手を振り返した。地下への階段に消えていくあかねさんを見送り、僕は視線をスマホの画面に向けた。
僕はすぐに『あかね』という名前を『女神様』という表記に変えた。
謎の優越感に浸りながら、ボッーとしていると、あかねさんから早速メッセージが届いた。
『なぁくん、愛してますよ』
『女神様』からの初メッセージだ。
このメッセージを見て、僕は改めて思う――なんで僕はこんなにも『女神様』に愛され”すぎているんだ“と……。
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