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昔、転生する前、遠足の日に限って雨が降るたびに思うことがあった。
天気を操れるようになったらいいのにと。
そうしたら、嫌いな体育祭を無くすこともできる。
どうしても学校に行きたくない日には、台風を呼んで学校を休みにすることも出来る。
そして思った後、そんな事は不可能だと諦める。
それが今では不可能ではなくなった。
「雨ふってー」と思えば雨が降る。逆に「晴れてー」と思えば晴れる。
これは嘘ではない。ただの偶然かどうか一日中調べたことがあったが、すべて的中し、その日は二十四回も天気が変わった。(一時間ごとに変えたのだ)
私の実験に巻き込まれた村中の人々は、一日に何度も変わる天気に「この世の終わりだー」と慌てふためいていたらしい。
私は自分がいつ死んだのかはよく覚えていない。
でも確かなことは、こことは別の世界で生きていたということだ。
そこは科学が発展した魔法の無い世界だった。コンクリートジャングルと呼ばれるほど建物で敷き詰められたそこで私は生活していた。
毎日が忙しく大変だったが、今ほど孤独ではなかった。当然両親もいた。
今の私は、天涯孤独の身だった。
物心がついたころには、私の周りには誰もいなかった。
ただ机の上に生活費と思われるお金が月に一度、転移魔法で送られてくるので生活には困っていない。(しかし、私が転生者だったからよかったものの、普通の子供はお金の使い方など誰かに教わらなければ分からないだろうに。送り主は何を考えているのだろうか。)
今世の私はとにかく天気を操れるのだ。雨、風、雪、雷など天気に関係あるものなら何でも操れる。
私はこれを「魔法」だと考えた。
この世界で魔法という物があるのかは周りの人々を見ている限り無さそうなのだが、ここは田舎なので、人も少ない。もっと多くの人がいる王都に行けば魔法を使っている人もいるかもしれない。そう結論づけた私は、自分が魔法を使えることに大いに興奮した。(そういえばいつも届いている生活費も魔法で送られてたんだった。)
私は村中の人々に避けられている。
必要最低限は関わってくれるが、常に一線を引かれたような感じがする。
そんなだから友達もいないのだ。寂しいと感じることはあるが、何年も孤独だと吹っ切れたような気分になる。あぁ、一生こんな感じで過ごしていくのかな、と。
孤独な日常での楽しみは、天気を操る事だった。
村の百姓の「明日は晴れんかのー」という独り言を聞いたら、その通り晴れにしてあげた。そうして喜ぶ百姓の顔を見て、良いことをしたと満足をするというのを楽しんでいた。
私は誰かの役に立っていると感じるのがとても気持ちいいのだ。
「おい、明日は雪を降らせろ」
そう命令口調で話しかけてくるのは、王都からやって来た貴族の坊ちゃんだ。
療養する為にやって来たらしいが、何処が悪いのかさっぱり分からない。
傲慢でいつも上から目線のこいつは、私が天気を操れると知ると度々関わってくる様になった。
初めは、話し相手が出来た事に喜んでいたが、毎回命令される難題に嫌気がさしてきた。
「今は、夏ですよ。流石に私も肩の荷が重いというか…」
「いいから、やれ」
内心イラついたが、相手は貴族だ。私は雪を軽く降らせる。
夏に雪を降らせるだけでも大変なのに、彼はまた難題を言ってきた。
「雪を積もらせろ」
「いや、流石にそれは畑の作物とか動物達が混乱してしまうかもしれませんし…」
「では、俺たちの周辺だけに積もらせろ」
降らせる範囲を縮小化させろ言い出した。
天気を変える事はもう慣れたが、その範囲を操る事はまだ難しいのだ。
だが、無理だと言ってもこの頑固者は引かないだろう。仕方なく「雪よー私たちの周りにだけ降れー」と念じる。
しばらくそうしていたら、奇跡が起きた。私達の周りだけに雪雲が集まり、先程よりも多く雪が降ってきた。そしてあっという間に雪は積もった。
「やった!どうですか!いう通り積もらせましたよ!」
満面の笑みで彼へ振り向いた私に、彼は雪を投げつけてきた。
雪は顔面にヒットした。
「何ですか?いきなり」
「お前、知らないのか。これは雪合戦といってな、相手にひたすら雪を投げつけるんだ」
いや、知ってますけど。人の顔に雪をぶつける前に言うことありませんか?
彼に怒りのこもった(雪の)一撃をお見舞いすると、そこからは終わりのない戦いが始まった。
王都からやって来た貴族の坊ちゃんの名は、ルイス・アクタビアといった。
先祖は王族だったという彼の家は、王族の次かその次くらいに偉いらしい。
彼の傲慢な態度は遺伝なのかもしれないと、その事を知った時に思った。
ルイスはある日急に、思い出したかの様に私に聞いて来た。
「そういえば、お前名はなんて言うんだ」
私の心中は、「今更何言ってんのこいつ」だった。
知り合ってから二ヶ月以上経って、やっと彼はその事を聞いて来た。
今まで聞いて来なかったから興味がないと思っていたが、まさか聞くのを忘れていただけとは思わなかった。
私は前世の記憶を持っているが、前世の私についての記憶は持っていなかった。
だから、前世の自分の名も知らない。当然今世の自分に名前は無いので、私は名前が無かった。
「すみません、私には名前が無いんです」
私がそう言うと、彼は少し驚いた顔をした。しかし、直ぐにいつもの無表情に戻ると「そうか」と言った。
それからしばらく二人とも口を開かなかったが、ルイスは突然に沈黙を破った。
「アカメだ。お前の名前はアカメだ。」
始めは何を言い出したのかと思ったが、どうやら私の名前を決めたらしい。
名前の由来を尋ねると、私が全体的に赤くて目が大きいからだそうだ。
適当な名前だが、私は転生してから初めてのそれに喜びを隠せず、ヘンテコな由来も相まって笑ってしまった。
こんなに笑った事は転生してから一度も無かった。
この頃の私は、これから起こる波乱万丈な人生の事など知らず、呑気に楽しく過ごしていた。
お読みくださりありがとうございました。