序-11
「死亡宣告……そういったものは、人にもよるんじゃないですかね。例えば明日死ぬと云われた人間が、混乱の最中、余命を無視して
その日に自殺するなんてことが、たまにはありますし……」
毒薬研の意見は、医師として……忌まわしい薬師として業務をこなす中、出会った極端な実例なのか分からないが、どこか嘆息混じりの言葉を漏らす。
「ハハ、明日死ぬか」語り部の老人は乾いた笑い声を出す。「もしも儂が明日死ぬのなら、五日後に死ぬ猛毒の処方を願いたい」
「悪足掻きですぜ、それは。いや……実際、そういったやり口やり方手法ならば、小生は面白がってやるかもしれませんがねぇ」
「夢野久作か。フン……お前の場合は明日どころか、半日で死ぬ薬を何食わぬ顔で出しそうで恐ろしいわ。いや、それどころか以前出された薬が即死性のもので、己が死んでいるのか生きているのか分からん亡霊となっているかもしれないと、あり得なくはないが、ありもしない想像をしてしまう。」
老人は、上半身を起こすのも億劫になったのだろうか……せき込むことによって半ば浮き上がった肉体を、ゆっくりと柔らかい羽毛布団に背中を預けながら、天井を見上げる。老人の眼前にあるのは何てことはない。経年劣化によって生じた幾つかの染みのある、年相応に古ぼけた木片だった。
「……この歳になるとな、昔のことを鮮明に思い返すようになって、どうにも堪らん。自分の体が思い通りに動かないことも手伝ってか、心残りばかりが胸中を飛来する」
「遺言ですかな? それならば、現逆右の当主であるあなた様の息子に仰いな。小生に云われてもただの伝言にしかなりゃしませんよ」
「息子には儂の全てを伝えてあるわ。それに……今からお前にこの老いぼれが云うのは、本当のところ、遺言や遺恨かもしれん」
「……。聞きましょう」
毒薬研は老人の体に冷たくなりつつある風が障るといけないと思い、丸障子を音を立てずに閉めた。それから足音もなく、すす……と横たわる老人の傍に正座をして待機する。その静かな動作を、語り部の老人は少し黄ばんだ目で眺めていた。
「伝言と云うのはな……」
毒薬研が近くに座ってから、ややあって老いぼれは語り出す。しばしの間があったのは、頭の中で話の道筋に整頓を付けていたからであろう。
「……伝言と云うのはな、お前が毒薬研究所になる前の当主……要は貴様の先代が、自死した時のことだ」
「自死……」
毒薬研にとって、自死はおろか先代の話など初めて耳にする話題であった。現当主である毒薬研は幼少の頃、先代について多少の興味はあったものの、それほど強い興味と好奇心を抱いていたわけではない。どこか勝手に寿命で死んだのだと思っていたのだ。