序-10
……こうして逆右の秘蔵の術によって作られ生き延びた今代の毒薬研であるが、彼は毒袋の中で獰悪獰猛の環境の中で生存するにあたって、全く五体満足、一切の障り無しの肉体を持っているわけではなかった。
例えば、肩から手の甲にまで至る派手な入れ墨は、皮膚病による惨たらしい痕跡を誤魔化すために刺されたものであり、風通しが良さそうな着物の下にあるのは襦袢ではなく、ぴっちりとした素材をした全身を包み込む黒衣装だった。密着性の高い黒い肌着は、汗を無闇矢鱈に周囲に飛散させないことを目的としており、冬場は問題ないが、夏場の気温に限って言及するならば、その上着は風通しが良いものであっても、下の衣類が空気性が劣悪なこともあり、毒薬研は毎年人よりも暑苦しい思いをしていたのは云うまでもなかろう。
しかし……毒薬研のこの装いは、とある過去の苦くも甘い過去の思い出によって自ずと暑苦しい格好をしているだけであって、そこまで自身の体液に気を回す必要はなかった。彼の体液にはある特異性はあるものの、歴代の毒薬研の中では並み以下の毒性だ。とはいっても、歴代に比べればの話であり猛毒であることには変わりないことは忘れてはいけない。量を誤れば、人にはかなりの有害物質なのだ。
枯葉共同で風呂に入れるし、腐肉を食した際は例外になるが通常の食べ物を消化したものならば、普通の人間と同じく排出し、畑などの肥料に還元することが可能である。
――さて、随分前置きと紹介が長くなったが、毒薬研は隠居になった逆右の顔を見ながら、頬を掻き、しばし沈黙していた空気を破り始める。
「日にちの感覚が分からないですか……そんならいっそ、どうです……庭に紅葉色鮮やかな木が一本立っているでしょう。あの葉の数を数えて、日を数えるなんてものは如何でごんしょう」
「まるで、死を直前にした老いぼれのようで不吉だ。いや――実際、真実はそうなんだろうよ」
丸窓を開いて、秋の空気を老人横たわる部屋に流し入れながら、冗談めいた口調で述べる毒薬研。語り部の老人は、自身の死期を悟りそして認めたような口調で己を皮肉った後、やけに湿っぽいしわぶきを数度繰り返した。
「長くはない、ですか……薬師として、こう云った発言は憚られるものなのでしょうが、確かにあなた様の命は、そう長くない。短くて二月……冬の最中か、長くて師走か新年を迎える時節が頃合いだとお思いくださいな」
「随分ハッキリ物を云う。しかし、無駄に気を回して、或いは悪意を剥き出しにして真実をひた隠しにされるより、良いのだろう」