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魔女と魔王と――(後)


「ぶんれい? なんだそれは」

「細かい説明は省くけど、ざっくり言っちゃえば魂を分ける事よ。ねぇ、そんな概念があるなんて中々興味深いと思わない?」


 レイスは何も言わない。表情を固めたまま視線はウルティナからすでに逸らしている。


「ところで……あなたの本体、どこかしらねー?」


 先ほどまでの余裕はどこへやら。覗き込むウルティナの視線から逃げるように目線を逸らしダラダラと汗をかくばかり。

 その様子を見てなるほど、とブレイヴは思う。ウルティナの口ぶりからこの目の前のレイスはいわば分身体の様なものなのだろうと理解する。

 だからこそこの場で仮に目の前のレイスを葬ったところで終わりではない。むしろすべての魂を滅することが必要となるのだ。


「くく……言うとでも?」

「あー、別に言わなくて良いわよ。聞いたところで信憑性なんてあるわけないんだし」


 そんなことを言いながらウルティナは自らの胸元に手を突っ込むとそこからある物を取り出した。

 それは八面体にカットされた緑色の魔石だった。魔石の先端からチェーンが出ており、一見すると何かしらのアクセサリーに見える一品。

 そのチェーンの端をウルティナが摘まむと、魔石がゆらゆらとレイスの目の前で左右に揺れる。


「ウルティナさん特製《魂封(たまふう)じの石》。効果は言うまでもないわよね」

「ふん、やれるものならやってみなさい。ただしこの女も道連れですがね」

「おっけー。じゃあ遠慮なくやっちゃうわね」


 瞬間、レイスの足元を中心に魔力で編まれた文様が浮かび上がる。


「ッ、正気ですか! この女がどうなっても……!!」

「非常に残念だけどねー。救えない一人の命より今後救える多数の命を取るわよ。あなたをここで野放しにする危険性、あたし達が理解してないとでも思う?」


 にこやかに告げるウルティナではあったが、目は一切笑っていない。

 どんなに鈍い人でも分かる"本気の目"。やると言ったからには絶対にやるのがウルティナと言う人物だ。

 ブレイヴはもとより、レイスとてその事は百も承知である。


「しかしどうやって私を封じるおつもりで? いくらあなたとて魂の操作は私が上。肉体から引きはがすことは絶対に無――」

「マーくん」


 名を呼ばれたブレイヴがゆっくりとレイスの後ろに立つ。

 そして右手を軽く上げ、その拳に魔力が集っていくのがレイスにもありありと感じとれた。


「忘れたわけじゃないわよね。以前あなたの魂をどうやって吹き飛ばしたか」


 二百年前はまず()()()ブレイヴが吹き飛ばした。

 その事は当事者である三人はその目でしかと見ていた光景だ。


「良いんですか。それをやればこの女は確実に死にますよ?」

「それが?」

「それが、だと……! この女が死んだ責任はどう取るつもりですか!」


 叫ぶレイスに対し、ウルティナは不敵な笑みで答えを返す。


「誤魔化すわ」

「もみ消すに決まってるだろう」


 さも当然とばかりに即答する二人に、レイスは強く歯噛みをする。


「く……! それに肉体が滅び魂が出ても私と彼女の二人分。あなたにはどちらが私か知り様がないはず!」

「二人纏めて封じれば問題ないわよね」

「はっ、それは無理ですね! 私には分かる。あなたが持っている石はどう考えても一回につき一人分しか封じられない……つまり一気に封じる事は不可能のはずです! ならば半分の確率でこの女の魂を封じている間に私は逃げることが出来る!」

「なら試してみればいいじゃない。あたし、こう見えても運は良い方なのよね」


 その言葉にレイスは小さく唸り押し黙る。

 現状逃げる方法はレイスが言ったように半分の確率に賭けるしかなかった。あの石に封じられたが最後、二度と外に出ることは無いだろうと言う予感があった。

 しかしその賭けに勝ち魂となったところで早急に王都内で肉体を探す必要がある。

 魂だけの存在は言う程便利と言うものではない。そのままでいれば世界の自浄作用で浄化させられてしまうことをレイスは身をもって知っているからだ。

 

「いいでしょう。この女の命を対価にその賭けに勝って――」


 勝ってみせましょう、と言うその言葉は続かない。

 何故ならレイスが見下ろす視線の先、メイドの胸から腕が突き出ていたからだ。

 後ろに立つブレイヴがメイドの胸を貫いた。それを即座に理解し予測していたレイスだからこそ、その後の動きは早い。


(この女が絶命し魂が出るまで数十秒。それより先に脱出する!)


 幾多の肉体を経由しその経験があるレイスだからこそ死亡までの時間は容易に算出できる。

 またレイスにとって魂を封じ込めるあの魔石は厄介ではあるが、それ以上に魂の扱いを熟知している為ウルティナの弱点を的確に見抜いていた。

 それは彼女がレイスと違い魂を自由に引き出せない事。

 もし同じ能力を扱えるのであれば脱け出るのを待つ間もなく体から引きずり出し捕まえればよい。それが出来ないと言うことは、魂の扱いにおいてレイスはウルティナの上位者であると言うことに他ならない。

 そんなレイスがウルティナを出し抜けると考えたのはこの瞬間。

 死亡し二つの魂が脱け出ると考え待ち構える彼女の虚を突き、レイスはメイドが死亡する『前』に脱出を図る。

 確率二分の一ではない。賽を振る前に逃げてしまえば、それは百パーセントの勝利に変わる。


 メイドの体が前に倒れ掛かるその瞬間、レイスは意を決しその身から脱出を試み、



「はいごくろーさまー」



 そしてあっさりと捕まった。


(?! 何が……!)


 魂だけとなったレイスの視界には一面緑の空間が広がっている。

 そんなレイスが捕まった《魂封じの石》の外では満足げな笑みを浮かべるウルティナの姿があった。


「いやー、出来の悪い魂の欠片で楽だったわねー。本体と離れすぎたのかしらね?」

「捕らえたのか?」

「もちろん。マーくんももう腕抜いて良いわよ」


 やれやれとメイドから腕を引き抜くブレイヴ。だが彼の腕には一滴の血すら付着していなかった。

 それどころかメイド自身すら怪我を負った様子も無い。服だって無傷のままだ。


「衝撃も血も無かっただろうに。よく騙せたもんだ」

「言ったでしょ、出来の悪い魂だって。前はもう少し頭回る奴だったでしょ」

「確かにそうだったな」


 昔の事を思い出しブレイヴがふぅと息を吐く。

 今回の流れはほぼウルティナが引いた図面通りの計画だった。ブレイヴの役どころは適度にレイスを小馬鹿にし、最後にその体を貫く役目。

 ただし命は取らずウルティナの作った魔法に手を突っ込む形だ。背中と腹部に小型の《(ゲート)》を作り、腹部を貫くように見せかけているだけ。メイドを縛り上げたのも背中と腹部の《門》の媒介を見せない為の処置であった。

 レイスの視点からは背中側に目は向けられず、腹部のゲートは胸が壁になり見つけることが出来ない。

 あとは勘違いをしたレイスが勝手に出てきたところをウルティナが捕縛する寸法と言った具合だ。


「まぁ最悪バレたとしても別の手は用意してあるからねー。ちょっと面倒な手だから楽出来て良かったってとこね」


 クルクルとレイス入りの魔石を振り回しながら明るい口調そう言うウルティナだが、ブレイヴの視線はその回された魔石に注がれていた。


「ところでソレは何に使うのだ?」

「これ? まぁ確実に中の魂を消滅させるための物ではあるんだけど、それ以外にもちょっと使い道があってねー」


 にんまりと笑みを浮かべチェーンの端を摘むと、ウルティナは何かの詠唱を口ずさむ。

 すると先端の魔石がゆっくりと浮かび上がり、その後街の外に向け動きだした。無論チェーンに繋がれている為その動きはすぐに止まる。


「ヤマル君風に言えば探知機(レーダー)ってとこかしらね。要は他のレイスの魂に反応する魔道具よ」

「なるほどな。しかしよくそいつがぶんれい……まぁ分裂みたいなもんか。それをしているのが分かったな」

「まぁねー。ヤマル君の話とミーちゃんに調べて貰った事を統合するとどうしても一人じゃ無理なのよね。協力者の線もあったけど、それならそれで今回だけで決着が着く訳だし」


 そして今回の当人と話をしてその疑念は確信へと変わる。

 わざわざウルティナがレイスと話をしたのも、その反応を見るためのものであった。


「しかし複数のレイスか……また頭が痛い話だ」

「ホント、しぶとい事この上ないわよねぇ。ゴキブリかってーの。ともあれ今後はコレ使って虱潰しに叩くわよ。アイツが何考えてるか分かんないけど潰してしまえば関係ないわ」

「まぁ仕方あるまい。世界の危機を救うのは勇者の役目だからな」

「そーゆーこと」


 他のレイスがどこに、何人潜伏しているか不明だが必ず見つけ出し確実に潰す。

 普段見ることが出来ない真剣な眼差しで、二人は石が指し示す方角を見続けるのだった。



 ◇



「そう言えば模擬戦に負けた際のあの約束、忘れたとは言わせんぞ?」

「分かってるわよ。腹立たしいけど約束はちゃんと守るから、あんまししつこく言わないでくれるー?」

「お前の場合『契約は踏み倒すためにあるのよ!』とか言いかねないからな」

「ぐ……。まったく、ヤマル君が負けるからこんなことに……」

「しかしその程度で済んだのもヤマルのお陰であろう。たまには優しくしても罰は当たるまい」

「えー、慈愛の化身であるあたしはいつも優しいんですけどー?」

「…………ハッ」

「あー! 鼻で笑ったわねこのなんちゃって勇者! よし今日こそ泣かしてやるわ!」

「ふはは、よかろう! 来るがよい自称慈愛の化身よ!」



 その日、外壁の上から何かがぶつかり合う音がすると言う情報が兵士隊に複数届けられるものの、結局その正体は掴めず調査は空振りに終わるのだった。





~おまけ・ポチの言語理解度について~


コロナ「前から気になってたんだけど、ポチちゃんってどれぐらい頭良いの?」

ヤマル「どしたの急に」

コロナ「だって喋れないだけで私たちの言葉を殆ど理解しているみたいな感じだし、なんとなく気になって」

ヤマル「んー、そうだね。ポチ自体は"ものすごく頭の良い動物"ぐらいかな。こっちの雰囲気察して大雑把でいいなら言うこと聞いてくれるし」

コロナ「うーん……例えば?」

ヤマル「そうだね……コロが『ポチおいでー』とか『あれ取ってきてー』みたいなのなら伝わるかな。ただし細かい内容だと無理だね。例えば俺がドルンとエルフィが喋ってるときにコロがポチに『ドルン呼んできて』と言っても、"誰かを呼んでくる"ってとこは雰囲気で伝わるけどそれが"ドルン"だって正確には無理、みたいな感じ。まぁ自分たちの名前だったら理解してるけどね」

コロナ「なるほどね。……あれ、でも普段ポチちゃんってその辺の細かいのもちゃんと聞いてくれてるよね?」

ヤマル「まぁポチは大体俺と一緒にいるからね」

コロナ「……?」

ヤマル「ん-と、俺とポチって獣魔契約してるよね。で、互いに喋らなくても意思疎通は出来る、って所までは知ってる?」

コロナ「うん。そのお陰でヤマルの指示とか思ったことを確実に実行してくれるんだよね」

ヤマル「そそ。それで誰かがポチにお願いするときは、その内容を俺も聞いてる事が殆どなんだよね。だから『誰かがポチにお願いする』『そのお願いの内容を俺が理解する』『俺が理解した内容をポチが理解する』って流れでポチも細かい部分まで分かってくれるってわけ」

コロナ「あー……そう言う事だったんだ。じゃあヤマルが話の内容を勘違いしたら……」

ヤマル「ポチも勘違いして動くんじゃないかな。まぁ俺がいなくてもポチは十分頭良いと思うけどね」


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