魔術師の街マギア
「すまんが護衛依頼はここまででいいか?」
マギアの街門の長蛇の列。その最後尾に着きしばらくすると依頼主がこちらまでやってきてそう告げた。
一緒に乗ってた傭兵の男性は分かってるようで二つ返事をすると馬車を降り、商隊の後ろの方へ歩いていく。
なんで?と思っていると依頼主の人が理由をしっかりと教えてくれた。
見ての通りあの街門のせいで一人や一頭ずつしか門を潜ることが出来ずにいる。
そのため馬車に人が沢山乗っていると下ろして門をくぐらせてまた乗せてと時間が掛かるらしい。
なのでここまでで護衛は完遂とし、以後は自由行動するのが普通なのだそうだ。
「依頼報告はこちらでギルドへ出しておくから、報酬はそちらで受け取ってくれ」
まぁこれが慣例なら仕方ないだろう。
依頼主に了解を示し、荷物を持って自分達も後ろへと回る。
最後尾につくと傭兵の面々とあまり接点の無かったもう一組の冒険者パーティーが談笑していた。
コロナにやられてから態度が軟化してからと言うもの、和気藹々と言った感じになったのは大変喜ばしいことである。
しばらくは待つみたいなので彼らと話ながら時間を潰すことにする。
話題はやはりこの前の地震のことだ。
発生からすでに十日。各地の被害も判明しつつあるが何分初めてのことだ。
様々な情報やデマが錯綜する中、少しずつではあるが国や領主らから対応策などが公的に発せられつつある。
対応自体はどれも場当たり的なことではあるが、今後同じことが起こった場合の指針にはなるので国民には歓迎されつつあった。
何より公的機関からの直接の言葉だけに信憑性が高い。
……まぁ殆どが自分やスヴェルクらが話し合った内容だったのだが、流石にそれは黙っておくことにする。
「そう言えば誰か獣亜連合国について何か情報あったりします?」
今後の行き先の情報を少しでも知ってたら聞きたかったのだが、残念ながら誰もそちらの情報は持ってなかった。
ただ王都から離れる……と言うか内陸部に向かうにつれ被害が小さいようなので、あちらはもしかしたらあまり地震の影響がないかもしれないとのこと。
逆に王都から来たと言う事でそちらの情報も知ってる限りの部分で提供をする。
情報交換は大事だ。特に通信機器の無い……まぁ自分は王都へのはあるけど、ともかく情報がどうしても遅くなるこの世界では、生の声は割と重宝される。
そうこうしている間に列は進み、気づけば商隊の馬車が中へと入っていった。
「んじゃお先。またどこかでな」
まずは傭兵の一人が兵に案内されるまま検問を抜け、門を通り抜ける。
彼が街門を通った直後、門の上部にある例の魔道具の宝石が白色に染まった。何事も無くそのまま中へと入っていったので、あの色は多分普通ぐらいと言ったところなんだろう。
続く他の傭兵、そして冒険者パーティーも通ったが特に問題無く通過して行った。ただ一人、冒険者パーティーの魔術師のときだけ石の色が緑色になっていたが、何も言われてないとこを見ると多少は上なんだけど問題ない範疇なんだろう。
そして自分達の番がやってきた。
「じゃぁ次は君か。さっきの商隊の護衛だったね」
「はい、自分と後ろの子。それとこの子ですね」
後ろにいるコロナと抱いたポチを兵士に見せ、二人と一匹でセットだと告げる。
一旦地面にポチを下ろし兵に誘導されるがまま街門を潜り抜ける。
門の天井のせいで宝石がどうなってるか見えないが、後でコロナにでも何色になってたか聞いてみよう。
そのまま門を通り抜け振り向きコロナとポチを待とうとすると、兵士が何故か小首をかしげて手招きしていた。
「……? どうかしました?」
「いや、もう一回やってもらえるかな? 操作ミスがあったらしくってね」
まぁ操作ミスなら仕方ないか。
そのまま門を通り元いた場所に戻り、更にもう一度街へ入りなおす。
若干めんどくさかったがまぁ仕事をするのも人間だ。ミスぐらいあるだろう。
「どうでした、これでいいです?」
「あ、いや……うーん? ちょっとそこで待っててもらえるかな。先にその子犬呼んでくれる?」
「あ、はい。ポチ、おいでー!」
呼ぶとポチが一目散に駆け出しこちらへと走ってきた。
中々微笑ましい光景に周囲がほっこりしてる中、兵士達が上を向いて驚愕の表情を浮べている。
足元のポチを抱き上げて兵士らと同じように上を見ると、街門の宝石の色が黒色に染まっていた。
「黒ですね」
色を言った瞬間、周囲の兵士がこちらを取り囲むように陣形を組み、各々が持つ武器をこちらに向けてきた。
いきなりのことに驚いているとコロナが門の外から文字通り飛んで来きた。彼女は兵士の頭上を飛び越え自分の前に降り立つと、周囲を警戒しながらこちらを庇うように剣の柄を握り締める。
なおコロナが門を通った為宝石の色は白色に変わっていた。
「その犬……魔物か!」
「えぇ、まぁそうですけど……。あ、この子はですね」
「いいから動くな!」
聞く耳持たない兵士。……いや、単にここでは聞けないと踏んだか何か決まりがあるのか。
ほどなくして門の側の屯所と思しきところから髭を生やした壮年の男性兵士が姿を現した。
その後ろから彼と同じ歳ぐらいの魔術師風の男性が付いて来ていたが、彼だけは周囲の反応と違いどこかウキウキしたかの様な笑みを浮かべている。
周りを見るといきなりの騒ぎに周囲の住人や検問待ちの人が何事かと遠巻きでこちらを覗き見ていた。
そんな中、髭の兵士は顎髭を触りながら落ち着いた雰囲気でこちらに話し掛けてくる。
「さて、言いたいことは色々あると思うがまずは大人しく付いてきてもらえるとこちらとしても助かるのだが……」
「分かりました。コロ、剣から手を離して。ポチも大人しくしててね」
二人にそう言うとコロナは柄から手を離し、唸り声を上げてたポチも了解したとばかりに大人しくなる。
「結構。それでは付いてきたまえ」
髭の兵士に促され周りを兵士に取り囲まれながら屯所の中へと入っていく。
そして中にある一室に通され備え付けの椅子に座るように指示された。
「まぁ気を悪くしてしまったのならすまないね。何分君たちのようなケースは中々無いからね」
「はっは、言っただろう? 獣魔師なんてレアケースそうそう無いからな。俺だって見るのなんか片手の指で数えれるほどしかないんだぞ」
申し訳無さそうにする髭の兵士とは対照的に、彼の後ろについてた魔術師風の男性はかなり興奮気味であった。
彼がそのまま獣魔師がどれだけすごいのか講釈するのを髭の兵士がうんざりとした様子で聞き流していたが、流石に止まりそうになかったので片手で言葉を無理やり遮る。
「すまないが先に仕事だ。えぇと、まずは一つずつ片付けていこうか。その子犬に見えるのは魔物と言うことで合ってるかね?」
「えぇ、そうですね」
「そして彼が言うように君が獣魔師というものであり、その子を従えてると言う認識で間違いないかね?」
「はい。これが魔術師ギルドのカードと登録時に受け取った首輪です」
ギルドカードを差し出し、彼らに見えるようポチを掲げ首輪を見せる。
二人とも相談してる様子だったが、隣の魔術師の男性が間違いないと太鼓判を押してくれたのは自分の耳でも聞き取れた。
「ならその子犬については問題無いな。暴れないようそちらでしっかり見張っておくように」
「分かりました」
ギルドカードを返してもらいとりあえずポチの件は思ったよりあっさり片付く。
これで街にやっと入れ……。
「あぁ、待ちたまえ。次に君の件だ」
「え、自分の……ですか?」
立ち上がろうとしたところを呼び止められ再度椅子に腰掛ける。
しかしポチの件ほど自分は問題を抱えているわけではない。むしろ一般人より脆弱なんだから引っかかることなど何も無いはず……。
「君が門をくぐったときに魔道具が一切反応しなかった。何か心当たりあるかね?」
「え、そうなの?」
隣にいるコロナに問いただすと、どうも自分が通ったときにあの宝石は色を変えることなく無色透明で無反応だったらしい。
呼び止められ二度目のときも全く反応は変わらなかったそうだ。
「うーん……心当たりと言うか、自分魔力物凄い少ないので単純に引っかからなかっただけじゃないですか?」
「そんなに少ないのか?」
どうなんだ?と髭の兵士が隣の魔術師に問いかけると、彼は首を縦に振りじっとこちらを観察するように視線を送ってきた。
「獣魔師って部分に興奮してて気づかなかったが、確かに俺が感じる限りでは魔力全然無いな」
「……少なすぎると反応しないのか、あの魔道具?」
「さぁなぁ、何せ初めてのケースだからな。でも虫とかが門通ったところで反応しないだろ、ありえなくはないと思うぞ」
「虫て……」
ついに自分の魔力量は虫クラスになったのか。
そう言えば依頼主の荷馬車の馬ですら何かしら反応してた気がする。
……なんかちょっと泣けてきた。
「まぁ危険が無いならこちらとしては構わないんだ。故障の可能性もあったからね」
「ま、魔法関連じゃ無害だと言うのは俺が保証しておこう。この魔力量じゃ使える魔法あるかすら怪しいしな」
ともあれこれにて検問は終了とのこと。
兵らは兵らで職務に忠実なだけだったので悪く思わないで欲しい、と言われてはまぁ納得するしかないだろう。
ともあれ少なくとも自分達がこの街にいる間は先のことがまた起こらないとも限らない。そうならないように今回の件は各所に連絡だけはちゃんとしておいて欲しいと希望は出しておく。
「それじゃ時間を取らせてすまなかったね。ようこそ魔術師の街マギアへ、楽しんでいってくれたまえ」
◇
「虫……」
「まぁまぁ。ほら、立派な塔だよね!」
微妙に心にダメージが残ったままも何とか街の中へ入ると、外から見えていた塔が尚一層の迫力で眼前に聳え立つ。
ここマギアはこの巨大な塔を中心に四方に大通りが延びる構造になっている。上から見えれば四つに分けられたピザのように街が区画されていると思えばいいだろう。
「大きいねー」
「確か元々は伝説の魔女の工房とかだっけ」
簡単な話は道中で色々聞くことが出来たのでその時得た知識を掘り起こす。
日本で巨大建造物は何回か見たことはあるが、こちらに来てからこれほど高い建物を見るのは初めてである。
いや、高さだけなら王城の方が上だろう。
ただ細く高くとなると相応に建築技術が求められるもの。伝説の魔女の工房も伝説級と言ったところなのだろう。
そんなこの塔も現在は中を改装し魔術師の学校兼魔術ギルド兼研究用工房とよく分からない状態になっているそうだ。
敷地面積に加え他の建物と違い上に伸びてるので床面積が膨大になってるのもこうなった理由の一つだろう。
「折角だし明日見学してみる?」
「中見せてくれるならありかもね。ただ……」
ぐーっと顔を上に上げる。
高い。東京タワーやスカイツリーほどとは言わないがかなり高い。
こんな高いところを登るかもと思うと気が滅入る。
ちなみにエレベーターがあるなんて微塵も期待はしない。こんな有名な建物にそれがあるなら、チカクノ遺跡でエレベーターの説明を披露することなんてなかったはずだ。
「頑張って登ろ?」
「うぃっす……」
付き合いの長さもそこそこになってきたからか、こちらの心を読んだコロナがとても良い笑顔で無慈悲な現実を突きつけてくる。
そいやコロナは《天駆》あるもんなぁ。移動用としては向いて無さそうだが羨ましい限りだ。
「まぁとりあえず明日だね。今日はギルド寄って宿行こう」
街門でそれなりに時間は食ってたはずだ。
多分依頼主の報告は済んでるだろうし報酬を貰いに行きたい。あと足跡も一応残しておきたいし。
「ついでに依頼見ておく?」
「そうだね。この時間じゃあまりないだろうけど、傾向ぐらいは知っておきたいし」
道行く人に冒険者ギルドの場所を聞きそちらの方へと歩いていく。
やはり公的機関だけに大通り沿いにあるとのこと。
ただし別の大通りらしく一旦街の中央の塔の方へと向かう。
塔に近づくにつれ魔術師風の格好をした人が徐々に増えていく辺り、やはり魔術師の街なんだなぁと思う。
特に若い子が目立つのは学校があるからだろう。
(……楽しそうで良いなぁ)
あんまし学校には良い思い出がないので見てるとナイーブになってきそうだった。
いかんいかん、と首を振り嫌な思い出を頭から追い出す。虫と同系列みたいに言われたせいかいつもよりネガティブになってるかもしれない。
「ヤマル、どうかしたの?」
「いや、なんでもないよ」
流石にあんな情け無い思い出を赤裸々に話すと自分が間違いなく死ぬ。そしてコロナに引かれる。
よしんば引かれなかったとしても反応に困るだろうし。
「?」
少し不審がってたもののそれ以上は追求されることはなく、程なくしてこの街の冒険者ギルドへと到着した。
中に入るとそこには他の街では見ないような光景が広がっていた。
冒険者らしい冒険者はもちろんいたのだが、それと同数ぐらいの若い魔術師の集団が受付にならんでいる。
どの子も似たような服やマントを羽織っており、先ほど街を歩いていた学生と同じ格好だと思い出す。
どうもここでは学生でも冒険者として依頼をこなすようだ。学業の一環だろうか?
「魔法使い多いと戦力偏っちゃいそうだね」
「でもあの子らメインは学生だからなぁ。本腰入れてパーティーには入らないだろうし、臨時でみたいな感じかもね」
王都でも魔法を使える冒険者は居たが、魔術師の冒険者はさほど居なかった。
魔法自体覚えるのに苦労するかお金がかかるかと言うのもあるが、そもそも魔術師なら魔術師ギルドかその関係各所に就職すれば良いわけで冒険者になる理由があまりないのが大きな理由である。
……と、スーリが以前教えてくれた。
その後『だから私は貴重でレアな人材なんだからもっと有難がっていいのよ』と胸を張りどやってたところにフーレに頭を叩かれてたのももはや懐かしい光景である。
そんなことを話しながら学生らの後ろに並び受付を待つこと数分。
自分達の番がやってきたため護衛補佐の報酬を受け取りここにきた足跡を残す。
クロードの冒険者ギルドと違い茶々を入れてくる人はいなかったが、代わりに職員がマメなやつだなぁと珍しそうなものを見るように呟いていた。
「あ、すいません! ちょっと待ってもらえますか!」
そして記帳を終え立ち去ろうとすると、カウンターの奥の方から女性の職員が現れ呼び止められる。
「子犬と獣人の女の子連れた冒険者……ヤマルさんで合ってますよね?」
「あ、はい」
「実は先ほど貴方に指名依頼が入りました。良かったら受けていかれては如何でしょうか?」
「俺に……指名依頼?」
「ヤマル、すごいね! 指名依頼って中々無いよ!」
急な話に驚くこちらとは対照的に隣でコロナが素直に喜んでいる。
すごいのはもちろん分かる。だが何故自分にこの街で指名依頼が入るのか。
何せ到着してからまだ一時間も経ってないし、そもそも自分は高ランクの冒険者でもない。
この辺では王都でつけられてた《薬草殺し》みたいな二つ名も広がっていないのでそもそも知ってる人がいないはずだが……。
(一体誰からだろう……)
女性職員から依頼書を引き取りその仕事内容を確認する。
同じように依頼書を見ようと隣からコロナが寄りかかってきたので彼女にも見えるように紙を傾ける。
すると依頼内容を確認したのかこちらを見上げとても驚いた表情を浮べた。
「え、これ本当……?」
「だろうね。そもそもこれで偽物ならマズいってもんじゃないだろうし」
依頼書に書かれた名はサラサ=ソレスタ。
そしてその隣の職業欄には魔術ギルドマギア支部長兼マギア魔法学校校長とはっきりと記されていた。
~楽屋裏~
マルティナ「懐かしいわねー、私もここで色々学んだのよ」
ヤマル「そうなんですか? マルティナさんは学生時代はどんなことを?」
マルティナ「私の専攻は魔法開発とかだったわね。魔道具も少しかじってたけど」
ヤマル「それで王都のギルドマスターですからやっぱ成績は優秀だったんですよね?」
マルティナ「もちろんよ。これでも首席で卒業したんだからね」
ヤマル「おー、さすがですね」
サラサ「…………(じー」
マルティナ「あ、はい。あの時は色々ご迷惑お掛けしましたほんとごめんなさい」
ヤマル(何やらかしたんだろう……)




