序-8
子供達が毒袋の中に入れられるのは、期間にしておよそ二ヶ月ほどの歳月が必要である。
そのおよそ六十日の間に、肉体に障りある食べ物しか運ばれないのだから、当然の如く、免疫能力が虚弱な対象は自然と死亡する。
子供達は突如投げ出された肉の坩堝の中、定期的に空気穴から投入される、純粋な食べ物とは云えない肉塊に対して、最初期は拒絶反応をみせつつも、日数と時間の経過と共に三大欲求かつ生存本能のひとつである食欲を満たすために、腐肉を貪るように食べるのだ。
最初は嫌悪感と共に歯列で妙に柔らかい肉を食いちぎり、咳き込んだり、涙ぐんだりするのだが、辛うじて自身の肉体が確認できる程度の暗がりの中、正常な判断を失って――否、本能的な欲求に従って、上空から降ってくる由来不明の肉を食べることに葛藤も迷いもなくなっていく。
固形物はナニかの肉で、流動物はダレかの血液……。
誰から教えられたというわけではないが、子供たちは自然とそう悟り、毒袋の中で食人鬼の仲間入りしたことを理解する。
そのうち、投げ捨てられるように打ち捨てられる忌々しい天の恵みが、同類と同胞である人間から離れて、悪鬼羅刹の頭部に角を生やした小鬼や、餓鬼道に墜ちたと思わしき、飢餓により腹部を膨らませた亡者共の亡骸が食事の対象へと変更されていく。
最早そうなる頃には、子供達は何を食べようが、どれを胃に満たそうが疑問を抱くことなく、徐々に徐々に段階的に病に対する免疫力を向上させていくのだが、人外のものへと食事対象が変わる頃合いが過渡期である。
過渡期といっても、新しい変化が子供達にもたらされるというわけではなく、それは大きな津波のような流れに飲まれ、死の淵に墜ちることを意味しているのである。
要は……原始的な野生動物の生爪や毒牙ともいえる歯牙に襲われ抗生物質を投与する甲斐もなく死亡するように、人外魔境、乱世の時節において跳梁跋扈していた魔物共の肉を……人間が持ち得ない未知の物質に肉体が蝕まれ、生存のふるいに掛けられることを意味していた。
人外たる魔獣や魔物の肉が投与されてから半刻後、毒袋に入れられた子供達の大半は三日三晩暗所の中で、独り『蟲毒』にもがき苦しんだ挙げ句に、死体となって肉壁の中から排出され、猛毒を半ば有した死体は他の肉袋の中に分配される。
その生死分け目の分水嶺から生き残った人数が、二、三名生存し存在していれば、毒薬研究所の今代は豊作というわけであった。