第10話『リア充爆発しろ! と思う時期が僕にもありました』
『僕は君を心の底から愛しているっ! どうか、この僕と結婚してくれないか!』
『えぇっ! 私もよ! あなたのことを心の底から愛しているわっ!』
僕は今、何故かあかねさんの隣に座り、大きなスクリーンに映る美男美女を無感情にボーッと眺めている。
間にポップコーンを挟み、二人で恋愛映画を見ているのだ。なんというか、ありふれたセリフの詰め合わせのような映画だ。
とはいえ、世間の評判は結構良いらしい。今だって周りを見渡せば、ほとんどの席が埋まっている。それほど話題なのだろうか。
(あまり、ときめかない……)
恋愛映画というのはときめくものではないのだろうか。今日が人生初の恋愛映画なので、正直そこら辺の感想はうまく表せない。
この人気が有名な女優さんを起用しているおかげなのかは分からない。
この映画の原作はアニメらしい。俗に言う実写化というものだ。
映画が開始して十分だけど、そろそろ眠たくなってきてしまった。
――とりあえず。
僕が何故、あかねさんと二人で映画館デートをしているのか。
睡魔に襲われる僕の頭で、事の顛末を思い出すとしよう。
きっかけは水曜日の放課後だった。
◇ ◇ ◇ ◇
「なつっちなつっち! これいらないー?」
水曜日の放課後。
僕が帰り支度をしているときに、千聖が何かの紙をひらひらと揺らしながら、僕の方へと歩いてきた。
「なにそれ」
「じゃじゃーん! 映画のペアチケット!」
「映画のペアチケットをなんで僕に? 千聖が康太郎と行ってくれば?」
「いやー! それがさー! この有効期限を見たら明日まででさー! ちさたちはホラー映画のペアチケットを使うんだけど、恋愛映画のやつが余ってて! 別にいらないならいいけど!」
どちらかと言えば欲しい。
でも、さすがに友人とはいえタダで貰うのは気が引ける。
「何か僕にして欲しいこととかない?」
「えー、いきなりどうしたの?」
「いや、さすがに無料で映画のチケットはもらえないよ」
「気にしないでいいよ、なつっち! これ、商店街のくじ引きで当たったやつだから!」
満面の笑みで、僕の眼前でチケットを揺らす千聖。
「どうぞどうぞ! ちさたちは今日行くから! あかねっちと行っておいで!」
その言葉に甘え、僕は映画のペアチケットを受け取った。
もしかして。このまま事が順調に進めば、『デート』というものができるんじゃないか……?
断じてしたいわけではないが、興味はすごくある。
その夜、僕はあかねさんにチケットのことを伝えた。
映画鑑賞に誘うと、あかねさんはすんなりOKをくれた。
もし断られていたら、僕は一人で映画館に行く羽目になっていた。
◇ ◇ ◇ ◇
場所は戻り、映画館。
「すごく面白かったですね。私もなぁくんとあんな恋愛がしたいです」
気付けば、映画は終わっていた。
後半の記憶はないけど、多分寝てはいないと思う。いくら映画で眠たくなっても、さすがに『女神様』とのデートで寝るなんて失態、演じてないはず……。
覚束無い足取りで外に出ると、あかねさんがそんなことを言った。
「いや、まず僕たち付き合ってすらいないしね」
「私は好きなんですけどね、なぁくんのこと。なぁくんは私のこと好きですか?」
「……えっと、それはー」
唐突なあかねさんの質問に、僕は目を逸らして返答を誤魔化した。
「別に大丈夫ですよ。好きではないなら、嘘をつく必要はありません。でも、いつかは私もなぁくんに愛してもらいますよ」
どこか拗ねたような表情を浮かべたあと、小さく笑うあかねさんの表情に、僕の眠気はどこへやら。
頬の熱が上がっているの自覚し、僕は両手で赤く染まる頬を隠した。
「照れてるなぁくんも好きですよ」
「や、やめて!」
「ふふ、さっきの映画を見ていると、なんだかなぁくんに意地悪したくなっちゃいました」
先程映画を見終えたシアター10を出たところの端で、僕とあかねさんは『リア充』のような会話を繰り広げる。
僕たち以外にももちろんお客さんがいる。シアター10から見終えた人達が溢れ出てくる。
「あかねさん! 見られてるよ、僕たち……」
「恥ずかしがることはないですよ、なぁくん。私は大勢の前でも、なぁくんに愛の告白できますよ」
「それは僕が恥ずかしいのでやめてください!」
あかねさんは僕の耳元に口を近付け、小さな声で呟くように言った。
『なぁくん、愛してます』
多くの視線に晒されながら、僕は羞恥のあまり、顔を隠してしゃがみこんでしまう。
あかねさんは僕のことを愛してると言ってくれる。……なのに、今の僕は感情の整理がついていない。
恋愛したことがないからこの感情が分からない――これが異性として思う、『好き』なのかどうかが。
でも、一つ言えることがあるとすれば。
僕はあかねさんの時折見せる笑顔がとても好きだ。