高田馬場-17
毒薬研が胸元に忍ばせた文の存在を意識しながら、突如現れた刺客の存在を見る。
相対者の突如の出現に目を丸く、半ば目を見開いた後、眇めるように細めた毒薬研であるが、彼はどうしてもその存在を見る。見てしまう。眺めてしまう。凝視してしまう。
何故ならその理由は単純明快……端的な話、顔見知りどころの話ではない、知り合いであったのだ。しかも知り合いなどと云うよそよそしいものではなく、知人を超えた旧知であり、旅先の護衛人として、悪良丸に接触を図った途端、憚れたように出現されれば自然と斯様な反応になってしまうだろう。
「剣客人」
毒薬研は、刺客として現れた人物の名を云う。
そのあざなを聞いた途端、悪良丸は瞬間的に毒薬研を意識を向けるのであった。
「なるほど、客人か」悪良丸は云う。「然すれば、試し斬りしか行わない東侍であるが、刺客ではなく剣客であるのも納得の話だ」
「左様でござる。名に掛けたちょっとした言葉遊びでありまするが、剣客として少しも手を抜くつもりはござらんよ」
剣呑な口調で、剣は云う。
傍目に銀色の刀剣をちらつかせるように、煌めかせながら……。その真剣な口調、表情、態度全てが合わさって、全くの冗談や狂言でないことが分かる。彼は、本気だ。
「剣、少し待て」
そう牽制するのは、毒薬研である。彼は横長椅子から立ち上がると同時に、胸元に後生大事にしまっていた最上御上からの文を取り出しながら、「待った」をかけるのだ。
「悪良丸に事前説明を前以て行っていないのは大変悪いところだが、そいつには小生にとって用がござんす。そいつを殺されては堪ったもんじゃねえ。だから闘争の矛先を――殺気の剣先を収めてくれると幸いだ」
「私に……用があるだと?」
悪良丸は対峙敵対した剣を目の前に、振り向かず云う。自身の有り余った悪癖ではなく、怪力剛力、強力無比たる実力を発揮できる相当な腕前を相手を目前に……瞬きの瞬間的な暗闇ならまだしも視線を逸らすなどの愚行を犯すことはできなかったのだろう。
彼は興奮している。
暗殺陣悪良丸は、『首狂い』や『解釈人』としての性癖発露、本領発揮する以外に、剣法道場では決して満足し得ない、荒ぶる昂ぶりを感じ取り、明瞭に自覚しつつあったのだ。
簡潔に述べれば、戦いたい。
それは不殺正義を元にした戦闘ではなく、必殺残虐な死闘である。
死闘とは是即ち、命を凌ぎ、互いの生命を削り合った畢竟尋常ならざる殺し合い。どちらか片方の命が尽きるまで、終わることのない異常の範疇に憚り罷り通る、命を賭したものなのだ。