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誤算

「――いやあ、食った食った、もう食えねえ!」


 げふう、と腹を叩きながらオレは右手にビールを持つ。向かい合った席ではミッちゃんがナイフとフォークを使い、上品にムニエルを切り分けている。串カツのカスがそこら中にこぼれているオレのテーブル前とは、えらい違いだ。


「もう少し、奇麗に食べてくださいよ。スミスさん」


 形の良い眉をほんの少し上げ、じろりとこちらを睨みながら文句を言ってくる。


「いいんだよ、ミッちゃん。ここは、お城じゃあなくて大衆食堂よ! マナーなんて誰も気にしちゃいない。美味しく、豪快に食えばそれが正解!」


 オレはそう返しつつ、泡立つビールをのどに流し込む。う~ん、のどごし爽やか! なかなか旨いじゃあねえか! ゾンビになってもこれが堪能できるとは、思っていなかった。うれしい誤算だ。




 ここは、城下町の一角に佇む宿屋兼飯屋『バウ』。あのあとミッシェルがしばらくの拠点にと、オレをここに連れてきた。1階部分は大衆食堂として、日中、営業しており、夜はほとんど酒場になる。


 といっても、オレみたいにま真っ昼間から酒を飲んでいる奴もそこそこいる。店内は、酔っ払いのダミ声の注文オーダーと、それに負けず劣らずの威勢で次々と料理を運ぶ店員とで活気づいている。


「いやあ、しかし、よくこんないい宿屋知ってたな。ミッちゃん。もしかして、この辺りの出身なのか?」


「いいえ、僕の家はもっと町の中心部にありました」


「へえ~、じゃあ何でここを選んだんだ。値段が安いからか?」


「それもありますけど…。僕たちが拠点とするには、寂れた所よりいろいろな人が集まるこういう宿のほうがいいかと思って。今のところ、スミスさんのことも、特に不審には思われていないようですし」


 ひとえに城下町の一角と言っても、城より断然外の森に近い、いわゆる街外れという場所である。そのため、城近くにあった、日本の超一流ホテルのような高級宿と違い、旅人、商人、冒険者など多種多様な者が利用している。リーズナブルさが売りの安宿だ。


―なるほど! ここなら、怪しいゴーグルをしてて、だいぶ、いや、めちゃくちゃ、顔色の悪いオレでも怪しまれない!…なんだが、逆に不安になる宿屋だな~~。変な人泊まってたらやだなあ~。


「そ・ん・な・こ・と・よ・り・も。一体いつになったら、神殿に行くんですか? もう、ここに来てから三日目ですよ!」


「まだ、三日じゃん。ちゃんと、ゆっくり英気を養っておかないと――」


 追加のビールを店員のお姉さんから受け取る。看板娘かな? なかなかGOODいい。赤毛のポニーテールとお尻を、可愛く左右にフリフリする後ろ姿を鑑賞する。


 まったく真剣に取り合わないオレに痺れを切らしたらしく、ミッシェルがバンバン机を叩く。お、そういえば。こういう、シンバル持った猿の人形オレ持ってたなぁ。


「ぐっすり寝て、食べて、もう髪も肌もツヤツヤです。十分英気は養われました! 午後は神殿です。今日はビール、もうダメです!」


 そう言って、オレの手からビールを奪いに来る。これで最後にするから! ヤメテ!

……ミッちゃん、おこ? おこなの???


「いや、オレ、まだ髪も皮膚もカッサカサしてるんですけど…」


「僕の髪と肌のことです! ゾンビは黙っててください! だいたい、なんで死体が飲み食いするんですか? 栄養なんてとっても無駄! 資源の無駄遣い!!」


「ドイヒーっ!!!!」


 そんなのオレにも分からねぇ。だがしかし。何故か、オレは人と同じように腹が減り食事をする。別に、「人間が喰いってぇーーーーー!!!!」という欲求はまったく無い。(現時点では)人肉よりも牛肉ステーキが食いたい。レアよりほどよくミディアムが好みだ。


 しかも、人間と違い()()()()()()。食うだけ食って面倒な排泄がないので、人間時代より楽ちんである。


 せっかく食費が一人分浮くと思っていたのに…。と呟いているミッちゃんにとっては、嬉しくない誤算であったようだ。


 オレとしても、ミッちゃんがこんなに口うるさいとは誤算である。お前オレの母ちゃんかよ!? と突っ込みたいところである。


 あと、ミッちゃんに関する誤算は、まだあって――。


「キミ、すごく可愛いね。どこから来たの? こっちに美味しいお菓子ばなながあるから、おじさんの席に少し来ない?」


 そう言って、ブヒブヒ声をあげながら分かりやす~いロリコンが声をかけてくる。お菓子ばななって何だよ! そういえば、遠足でバナナはお菓子に含まれるんだったか? とにかく、今時こんなので釣れる娘がいるのだろうか。あー、何にせよご愁傷様だ…。


「ご遠慮します」


 ですよねー! そう素っ気なく、見るのも嫌そうに一刀両断する。親父ブタはしつこく、食い下がる。おおっと、危ない!! 脂ぎった禿頭を光らせ、太い指がミッシェルの肩に触れようとした時。


――シュン


 目の前に血が舞う。セーフ。オレは皿を盾にして無傷だ。前回は酷かった…。まだ食いかけのパンに、甘くないストロベリージャムが飛び散ったもんな。結局、それは食えなかった。食い物を粗末にするのは、日本人として、とっても頂けない。


「ブ、ブヒ―――っ!!」

「また、醜いものを切ってしまった…」


 某こんにゃく切れない侍のように黄昏れつつ、ミッシェルが呟く。いつの間にか、手にはナイフが握られている。


 偉い! 今回はちゃんと加減している。豚バラ肉を少しそぎ落とした程度だ。前々回は酷かった…。なんせ骨が見えてたもんなぁ。


 こんな事件が何回もつづき、人間ミッちゃん死体オレもお互い慣れてしまった。最初は、驚いてミッちゃんを庇い、オレが殴らそうになったが、全てミッちゃんがブッ飛ばすか、切り刻んでしまった。そっからは手出し無用だ。ミッちゃんより強いやつがいたら、そもオレが敵うわけがない。二人でさっさと逃げよう。


――そして、そう、これ誤算。

ミッちゃん、鬼強い。


 PTを組む立場としては、嬉しい誤算だが、おかげでオレはミッチャンに対し強く出れない! もう既に尻に敷かれ気味だ。物理で来るなら、オレはOKなんだが。もし命の恩人じゃなければ、一番最初に、オレが削がれていたかもしれない。


「後片付けも終わりましたし、さあ、スミスさん。神殿に行きましょう!」




 晴れやかな表情のミッシェルに引きずられるオレ。昨日の昼めしの子牛気分だ。仕方ない、ドナドナされながら神殿ハローワークに向かう。

 それに、オレにも確かめたいことができた。ミッちゃんに慈悲などない。光属生なんて嘘じゃなかろうか?

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