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業物漂流異譚  作者: 有智ユウ
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序-3

平和泰平を築き上げた徳川の江戸時代の時分、悪い意味で全国津々浦々に悪名とまでいかずとも悪評漂う四つの家系であるが、戦国乱世の語り部とも云える隠居した老人が毒薬研、暗殺陣、剣の三つの家柄を纏め上げる逆右の長であった。


肉体の状態に変異と異変と、変調と変化を来す前に老人の直系である息子に頭の代を譲って以来、十数年ほど長い間隠居していた老獪なご老体は、彼が一人部屋にしては広すぎる畳部屋で丸窓の障子から密かに見える秋の広葉が認められる紅葉の橙なる鮮やかな色合いと、直に冬の季節になれば落陽と共に葉陰の陰影すら見られなくなる、一抹の寂しさが感じられる時のを味わいながら過ごしていた。


武家屋敷でないにも関わらず、毒薬・斬首・試し切りの三つの家系を束ねる統領として、必用最低限の備えと警戒があるのか、防犯用の鶯板張りの廊下を進む者がいた。その廊下は屋敷の女中の手によって、ぴかぴかに磨かれ古さの感じられないものであるが、新品というわけではない。綺麗ではあるものの、年季と共に感じられる一種の年月がそこにあった。


ただ歩む度に軋むような音が鳴り響くのは、侵入者のことを考えての配慮であり、真夜中に不審者の存在が認められれば、屋敷の最奥の臥所で床に伏している病床の老人は、枕元の無名の日本刀を手にとり、ただで殺されては堪るものかと、病身と年相応の衰弱した年齢でありながらも、全力の抵抗を行うことであろう。


呼び鈴が如き木面の板張りを歩むのは、毒薬研の者であった。毒薬研究所という字面に相応しく、少々小型の四角い薬箱を片手に廊下を進んでいくのだが、どれだけ足音を忍ばせても、鶯の音色は鳴り響く。若々しい毒薬研の薬師は廊下の往来は数えるのも馬鹿らしいほど、語り部の老人の部屋に行き通い往来しいているというのに、これまで一度も板張りの音を成らさずに病人の部屋にまで到達したことがない。


「診察に参りました。いやぁ、今日も絶好の秋日和で紅葉狩りの精が出ますね。夜間は少々冷えるのは難儀ですが、冬を目の前にしているのに、昼間だと実に春のようにぽかぽかと暖かい」


男は――毒薬研である若い男性は、本来の口調……京弁を隠しながら、勝手したる他人の家ともで云わんばかりに、どこか慣れ慣れしく……だがしかし、柔和な態度が手伝ってが不躾さの感じられない親しみのある態度で襖を静かに開いて、三つ指をついて丁寧丁重にお辞儀をしたあと、季節の挨拶をする。


季節の挨拶とはいっても、毎週定期的に診察に来る薬師の挨拶は、本来ならば手短に済ませば良いのにどこか回り諄いところがあった。

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