リ・サイクル
遅れてすいません。
「二人とも今日はありがとね~。お姉さん助かっちゃった」
その日、王都の神殿のある場所に三人の姿があった。
一人はウルティナ。普段通りの魔女ルックの姿で上機嫌な様子で目の前にいる二人に話しかけている。
そんな彼女に話しかけられているのが王国騎士の制服に身を包んだ爽やかイケメンのセーヴァと、白い修道服に身を包んだセレス。
三人とも異世界召喚者と言う共通点があり互いに顔見知りではあるが、実際の所あまり接点は無い。どちらかと言えばウルティナの弟子である野丸の方が繋がりが強いぐらいだ。
この三人が集まったのはウルティナがセレスとセーヴァにお願いをする形で時間を取ってもらった。
双方ともに騎士団や神殿で重要なポジションについてはいたが、そこは二百年前での救国の英雄であるウルティナ。まさに鶴の一声と言わんばかりの影響力で二人を招集することに成功していた。
ただセレスの都合上、せめて目が届く場所でという事でこの場所という事になっている。
「セレスさん。ここは……?」
「神殿騎士の訓練場、と聞いています。ウルティナ様のご要望と大神官長からのご指示でこの場所をお借りしました」
ウルティナからの要望はある程度の広さがあること。大神官長がセレス保護の観点からすぐに動けるようとこの場所が選ばれた。
そのためこの訓練場の中心に三人はいるが、周囲には神殿騎士や他の神官達もいた。皆三人の実力がここの全員を集めても敵わぬことを知っててもおらずにはいられぬ者達。
いざとなれば身を挺してでも、と考えているのも少なくはないが、その考えにいたるほどになるまでセレスが求心力を得ていることを彼女は分かっていない。
それはさておき。
「ウルティナさん。それで今日は何を?」
「はいはい、ちょっと待ってねー。今から説明するから」
そう言うとウルティナはどこから取り出したのか、その右手に拳大の魔石を手にしていた。
セーヴァが魔石かと尋ねるが、彼女は違うわよと左手を軽く横に振る。
「これは魔宝石よ。ただあなた達にはこっちと合わせた姿の方が分かりやすいかしらね」
そう言うと再び何もないところから取り出したかのように左手に装飾が施されたものをウルティナは取り出す。
それを見て最初に気付いたのはセレスであった。
「召喚石ですか」
「せいかーい! まぁ神殿にもあるものだしセレスちゃんは知ってるわよね」
「はい。お祈りの時間で皆で魔力を込めるのは日課ですから」
この王都の神殿もだが、他の領土の神殿でも魔宝石……正確には空になった召喚石に魔力を入れることを義務付けられている。
日々に支障が出ない程度で信徒の魔力を詰める事で、何年もかけて召喚石を完成させる。現在セレス達十名を呼ぶために使用した空の召喚石が各地の神殿に預けられていた。
セレスはほぼ毎日見ている為それが召喚石であるとすぐに分かった。ただ彼女が普段見ている召喚石と現在ウルティナが手にしている召喚石は微妙に異なっていた。
具体的に言えばその色だ。
魔力の充填が済んだ召喚石は虹色に光っているが、空の場合は無色透明になっている。徐々に石の中心が虹色の光を帯び、それが石一杯に広がる形だ。
しかしウルティナの持つ石は虹色と言うには遠く、薄黒くまるで濁ったような色をしている。
「ちなみにこれはヤマル君が各地を旅して作った召喚石ね」
「あの、召喚石って僕は国宝と聞いてますけど……」
「みたいね。ヤマル君が色々頑張った結果よ」
ウルティナは軽い口調でそう答えるが、その色々の中に彼なりの大変さがあったことを彼らは知らない。
しかしセーヴァから見ても野丸の能力は間違いなく『守られる側』の人間だし、セレスから見ても特段『特別な力』をもたない人間。
そして彼らも野丸と同じ期間をこの世界で過ごし、大よそどの様な世界なのかは把握している。
(ヤマルさん、かなり大変だったんだろうな)
少し前、神の山と呼ばれる場所に一緒に行ったセーヴァは思う。
最初にあった時は本当に普通の……いや、こう言っては失礼かもしれないが普通以下と差し支えない程の見立ての強さだった。
確かに今の彼には戦う力がある。以前、目の前のウルティナが創り出したゴーレムと戦い勝ったと言う話はセーヴァの耳にも入っていた。
しかしその後、つまり先の神の山に行く際に会った野丸は言う程変わった様子はなかった。確かに仲間は増えたし見慣れない武器も身に着けていたし、【生活魔法】と言う便利な魔法も扱えるようになっていた。
しかし彼自身はさほど強くなった様子はない。
各地を旅したためか確かに相応の逞しさは身についていたが、それでも常人の域を出る程ではなかった。むしろそれほどの経験をしてこの世界の街の住人と同じぐらいか、やや劣る程度と言ったところ。
そんな彼がこの世界を歩き渡り国宝と言える召喚石を手に入れた。その苦労は推して知るべきだろう。
「そのヤマルさんが見つけた召喚石に魔力を込めるお手伝いですか? 僕もそれなりに魔力はありますがそれを満たすほどとなると……」
「ううん、違うわ。この召喚石にもう魔力は入っているのよ」
「そうなんですか? あの、私の見立てだと少し違うような感じがしますけど……」
セレスの問いかけに流石ね、とウルティナが感嘆の声を漏らす。
「そうね。セレスちゃんの言う通り正確に言えば魔力に近しいもの、と言えばいいかしら」
「そんなものがあるのですか?」
初耳とばかりに驚いた様子を見せるのはセレスだけではない。
セーヴァもその様な話は聞いたことが無い為、彼女ほどでは無いものの息を飲んでいた。
「じゃあ軽く講義といきましょうか。そもそもコレを作ったのはあたしだけど、何で作ったと思う?」
ピンと人差し指を立てまずは小手調べとばかりにウルティナは二人に問題を投げかける。
少し思案した後、最初に言葉を発したのはセーヴァだった。
「確か以前は人々の命を使っていたとか……」
「そ。あたしの時まではそうだったけど、その後これを作り魔力で代替させるようにしたわ」
「画期的な発明ですね」
まぁね。とふふんと鼻を鳴らし胸を逸らした上でどや顔をかますウルティナ。
普通ならイラっとするはずなのに、何故か堂に入ったその姿に二人は苦笑を浮かべるだけだ。
「さて、話を戻すわね。人の命を召喚石で代替できるようにした。そして召喚石には膨大な魔力が詰まっている。つまり命と魔力は同等、もしくは性質が限りなく似ていると言うわけ」
ここまでは良い?とのウルティナの問いに聞いていた二人は小さく頷く。
だがその直後、セレスが何かに気付いたかのように小さく目を見開いた。その視線の先にはウルティナが持つ召喚石。
そしてその疑問が表情に出ているのか、普段の温厚な彼女ではあまりしなさそうなやや鋭い目つきに変わる。
「ウルティナ様。つまりその召喚石には魔力の代わり足りえるどなたかの命が入っていると言う事ですか?」
「そうよー」
「えっ?!」
セレスの凛とした問いかけにウルティナは普段と変わらぬ様子で答え、その回答にセーヴァが驚きの声をあげる。
「でしたら私はご協力出来ません。例え魂となったとしても、命の尊厳を損なう行為です」
「そうね、セレスちゃんなら多分そう言うと思ったわ。だから今から言う事を聞いて決めてくれるかしら」
そしてウルティナは有無を言わさぬよう語っていく。
まずはレイスの話。自分達と同じ異世界人であり、しかも最初の一人であること。その為すでに死者であること。しかしその特異な能力で他者に寄生することで魂だけ存在し続けてきた事。
そのせいで過去に二度、世界を滅ぼしかけたこと。その二度目の際に自分とブレイヴが倒したこと。
そして現在。各地に散らばっていた魂をブレイヴと共に残らず回収し、ソレがこの召喚石の中にまとめて封じてあること。
「魂だけとは言え確かにこいつはまだ生きている。だけど正直なところ、コレをそのままにしてはおけないわ。セレスちゃんやセーヴァ君ならこれから発せられる嫌な感じが分かるんじゃない?」
「「…………」」
確かに召喚石から発せられる嫌な感じは二人にも感じて取れた。特にセレスはその出自故かはっきりと感じ取れている。
ウルティナが二人に要請を送る程に危惧されている存在ともなればなおのことだろう。
「正直消滅させるだけなら出来たわ。ただ前回それで失敗した事、何よりこの状態で消滅させると方々に悪影響が出ないとも限らない。だから一度出した後に――」
「私が浄化する……ですか?」
「えぇ。私も協力するからこの汚れた魂を浄化して純粋な魔力として再変換させるつもりよ」
「あの、ウルティナ様。僕からちょっと疑問あるんですが……」
何かしら?とウルティナがセーヴァに向き直ると彼はそのまま言葉を続ける。
「お話を聞いた限り、その魂は能力で分けたとは言え元は一つなのでしょう? でしたらその中に入っている魂も一つではありませんか。僕には一人分の魂では到底代替出来る程の魔力になるとは思えません」
セーヴァの疑問はこうだ。
元々ひとり呼び出す事に十数人程度の人命が必要だった。つまり充填状態の魔宝石の中の魔力量と十数人分の魂の魔力量はほぼ同等でなければならない。
しかし増えたとは言え元は一つの魂。たった一人の魂では規定量には遠くないかと言う話だ。
その問いかけにウルティナは雰囲気を崩さぬままそれに答える。
「って思うでしょ? この馬鹿、能力が強くなったのかご丁寧に人数分に増えてるのよ。多分あたしとあいつにバラバラに吹き飛ばされた反動で能力が更に開花したんでしょうね」
「複数の人格を持つようなものですか……?」
「むしろコレは完全にコピーね。もちろん差異はあるみたいだけど」
ともあれ分身体ではなくどれもが本体となればただ一つとして取り逃しは出来ない。
だからこそわざわざウルティナはブレイヴの手を借りてでも全ての魂を狩り尽くした。各地に散ったレイスからすれば互いに連絡を取り合う間もなく現れたウルティナ達は死神に見えただろう。
「それで協力の返事はどうかしら? 無理強いはしないわよ」
「でもやる事に変わりはないのですよね?」
「もちろん」
即答。それだけは絶対に行うと言う断固たる意志。
そしてウルティナは全てを打ち明けた。恐らく彼女が話した内容は極秘と言っても差し支えない情報だろう。
ならばセレス達の答えは一つしかない。
「分かりました。その魂を正しくあるべき形に還します」




