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外交使節 三日目(後)


「私だけに?」


 はい、と言葉を返しまっすぐに彼女を見据える。

 ディエルだけに見せる理由は何もショッキングな映像だからではない。


「上にはこの場で見せる許可は得ましたが、正直なところトップのディエルさんはともかく他の方にどこまで見せて良いものか判断がつかないんです。後はデプトさんも良いかもしれませんが……」

「正規兵である私はダメなの?」

「パルさんは職業的にはともかく立場的に上か下か分からなくて……」


 多分この場にいる一番上と言うことで見てもらうことにはなるとは思うけど、はっきり分からない以上は一旦保留としておく。

 そして名指しを受けたディエルだが、少し考えた後了承したとばかりに首を縦に振った。


「分かった。ではまずは私が見て判断しよう」


 流石に二人きりで別室に行くわけにはいかず、揃い立って部屋の隅に移動しその場でスマホを操作。

 魔国で撮った写真とか色々あるなぁとフォルダーをスワイプしていると横にいるディエルが物珍しそうに覗き込んで来る。特に少しだけ映ったカレドラとの写真の際には何か言いたげな目線を送ってきていた。

 しかし今回とは関係の無い話なのは彼女も分かっている為特に何も言ってこなかった。

 程なくして目的の写真データが出てきたため、それをタップし出てきた画面を彼女に見せる。


(あんまり見たくないなぁ……)


 死体の写真と言うこともあるが、自ら手を汚すことになった相手でもある。

 心の中にはどうしても拭えない嫌悪感が残っており、正直なところこのデータを消してしまいたい気持ちすらあった。

 もちろんそんなことは出来ないと理性が制止を掛けている以上その様な事はしない。


 そして写真を見たディエルはと言うと自分でも分かるぐらい動揺していることが分かった。

 一度こちらに視線を送るとすぐさま再び写真に目を落とす。その動作を都合三度ほど繰り返したところで更にこちらへと目を向けてきた。

 その目は先ほどの動揺したものではなく、この画像は本当なのかと言わんばかりの強い視線。それに小さく頷き返すと、ディエルはゆっくりと息を吸いそして色々なものを一緒に吐き出すかのように静かに肺から空気を出す。


「確かにこれは……人が限られるな」

「冒険者ギルドや傭兵ギルドには人王国側から話が流れていると思いましたが……」

「どうだったか……いや、あったか。ただ誰も彼もが信じず夢物語の類と思っていたな。無論私もだ」


 まぁ発見例は一つだけだしなぁ。俺もあれから聞いていないし。

 それにディエルはトライデントのトップ。クランの誰かが遭遇していたら間違いなく報告が上がるし、彼女自身もこの稼業に身を置いている人でもある。

 そんな人が聞いた事も無い姿をした魔物……魔物っぽいアレを信じないのは無理のないことだ。


「……分かった。とりあえず席に戻ろう」


 目を伏せながらも彼女の中でどうするかは決まったようだ。

 他の面々がこちらを注目する中、互いに元の位置に座りなおす。


「まず先ほどのしゃしんだがこの場にいる全員に見せ共有を行う。ただし口外は認めない。外に出す情報は精査するが、この場で見たことを漏らさないと誓える者だけ残ってくれ。自信の無い者は外に出てくれて構わないし、無論出たところで何一つ咎めるつもりは無い。それだけ重要な内容だ」


 とは言うものの即答しろと言うのも酷なため、ディエルにより一旦小休止を取る事になった。

 室内に飲み物が用意され、それをいただきながら周りの様子を見る。


 向こうはディエルの言葉にある者は一人考え込み、またある者は隣にいた人と目を合わせて相談をしていた。

 迷っている者もいたがおそらく最終的には全員この場に残ることになるだろう。


 そしてこちらも同様に皆についてどうするのか声を掛ける。


「あんまり思い出したくない話もするけど皆大丈夫? 説明だけなら俺だけでも出来るから辛かったら外で待っててもいいよ」

「あぁ、俺は大丈夫だ。だがお前らはどうなんだ。特にコロナはしんどいんじゃねぇのか?」


 即座にそう答えたのは後ろにいたドルン。

 彼だけはマッドと面識が無い為自分たちの中では一番精神的影響が少ない。それにあの時当事者として、それも最前線に出ていたためより多く話を伝えることが出来る。

 そして隣を見るとコロナの顔色はあまり良くなかった。ドルンと一緒に最前線で戦った上に、その相手が元知り合いでかつあのような姿になっていたのだから無理もない。

 正直トラウマになりかねないだろう。あの時無理にでもコロナを引きはがして自分がやったのは間違いでは無かったと思う。


「大丈夫……だと思う。無理はしないから」

「……エルフィは?」

「私も大丈夫だと思います。多分ですけど……」

「……分かった。でもダメだと俺が判断したら外で待ってもらうからね」


 とりあえずは彼女らの意思を尊重し一緒に残ってもらうことにした。

 もちろんマズいと思ったらその時は心を鬼にしてでも出てもらおう。そう自分に言い聞かせていると後ろからドルンの手が肩に置かれる。


「お前もマズそうなら出てもらうからな。そん時は俺が代理でやっておく」

「……ん、その時はお願いね」


 とは言え自分は代表者であるし今回の話し合いの主催者でもある。

 流石にキツいからと言って投げだすことは出来ない。……それにまぁ、ちょっとここで出るのはちょっと情けないしね。なけなしの男の矜持ってやつだ。



 そして十分ちょっとした頃にディエルの号令で一同が元居た場所へと戻り話し合いが再開された。

 予想通り向こうも離脱はゼロ。無論こちらもだ。


「ではヤマル君。お願い」

「了解しました。流石にスマホの画面では小さいので皆に見えるようにしますね」


 そう言って首から下げている通信機のタグを機動。

 マイに頼みスマホとのリンクを接続し該当ファイルを抜き出し出力先の座標をセット。あまり良い画像では無いが皆が見るとなれば目の前のテーブルの真上だろう。

 ホログラムのパネルを手早く操作するこちらを何も知らない面々が興味深そうに見ていたが今はそれを右から左へと流す。


「では出します。皆さん気を強くもってください」


 そして現れた画像に息を飲む声が聞こえた。

 改めてみるがやはり嫌悪感をぬぐえない。マッドが嫌いだからではなく、生命として受け入れがたい不快感と言えば良いだろうか。

 中には目を逸らしたそうにしている人もいたが、この場に残った以上それが許されるはずも無いのは当人が一番分かっているようで頑張って耐えていた。


「これは……なるほど、確かに……」


 うむむ、と傭兵ギルドの副マスターでもあるデプトが唸る。

 醜悪な姿もさることながら、この個体に対する脅威度を測っているのだろうか。その視線は鋭く、まるで目の前に実物がいるかのような雰囲気を醸し出していた。


「確認ですが人王国の冒険者ギルドや傭兵ギルドから情報は来ていましたか?」

「あぁ、来ていた。ただし情報と言うより噂レベルの様な話だと我々は捉えていた」


 デプトの説明によると情報自体はちゃんと出回ってはいたが、別々の魔物が一つになった姿とか要点を得ないものだったらしい。

 彼も要職に就く以上様々な話が集まる。だが見たことも聞いた事も無く、遭遇例は自分たちの一回のみ。しかもマッドやレイサン=ドラムスの名が出せない以上『異なる魔物が合わさった新種』として情報が回ったきた。

 そして当事者以外の人はこう思ったのだろう。本当にいるのか、と。

 ギルド経由で回っている以上一定の信憑性はあるが、さりとてそんないるかどうか分からない周囲で話も聞かない異形の魔物。

 そんな噂程度の話など頭の片隅には置いても本気にする者など殆どおらず、現にディエルらですら情報は持っていても本気にはしていなかった。


「実際戦った者としての意見を聞きたい」


 しかしこうして事実であった以上もはや見過ごすことは出来ない。

 あるかも知れない『次』に対し、彼らは対策をすべく情報集めを開始する。


「分かりました。とは言え一例しかないためあくまでこうであろう、と言う感じになりますのでご了承下さい」

「確定情報を出すには確かに事例が少ないか。了解した」


 そしてあの時のことを思い出しながら一つ一つ話を始める。

 彼らが望むのはその戦闘力。故にマッドが云々ではなく客観的な話となる。


「まずベースになっている素体ですが……」


 基本的な性能は素体となっているであろうデッドリーベアであると言うこと。

 付属としてついている頭は素体とは別に意識があり、同時に頭一つごとに命があると言うこと。

 それぞれに目や口があるため視界が共有されていること。

 付いた頭の技能や経験は素体と共有されており、デッドリーベアが人の魔法を使ったりマッドの剣術らしき動きをしたこと。


 最終的には自分達を含む冒険者や現地の衛兵など多数の人員を動員した末に捕縛後、討伐されたことを伝え話を締める。


「……一つ良いだろうか。剣術、と言っていたがデッドリーベアが剣を持っていたのか?」

「いえ。樹木の幹に腕を突き刺して、それを握って振り回していた感じです」

「実際に戦った一人としての感想だが武器としての威力はあまり無い方だな。ただ魔物の膂力と質量、後は大きさによる射程の関係で多対一としてはかなり厄介だった」

「後は遠目俯瞰でしたが、その様な戦い方をしながら並行で魔法を使ってました。こちらは付いていた男が覚えていたものでしょう。素体が魔物なのでそれしか使えなかったのか、もしくはその男の習得がその程度だったかは不明ですが、最悪魔力の高い人や魔族が付いていたらもっと危なかったかもしれません」


 デプトの問いに自分が返し、その後ドルンが補足説明。更にその説明に対し遠くから見ていたその時の状況と主観意見を付け加える。

 ifの可能性でしかないが、しかしその可能性が現実になった場合どうなるかは自分たち以上に彼らの方が分かっているだろう。現にトライデントの面々は一様に難しい顔をしていた。


「ちなみに人王国にはこの様なものは出るのか?」

「自分の知る限りではありません。周囲の人達も同様でしたので自然発生でもないと考えるのが無難かと」

「だろうな。仮に自然発生ならもっと時間を掛けた形になるはずだ。……もう一つ、他国ではこの様なものを産み出すことが出来るのか?」

「実物がある以上出来るんでしょうが、どの国の誰がまでは分かりません。可能性で言えばこの国の人かも知れませんよ?」


 彼らからすれば憤慨ものかもしれないが、少なくとも人王国や魔王国が対象とされないようにそう返す。

 向こうからすれば獣人のマッドがこの様な形になってしまったのだから他国の手の者ではないかと言いたいのは分かる。

 しかし人王国もレイサン=ドラムスが被害にあっている。となると消去法で魔国ではと言いたくなるが、しかしその場合明らかにあからさまだ。

 どちらにせよ主犯が高確率でいるであろうと言う状況証拠でしかない以上どの国の誰がやったっておかしくはないのだ。


「……犯人捜しの話は一旦ここまでにしよう。まずは対策だ」


 そうして本腰を入れ始めた彼らの姿に少しだけ胸を撫で下ろす。

 その後は内々で話をまとめると言うことになったので、自分たちは彼らを残し一旦部屋の外へ出ることにした。


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