大地の修理4
慌ただしい初日が終わり、更に二日が経った。
護衛初日の昨日は昨日で賑やかではあったものの、人は慣れるものなのか皆の反応もそれなりには落ち着いてきたと思う。
ただロボット四機の背からいきなり羽根が展開されて空を飛んだのは自分も驚いたけど……。
そう言えば【フォーカラー】の四人にロボットについての説明は少し苦労した。
ラムダン達【風の爪】の面々はチカクノ遺跡ですでにメム達を見ていることもあり受け入れるのにさほど時間はかからなかった。ただ旧型のメム達に比べ今回のロボットはどれもより人に近い型のためその点だけは驚いていた。
一応ゴーレムみたいなものだと説明はしたが、いかんせん彼らはまだゴーレムを見たことが無いらしい。知識としてはどの様な魔物だけかは知ってるそうなので混同しそうになっていた。
この件については【風の爪】のメンバーがゴーレムとの違いを分かりやすく教えてくれたので事なきを得た。なまじロボットについて知識があるせいで上手く説明出来なかったこともあり、この点については助けられたと思う。
ともあれちょっとしたことはあったものの昨日は特に問題も無くつつがなく終わった。
予想した通り魔物の襲撃などもなく、また進捗報告を見る次第では龍脈の修理も順調に進んでいるみたいだ。
昨日の時点で進捗は全体の三割強。何事も無く作業が進めば明日には全工程が終了し、明後日に帰る形になるだろう。
「しっかし暇になってきたなぁ……」
武器を肩に置く様な体勢でアーヴが小さく欠伸をしながらそう漏らす。
何事も無いのは間違い無く良い事ではあるが、同時に中弛みしてしまうのも仕方の無いことだろう。特に彼らの様に若ければその傾向は強いのかもしれない。
「魔物出ないようにしてるしね。それに鳥の魔物の勢力から離れていたのも運が良かったよ」
今回の護衛の仕事で一番気になっていたのは鳥の魔物の分布だった。
地上の魔物については罠を張る、見張って警戒する、実力行使で追い払う等やれる対処は多い。しかし鳥系の魔物は常時上を取られるディスアドバンテージがある。更に今回の場合、渓谷を飛ばれるとロボットを守る方へリソースを割かねばならない上、空を飛ぶ魔物の対応は地上の比ではない程に労力を奪われてしまう。
現地に着くまで調べることが出来なかった不確定要素。だが到着した日と翌日に調べたところ、この場所は彼らの縄張りから外れていることが判明した。
「エルフィリアさんの魔道具いいですよね。あれ欲しいんですけど……」
ミグがその時の事を思い出してか羨ましそうな声をあげる。
調査方法は至ってシンプルであり、エルフィリアが持つ"飛遠眼"を飛ばして渓谷沿いにある物がないか調査してもらった。
それは鳥の魔物の巣。
魔物と動物は凶暴性など様々な点で違うが、根本的な部分は一緒の特徴を持つ。例えば鳥系の魔物もずっと飛ぶことは出来ないし、巣を作る習性も当然ある。
空を飛べるアドバンテージの代償は言うまでも無く本体の脆弱性だ。魔物だから例外的な部分はあれど、純粋な肉体的な力は地上に棲む魔物に比べて弱い。
だからこそ当然彼らの巣は地上の魔物や動物に襲われない場所を想定する。木の上などが最たる例だが、当然目の前のこの場所……絶壁と呼べる渓谷にも巣を作る。地上の魔物が物理的にやってくることが適わないこの場所など鳥系の魔物からすれば絶好の立地だろう。
そして巣を作るということは当然その近辺は魔物のテリトリーになる。だからこそエルフィリアに頼んで近辺に巣がないか調査してもらったのだ。
「んー、エルフィの魔道具は皆が使ってもあの子ほど便利じゃないかもしれないよ」
「そうなんですか?」
「うん。あれって要は片目を飛ばすようなものだから両目開いてると視界がダブってすごいことになるし、あくまで見える範囲は自身の目と同じレベルだからね」
仮に自分が使って空に飛ばしたところで『良い景色だな』ぐらいになるし、他の人間でも大体似たり寄ったりだろう。
エルフィリアが使うからこそ細かいところまで見れるし、遠くまで見渡せている。しかも暗いところもちゃんと見えるのはエルフの目の良さが遺憾なく発揮されている形だ。
「でもそっちのパーティいいよなぁ。宙に浮く馬車、強くて可愛い子が二人もいて、おまけにドルンさんが武器整備してくれるし」
「今回整備してくれたのはドルンの好意だからお礼はちゃんと言うんだよ? 普通ならお金取られても良いぐらいの腕なんだし」
なお自分らの所の身内割りについては黙っておく。
「守銭奴?」
「な訳ないでしょ。自分に持ちえない技術には相応の対価を支払うべきと思ってるだけだよ。実際整備してもらって随分良くなったんじゃないの?」
「そりゃまぁ」
「びっくりするぐらいはなぁ」
彼らとて自分らの武具は持ってるしもちろん整備に出したりもしている。そして人王国の鍛冶職人達の腕が悪いわけではない。
だがそれを差し引いてもドルンの腕前は群を抜いているのだ。結果、この様な場所で出来る程度の整備であっても使い手の彼らからすれば分かるぐらいに違いがあったらしい。
「快適性を伸ばすとこうなるって見本だけど、そっちの真似できそうにないもんな」
「そもそもあの浮く馬車とか引いても《生活魔法》……でしたっけ? あれ便利すぎなんですよ。なんですか、無制限で水が出るとか」
「無制限ってわけでもないけど……ちなみにこの魔法あっても誰も組んでくれなかったけどね」
今でこそ彼らが羨むような面々と一緒だが昔は本当に誰も組んでくれなかった。
もちろんその時から仕方ないと割り切ってたし《薬草殺し》なんて揶揄されていた。
最近はあまりその二つ名で呼ばれることは無くなってるが、彼らが最初知っていたあたり裏では色々言われてるかもしれない。
「便利そうなのになぁ。何で組んでくれなかったんだ?」
「水出せる足手まとい、皆なら連れて行きたい? 当時はまともに戦えなかった人間だよ」
【フォーカラー】の面々は当時を知らない。彼らと初めて会った時は確か魔国に行く前だったのでその時には《軽光魔法》以外は大体揃っていたし。
そんな昔の事を掻い摘んで話したところ、四人は何とも言えないような顔をしていた。何も言わなかったが多分あの顔は『そりゃそーだ』か『うちらでも多分そうなる』あたりだろう。
これ自体は俺自身がそう思ってたし別段怒ることでもなし。それよりあのアーレが気を利かせてか何も言わなかったのは成長したんだなぁと思ってしまった。出会った当初の勢いなら絶対何か言ってただろうし。
そんなことを話しながら周囲警戒しつつ時間は進む。
コロナ達とどうやって出会ったとか、遺跡の話など彼らの質問に回答する形ではあったが、あまり当時の事を話す機会が無かったのでこれはこれで新鮮だった。
他には雑談が色々。もちろん護衛を第一に考えながらではあったが、歳の近しい同性(十歳以内は誤差)と長時間一緒にいることはあまり無かったせいか思った以上に話が弾む。
「それで昨日の夜にダンさんがこう教えてくれたんですよ。『良いか、慣れることがまず大事だ。理解するよりもまず『ヤマルだから仕方ない』って思っておけ』って」
「ちょっと待って」
「あの言葉で結構気持ち楽になったよなぁ」
「わかるわー」
「いや分からないでよ! ……ブレイヴさん、どうしました?」
ふと横を見るとブレイヴが何やら渓谷の縁に立ち下を見下ろしていた。
顎に手を当て真面目な顔で見下ろすその姿は中々様になっている。基本的にカッコイイ人だからなぁ、喋らなければ、だけど……。
「一昨日、つまり初日から思っていたことではあるんだがな」
「何か気になる事でも?」
落ちないよう注意を払いつつ、ブレイヴの横に立ち同じように渓谷を見下ろす。
何と言うか昼間だと言うのに途中から薄暗くなっていて自分では底がどうなっているのか見えない。
「どうにも強い力を感じる。無論我ほどの力ではないがな」
「ブレイヴさんほどの力は勘弁願いたいけど……強い力ですか」
ちなみに自分は何も感じない。魔力的なものか何かだろうか。
「うむ。悪意とかその様な類は無いな。純粋な力の塊があるような感じだ」
「うーん……」
街道から多少外れているとはいえあくまで多少レベル。そして渓谷の底とは言えブレイヴが強い力と言う程の物があるとなると少々危機感を覚えてしまう。
「ねぇ、皆ってこの下の事って何か知ってる?」
とりあえず【フォーカラー】の四人に尋ねてみる。だが彼らも渓谷の底については何も知らないようだ。
となると後知ってそうな人と言えば……。
「あーあー。ドルン、今大丈夫? ちょっとラムダンさんと話がしたいんだけど……」
通信装置を使いドルン経由でラムダンを呼び出す。
後ろから『やっぱあれいいよなー』って声が聞こえたがとりあえず横に置き待つこと数十秒、ラムダンの声が装置から聞こえてきた。
『あー、これでいいのか? どうした?』
「いえ、ちょっとブレイヴさんがどうもこの渓谷の下から何か感じ取りまして。この下って何かあるんですか?」
こちらの問いにしばし黙した後、ラムダンがゆっくりと知っていることを話してくれた。
それによるとこの渓谷を降りようとした冒険者はいないようだ。理由としては昇り降りの労力が大変であることに加え、昇降中にモンスターに狙われかねない点、またこれほど高い場所から降りる場合の道具の準備や純粋な上り下りの難易度など。
降りるだけならばともかく上るともなれば難易度が跳ね上がる。身一つだけではなく底に何がいるか分からない為武具を始めとする各種準備、それに伴う重量増加などこんこんと説明されてしまった。
『まぁそんなわけで調べた奴は知る限りではいないな。落ちた奴ならいると聞いたが』
「そうですか。分かりました、ありがとうございます」
『いや、気にするな。それでどうするんだ、調べるのか?』
「あー、うーん……」
どうしようか。ブレイヴが嘘をつく理由が無い為何かはあるんだろうけど、今まで何も無かったんだから放っておいても問題無いかもしれないし……。
だがこちらが回答を言いあぐねていると、横からブレイヴの手がすっと伸び徐にこちらの通信装置を手に取る。
「無論、行くしかなかろう! 我ならば見に行くぐらい造作も無い事、だ!」
「……ってわけで自分も見張りでついて行きますんで、ラムダンさんこっちに来てもらえませんか?」
ブレイヴを止める労力よりもさっさと見てすっきりさせた方が速いと瞬時に判断。
配置転換は悪いと思いつつもラムダンにそうお願いすると、彼もブレイヴが言う点は懸念してか了承してくれた。
一応ギルド向けに渓谷の底に何があったのかを報告することを条件に出されたが、その程度で済むなら御の字だろう。
こうしてラムダンの到着を待ち、ブレイヴと共に急遽渓谷の底へと降りることになった。




