俺の名は。
くるりとこちらに背をむけた美幼女。
その後ろ姿に、強烈な近視感を覚える。
そうだ、コレはあの時の…。
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回想
「ヤバい、なんかゾンビが王様を噛んで!?
えっコレ夢? 映画?
オレいつの間にエキストラ出演???」
いきなり、目の前がぴっかあーーーー!! と、光って超豪華絢爛なお部屋で70歳くらいの老人が重そうな赤いベルベットマントを引きずって(王冠付き)うんぬんかんぬん言っているうちに、ゾンビに噛まれてぶっしゃあーーーー! 血の海だ。
悲鳴と怒号が飛び交う中、オレは、雄叫びをあげながら近くの扉から廊下へ飛び出す。他にも、人が残っていたけどかまっている余裕はない。
とにかく全力ダッシュだ! だってコレ夢だろう? そうなんだろう? 背後から、どたどたあーあーとゾンビ音がする。走るタイプのゾンビだ。
「クソ、どこかにバールのようなもの!
金属バット! 最悪、丸太!! ないのか?」
武器を探すが、見当たらない。あの3種の神器があれば勝つるのに!! 廊下の壁に甲冑があった。この中に入ればやりすごせるか? いや、悠長に着ている時間もやりすごせる保証もない。
もう、もう、とにかく走れメロス!! のように! オレには政治がわからぬ。オレは、ニートである。ゲームをし、ネットで遊んで暮して来た。けれども邪悪に対しては、人一倍に敏感であった。きょう未明オレは部屋を出発し、野を越え山越え、遠くはなれた此この異世界にやって来た。オレには父も、母も無い。女房も無い。十六の、内気な妹と二人暮し……なにソレ羨ましい!!
人がいる、メイド服の美女だ!
「「助けて!」」
声がハモった。気が合うね!(体の)相性いいかも。しかし、メイドの後ろの扉からゾンビが現れ、美女の肩に汚い指が食い込む。美女の首すじにゾンビが噛みつく姿を見る前に、すぐさまUターン。グッバイ、美女よ。相性を試せなかったのが心残りだ。オレはこぼれる涙をふく。
右側の視界にゾンビの手が見えたが、まっすぐ走りぬける。扉が見える、勢いそのままに部屋に転がり込むと……
そこには、ハイ、出たーー! ゾンヴぃ~~!!!
画面イッパイのきたねえ面、大きく開けた口から黄ばんだ歯が見える。オレは急には止まれない。そのままゾンビの胸にいきおいよく飛び込む!
エンダアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!イヤァアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!
とはいかない。ゾンビが後ろに吹っ飛ぶ。なにかが、ゾンビの口から飛んできて頬をかすめた。何だ?
とにかく足腰の弱いゾンビのようだ、オレを抱きとめる度量はなかったらしい。そんな奴と生涯を添い遂げるつもりはねえ! たとえ、(体の)相性がよくとも願い下げだ。
立ち上がり、部屋を見回すと、メルヘンな天蓋付きベットが見える。ゲストルームらしく、ベットとウオークインクローゼットしかない。扉は一つ、入ってきたものしかない。ドン詰まりだ。
そのとき視界の端に何か大きな影が見えた。薄いレースのベール越し、ベットの上に何か丸いシルエットが見える。
これだ!!! オレは、閃いた。
…ゾンビの汚い手がオレの肩に食い込む。
…オレは最後の力を振り絞り、手を振りほどいた。
そして! 勢いよくベットの上の何かを持ち上げ、振り向きざまゾンビの口に叩き込む!!
そして、逃げる!完璧だ!!!
―その予定だったが、勢いが良過ぎた&持ち上げた何かが見た目以上に軽かった。その結果くるり、華麗に(余計に)半回転。そして、よろけて、こけた。
膝と両手をついたとき、持って来たソレと目が合う。青い。
そうして、背後からゾンビの汚い手がオレの肩に食い込み、オレの首筋にゾンビが噛みつく姿を、その青い瞳の中で見た・・・。
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以上、回想終了。
「うおおおおおおおお!! お前、あの時の! お前の中身が軽かったせいで、オレは! 代わりに喰われたんだぞ! もっと、ちゃんとメシ食っとけよ! 貧乳!!!」
「ええーーっ!? 失礼!!! 貴方、四つん這いになって僕を抱きしめて背後のゾンビから守ってくれたんじゃないんですか?」
「アホか! ちょっとでかいテディベアかと思ったわ。いや、ゾンビに噛まれんためなら何でも盾にするわ! 幼女だろうがペンギンだろうが!
オレの命より大事なPSでもゾンビの口に叩き込むわ!!」
「命より大事なのに!? 矛盾しています!」
「やかましい!!! 噛まれたやつにしか、この気持ち分かんねーんだよ!」
ゼーハー肩で息をしながら、美幼女と言い合う。思い出した衝撃で、つい、思っていることをすべて言ってしまった。
周りの勇者たちは呆れた目をしている。
「結局どうするんだ? 一応、命の恩人だが、別に恩返さんでもいいんじゃないか?」「もともと、盾にしようとしてたんだし」「最低」「死んで!」
「いちいちうるせ~~~!!! てか、こっちはもうとっくに死んでんだよ」
「おい、お前、ミッシェルって言ったか? 結果的にはオレ、お前の命の恩人よ。今さら、さっきのナシとか通ると思うなよ。ちゃんと、オレを守って、着いてきて、恩返ししろよ!! 頼むからあ~」
涙目になりつつ、美幼女の足元に縋り付く。するとあっさり、ミッシェルは頷いた。
「わかりました。」
「えっ? えっ? マジで? 本当に?」
「思っていたのとは違っていましたが、助けられたのは事実です。ワタクシ、受けた恩は必ずお返しいたします!」
ちっこい胸をはって、そう高らかに宣言する。なんて漢らしいっ! これでゾンビだけどパーティーが組める。こいつを利用すれば野に下らなくてもなんとかなるだろう!
しかも、可愛い幼女を恩を盾にして、こき使える! よかったあ~。死んでてよかったあ~。
「あの、勇者さま。ワタクシ、そろそろ貴方のお名前を知りたいのですが。」
「あ、そういや~、今まで名乗ってなかったよな! 誰にも聞かれなかったし…。えっとね、オレの名は―。」
そうして、ふと考える。いきなり異世界に召喚されて、いきなりゾンビに噛まれたりして。オレは、文字通り死んで、そして生まれ変わった。もう、33歳独身、元フリーターの日本人、いや、人ではない。
それならば、心機一転新しく自分に名前を付けよう。これから、この異世界でしっかり生きていけるように。
「オレの名はスミス! 腐った死体のスミスだ!!! これからよろしく頼む!」
あの、子供の頃に冒険した世界のように、きっと世界を、自分を救ってみせよう。
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おまけ
「こちらこそよろしくお願い致します。スミス様」
「いーよ、そんなかしこまらなくて。様づけなんて、されるような立派なゾンビじゃないのわかっただろう? 敬語もいらねえ」
「しかし、そういうわけにも…」
「あと、お前、さっきからなんか言葉遣いおかしくねえ? 本当は、僕っ子なんだろう。無理すんな」
「…すみません! 兄弟の口調を幼いときから、真似をしていたのです。母に直せと言われていましたが、つい無意識に出てきて」
「別にオレは気にしないから。むしろ、尊い!」
「わかりました。僕もこの旅で、成長しようと思います。あらためて、ふつつか者ですがよろしくお願いします。スミスさん!」
「おう、頼りにしているぜ、ミッちゃん!!」
「(ミッちゃん…。)」