獣亜連合国、再び
「うわぁ、囲まれちゃってるね……」
「予想してたけどきっついなぁ……」
右を見ても兵士、左を見ても兵士。ついでに言うと一人や二人ではなく明らかに隊としての人数。
おまけに全方位囲まれついでに武器も構えられている。
更に言えばその兵士全員が特徴のある体つきであり……要するに獣人や亜人で構成された面々であった。
そんな彼らがこちらに向けるその視線は敵意……そして困惑。
そりゃそうだろう。こんな場所からいきなり現れりゃ彼らじゃなくてもそうなる。
何せ現在位置は獣亜連合国首都デミマール。その一角にある"祭壇の間"。
以前コロナの案内で見学したこの場所に俺達は立っていた。
◇
四者先行会議が終わり数日。
自分達《風の軌跡》の面々(と言うか自分)は王都で日々を過ごしていた。現在冒険者業は絶賛休止中……とまでは行かないけどあまり遠出をする依頼は受けないで欲しいと言われている。
何せ国の手伝いでいつ召集がかかるか分からないのだ。その為なるべく近場にいて欲しいとのことだ。
呼び出し自体はレーヌやメム経由でどこにいても捕まるが、集まるまで日数がかかってしまっては本末転倒なのでこの様な形になっている。
最近のイベント目白押しの日々から一転、少しの間のんびりとした日々ではあったが程なくしてメムから連絡が入る。
国からの依頼をしたいので王城に来て欲しいとのことだった。
そして指定された時間に行き侍女にある一室へ案内される。中に入るとレーヌとレディーヤ、そして摂政がいた。
(……何か当たり前に顔を合わしてるけど普通なら会えない面々だよなぁ)
そんなことを思いながらも頭を下げ席へ着く。
この面々ならそこまで気を遣う間柄ではないが、それでも今回は国からの指名依頼。区別はちゃんとしなければならないため姿勢を正し依頼内容を聞くことにした。
とは言えいきなり依頼の話を切り出されるわけでもなく。少しの間だけ互いに雑談を交え、その後本題へ入る。
「それでご依頼と言うのは」
「えぇ。実は獣亜連合国と魔国に対し、いただいた通信装置を贈る事が決まりました」
あの後国の内情として進んだのは次の通り。
まずレーヌに今回の事が摂政から伝えられた。当然彼女も驚いたものの、周りが協力し支えるので一緒に頑張っていくとのことだ。
ただ他の貴族らに対してはまだ周知されていない。色々と準備があるらしいが、この辺については自分が口を出せる話でもない為割愛。
そして決まった事として今回自分に依頼があったように持ち帰った通知装置を二国に贈る事となった。本来であれば使節団を組むところだが、使用方法など十全に分かっているのが自分だけである事、また特に魔国に対し個人レベルで友好関係を築き上げていることから委任される運びとなった。
もちろん反対意見も出たがこの辺りはボールドを筆頭に色々と手を回したそうだ。曰く『この二国について彼以上の繋がりがある奴がいるのか?』で黙ってしまったらしい。
外交ぉ……とも思ったが、隣接してる領地の貴族はともかく二国間ともに良い伝手のある人はいないようだ。
でも俺、トライデントやドワーフ、エルフとは関わり合いはあるけど獣亜連合国のお偉方には会った事無いんだけど……。
ともあれ正式な使節としてならばあちらとしても無碍には出来ないだろう。
「依頼の件、了解しました。それでは早めに準備して出た方がいいですね。二カ国共となると戻ってくるのに二か月以上は掛かりますし……」
カーゴで順調に旅をしてもそれなりに距離はある。
各国の首都の場所はほぼ等間隔なので日程の算出自体は容易だが、それでも道中どの様なトラブルに見舞われるか分かったものではない。
魔物の襲撃は言うに及ばず、もしかしたらレーヌやボールドの足を引っ張りたい人がいたっておかしくはないのだ。
頭の中で旅の日程を算出し、なんだかんだで慣れてきたなぁと思っているとレディーヤが少し良いですかと声を掛けてきた。
「ヤマル様。此度の旅ですがヤマル様の力で日程の短縮は出来ませんか?」
「……? それってカーゴを馬に引かせて傭兵とか雇って昼夜問わずに突き進む、みたいなのですか?」
「いえ。ヤマル様からいただいた物やメムさんの体が変わった事から私達では思いつかないような移動手段があるのではないかと思いまして」
あー……あるかないかと言われたら確かにある。
中央管理センターまで行けば新品同様のエアクラフターがあるし、自分の権限があれば持ち出しも自在だろう。
あれを使えば空路を使えるから日程短縮は間違いなく出来るけど……。
「うーん……無くはないですけど……」
空中で鳥系の魔物に襲撃されるのは避けたい。今も昔も飛行する物が墜落すれば中にいる者の命は間違いなく無いだろう。
自分のとこのメンバーでいえばコロナやポチが空中でも切り返し出来るが、エアクラフターが叩き落されるようなレベルの落下中にまともに脱出できるとは思えない。
と言うかそもそもそんな正体不明の空飛ぶモノが街に来たら下手したら住人達に叩き落される可能性だってある。
「……色々と問題ありますね。主に安全面で」
「そうですか。残念ですね」
速度面考慮したらエアクラフター一択なんだけど……やっぱりこの世界の魔物事情は流通面で厄介極まりないと改めて思う。
野生動物ならともかく、明確に人類種の敵として立ちはだかっている。色々と困ってはいるが、反面魔物素材での恩恵もある。
自分達で言えば竜武具は最たる例だし、一般社会としては魔術師ギルドの魔道具なんかもそうだろう。
魔物避けの技術が発達すればもっと色々と可能になりそうだが、今は望めるものでは無い為その考えを頭から追い出す。
(でもどうしたものかなぁ……)
エアクラフターは却下したものの、現状あまり時間を掛けたくないのは自分でも分かる。事が起こるのが数年先とはいえ、それでも月単位は決して短い時間ではないのだ。
皆が頭を悩ませていると、不意に自分の胸元付近から聞き覚えのある声が届いた。
『お話はお聞きしました。マスター、こちらに一案があるのですがよろしいでしょうか』
自分のタグ型通信装置から響くマイの声。
いきなりの事に自分も驚きながら何とか機器を操作すると、ホログラムパネル上に彼女の姿が映し出された。
突然の事に驚くレーヌ達にマイを紹介すると、神殿には話したことは黙っておいた方がいいですねと苦笑されてしまった。
それはさておき。
「急に声が聞こえてびっくりしたよ。話聞いていたんだね」
『はい。この件につきましては私とて不本意な部分でもありますので。可能な限り協力はするつもりです』
彼女自身に止める術が無かったとはいえ、管理者としてそこに住まう人が困るのはやはり避けたいのだろう。
そうしてマイから告げられるある提案。それは獣亜連合国と魔国に対し安全にかつ迅速に行き来できるものであった。
その情報に自分を含めた全員が驚くことになり、更に話がまとまるまで数日を要することになる。
だが最終的にはマイからもたらされた提案に沿い事を進めることになった。
◇
「予想通りだけど絶対にこっちから手を出さないでね。向こうが出しても防御だけでお願い」
通常一般人がその上に立ち入ることが出来ない"祭壇の間"。その場所に自分を含め《風の軌跡》の面々が立っている。
そして現在自分たちの背後には幅約三メートル、高さ五メートルほどの大きさの"門"があった。
門と言っても枠があるだけで扉は無い。ウルティナの《門》の魔法が一番近いだろう。
見た目も性能も。
マイからもたらされた情報。それは移動用の"転移門"の存在だ。
効力としてはウルティナの《門》魔法と同じで、ある二点間を繋ぐいわゆるワープ系の代物。ただしこれらが使用できる場所は現在四か所のみ。
各国の首都にある【龍脈】の制御装置の直上と中央管理センターの一室。要するにもっともとエネルギーが交わる場所だ。
人王国ならば"召喚の間"、獣亜連合国なら現在立っている"祭壇の間"がそれにあたる。
この技術が確立されたのはレイスが召喚されて以後のこと。技術体系で言えば異世界召喚の手法と同じだ。
正直この時期にそんなエネルギーを食いそうなものを使って良いのかとマイに尋ねたが、それは問題無いと即答された。曰く次元や時間を超越し他の世界から人を呼ぶエネルギーに比べれば、同時間軸上で距離を縮める程度ならばエネルギー消費はそこまで大きくないらしい。
無論時期が時期だけにバカスカ無駄遣いはしないに越したことはないそうだが、十や二十使ったところで影響はないとのことであった。
そうして決行された《風の軌跡》の転移。とは言え問題が無かったわけではない。
"召喚の間"は王城の中でもかなり機密性が高い場所。そこに自分の仲間とは言えコロナ達他国の人が入る事に対し忌避感を示す者もいた。
こちらについては自分の希望と信頼性、また行先に彼らの出身地である獣亜連合国が含まれていることもあり何とか条件付きで許可が降りた。
そして更に問題があり……と言うか現在進行形でその問題が発生している。
簡潔に述べれば現在の俺達は不法入国しているのだ。
もちろんそれについて自覚はあるし、人王国側もそれは理解している。ただその上で獣亜連合国と言う国の性質も加味した上でこの運びとなった。
「で、どうすんだ? いつまでも睨めっこってわけにもいかねぇんだろ?」
「うん。とりあえずは前と一緒で待つよ。責任者が出てくるか、もしくは――」
まるでその言葉に合わせたかのように、周囲の包囲網から一歩前に出る獣人の女性が一人。
「こんな感じに知り合いが出てくるまでね」
その人はこちらを見るなり驚きと困惑が混ざった表情を浮かべ……そして苦笑すると言う百面相さながらの顔で歩み寄ってきた。
ポニーテールにまとめられた金色の髪を揺らし、浅黒い肌といかにも活発そうな顔つきである豹の獣人。そんな彼女に軽く会釈をすると、あちらも軽く手を振り返してくる。
「久しぶり、って言えばいいのかしらね? 前の時もそうだったけどあなた達って変なところから出てくるわよねー」
それは以前ヤヤトー遺跡で出会い、そしてここデミマールでも世話になったパル。
国の正規兵でもある彼女こそ自分たちが待ち望んでいたこの国の知り合いの一人であった。
~おまけ~
コロナ「パルさんが来てくれて良かったね」
ヤマル「まぁこれだけ目立てば誰かしら知ってる人は来るんじゃないかなとは思ってたけどね。他にはレオさんとか」
ドルン「だが誰もこなかったらどうするつもりだったんだ?」
ヤマル「んー、奥の手使うつもりだったよ」
エルフィリア「奥の手?」
ヤマル「コロに大声でイワンさんの名前を呼んでもらう」
エルフィリア「それは……」
コロナ「まぁ、うん。多分来そうだね……」
ドルン「そんな世界の終わりみたいな顔するほど嫌な奴なのか?」
ヤマル(公衆の面前で『コロナたーん』と名前を呼ばれた挙句熱い抱擁コースが確定だもんなぁ……。だから『奥の手』だし)




