再会(CとSR)2
「ヤマルもポーション作ってみるかい?」
「え、いいんですか? でも出来ますかね……」
「さぁ、どうだろうねぇ。まぁやり方は教えてあげるさね。若いんだから何事も挑戦じゃよ」
そう言うと彼女はてきぱきと実験台の上に必要な道具と素材を並べていく。
先ほどは手早く製作するのを見ているだけだったのでその過程までは追えなかった。しかしこうしてみると思ったよりも少ない品で出来ているんだなぁと思う。
「一回の製作で使う量はちゃんと覚えておくんだよ。まず薬草一枚、そして水。以上じゃ」
「あれ。……え、それだけですか?」
「そうじゃ。じゃがポーションがそこそこの値が張るのはその製作過程にて一つ、難しいところがあるからじゃの。まずはそこまでやってみようかの」
そしてローズマリー指導の下、初めてのポーション作りが開始される。
「まず薬草は茎ごと葉をみじん切りにするんじゃ。すりつぶしでもいいが、とにかく細かく刻むことじゃ」
「分かりました」
借り物の包丁でザクザクと薬草を刻んでいく。
刻まれた薬草自体は先ほどローズマリーが作っているときに目にしているので、それを目安にガンガン細かく切っていった。
「次にその刻んだ薬草をこの布の上に置き、中身がでないよう四隅をしっかりと包んで縛る」
「この布は?」
「茶葉を入れるやつじゃの。薬草の葉を残しながらエキスだけを染み出させるために使うんじゃ」
なるほど、確かに刻んだ薬草は茶葉のようである。ポーションがお茶と言われてもこの製作過程なら納得してしまいそうだ。
言われたとおりしっかりと布を縛るとまるで小さな風呂敷包みに包まれたような形になった。
そして次にローズマリーが出してきたのはガラス製のカップだ。見た目は透明なマグカップに注ぎ口がついたかのようである。
「これに水を入れる。後で継ぎ足すから目分量になるがこいつだと大体八分目ぐらいかの。そして薬草布をゆっくりと水に沈めるのじゃ」
水道から水を出してカップ八分目ほど注ぎ入れ、そして中の刻んだ葉が出てこないよう慎重にそれを沈めた。ゆっくりと布が底まで達するが、中身がこぼれることは無かったようで一安心だ。
「さて、この後はこの台にカップを乗せ下から火であぶってひたすら煮詰めるわけじゃが……ここからが先ほど言った一番難しくなるところじゃ。ヤマル、お前さん魔力はあるかい?」
「それが殆ど無いらしくて……」
「なら単独の魔力操作も無理かの。とりあえず説明だけはしよう、ここからはあたしがやるから良く見ておくんじゃよ」
しかしその安心も魔力の話になると途端に雲行きが怪しくなり、結局無理と言う結果に落ち着いてしまう。
確かに魔法の薬であるポーションだから魔法が関わってても不思議ではなかったかもしれない。
とりあえず今後何かに役立つかもしれないのでローズマリーの話はしっかりと聞いておくことにする。もしかしたらコロナが作れるかもしれないし。
「簡単に言えばこの水に薬草の成分を混ぜることでポーションは出来る。じゃがその成分はまさに油のような感じでの、普通じゃかき混ぜても分離するだけなのじゃ。そこで水と成分をくっつけるために魔力が仲介役となるのじゃよ」
見ておれ、と言いローズマリーが箸ににた棒で水をかき混ぜるが、薬草から染み出した緑色の液体はくるくる回るだけである。
手を止めしばらく様子を眺めているとその緑色の液体が底に沈殿し、完全に水と分離した状態になってしまっていた。これが魔力を使わずにかき混ぜた結果だろう。
続いてローズマリーが再び水をかき混ぜる。今度も沈殿しかけたかに見えたが少し違った。
確かに水と成分は分離しているが、水の部分がほんのり緑色に染まっている。
「このように魔力を中に注ぎ染み渡らせることでポーションが出来る。もちろんこれじゃ薄くて使い物にならないがの。大体半透明ぐらいがベストといったところじゃ」
「なるほど……確かに魔力操作できない自分じゃ無理ですね。あれ、でも火であぶる工程はどこで?」
「もちろんここでじゃ。大体煮立つぐらいの温度かの」
そういうと台座の下にアルコールランプとバーナーを足したような器具が置かれた。
ローズマリーが操作すると先端から火が点き、ガラスカップの底面をあぶり始める。
「水が温まることで薬草成分が溶けやすくなるのと、水分が蒸発することで魔力濃度が上がるのじゃ。これで幾分かポーションが作りやすくなるが問題はもちろんある。まず濃度が高すぎるポーションは失敗作で使えない。つまり混ぜきるまでにすべての水分が蒸発してはもちろんダメじゃ。魔力を注ぎ徐々に魔力濃度を上げつつ、水を継ぎ足しながら分量を調整、そして水と薬草成分とのバランス。これらを全て行うことで初めて完成するのじゃ」
カラカラと混ぜ棒が瓶の内側に当たる音を響かせつつ、徐々に水が見知ったポーションの色に近づいていく。
「あたしクラスならこんなもんじゃが熟練の薬師でも製作速度はもっと落ちるかの。ポーションが高いのはこういった量産に向かない製法と造り手が足りないからじゃな」
「確かにこれだと時間かかりそうですね……。あ、でも水魔法使うなんてどうです? 最初から魔力で造った水なら、魔力濃度高いんじゃないですかね」
前にマルティナがファイアーボールを使ってるのを思い出しそう提案する。多分ウォーターボールあたりの魔法もきっと存在するだろう。
なら例えばタライや水瓶にウォーターボールを放ち水を溜めればポーションの製作効率がぐっと上がるのではないだろうか。
しかしこちらの期待をよそに、ローズマリーは小さく首を横に振る。
「あたしもそう提案したんじゃがダメじゃったの。水系魔法を使ってもらったんじゃが、確かに着弾時には水はあったがしばらくしたら消えてしまったのじゃ。『水弾を放つ』が達成されたからとかなんとか言っておったの」
多分魔術構文のことだろう。
つまり効能自体が水で敵を攻撃するで完結しているから、それ以降は効果範囲外で消えてしまうと言ったところか。
……あれ?
「まぁそういうことじゃから、今のところは地道に混ぜるしか――」
「あの……これだともしかして良さそうです?」
空いてたカップを手に取り《生活の水》で水を注ぐ。
魔力自体は少ないものの、魔法で出来た水。もしかしたらいけるかもしれない。
「今の、魔法かい?」
「はい。ただ魔力が少ないので濃度がそもそも低い可能性もあります。でも一応試したいなぁと」
やってごらん、と言われ再び薬草刻みから製作を始める。
流石に二度目となると少しだが作業速度も上がっていた。やはり一度でも経験するということはとてもいいことだと思う。
薬草を刻み終えるともう一枚布を借り先ほど同様しっかりと縛る。
そして《生活の水》で浸されたカップに薬草布をゆっくりと沈めると、じんわりと布から成分が溢れ出して来た。
後はこれが水とちゃんと混ざり合うかだが。
「ほら、棒と火だよ」
「あ、大丈夫です。暖めは煮立つぐらいでいいんでしたっけ」
カップを手に持ちまずは《生活の火》で水をお湯に変化させる。
瞬時にお湯に変わったことにローズマリーは驚くが、さらに《生活の風》でお湯がゆっくりと回り始めたことにさらに驚きの声を上げた。
「おやまぁ、すごいじゃないかい!」
「いえ、自分はこんな小さいのしかできませんから。でも今回は助かってますので嬉しいですね」
苦笑しつつ魔法でお湯を混ぜることしばし。
一旦動きを止め中の様子を見ると多少分離はしているもののしっかりとお湯に色がついていた。
「おー! 出来ましたよ!」
カップを掲げるようにローズマリーに見せると、彼女は本当に驚いたのか目を瞬かせていた。
そんなにすごいことはしていないはずなのだが何でだろう。
実際作り方はローズマリーに習った通りでしかない。ただ魔力操作が出来ない分、代わりに自前の魔法で済ませただけだ。
「なんかあっさりやられると教え甲斐ないねぇ」
「そんなことないですよ。自分は出来ること少ないですから……結局少ない手持ちでどうにか工夫するしかないんですよ」
今回だってたまたまポーション作製に魔法が適合してくれただけだ。
実際この魔法だってこっちに来てから覚えたものだし、決して自分の実力などではない。
「まぁ自分のとこは楽に楽にと改良とかするような国民性ですからね。今回のもそんな考えみたいなもんですよ」
そう言って再び魔法でかき混ぜていくと、程なくしてよく見知った半透明の液体になった。
自分でこういったファンタジー物の代表格が作れたことにはすごく満足である。何せ今度から時間あるときにでも作れるからだ。間違いなく経費が浮く。
そしてそれ以上に嬉しいのがこんな自分でも戦闘面で役立つものが作れるようになったと言う事実だ。
セレスがいればそうでもないが、生憎彼女は国の庇護下にある。冒険者にとって怪我を治すポーションが自前で作れるのは大きい。
「まぁ予想とは違ったものの無事作れたのは良かったのぅ」
「えぇ、ほんとローズマリーさんには感謝してますよ」
「なぁに、ちょいと後押ししただけじゃよ。他のも覚えていくかい?」
「え、ホントですか! 是非お願いします!」
瞬間、俺は確かに見た。
三角帽の陰に隠れてたローズマリーの目が怪しく光るのを。
「言ったね、確かに聞いたよ?」
「いや……言いましたけど……」
あ、これあかんやつだ。同じような顔を前に一度見たことがある。
このローズマリーの顔はマルティナが飴をねだった時と同じ顔だ。つまり『捕食者』の顔である。
「なぁに、ちゃんと教えてあげるさね。もちろん実施研修での」
「あの、お手柔らかに……」
「何、材料は今日色々持ってきてもらったからの。貯蔵は十分じゃ」
ヒェッヒェッと怪しく嗤うローズマリーの姿は完全に魔女のソレであった。
退路は……無理だな。多分逃げてもものすごい速度でこの老婆が追ってくる。そんな確信めいた予感があった。
ならば腹を括るしかない。きっと無茶はしないだろう……多分。
「さぁ、覚悟はいいかい?」
「し、しぬかとおもった……」
無茶はしない、そんな考えなど激甘だった。
普段量産が困難な分、こちらの魔法を使ってガンガン製造させられた。まさに工場のラインの如くの効率だったと言えよう。
消費が少ないことが売りの《生活魔法》だったのに魔力枯渇寸前までもってかれた。
それにより倒れそうになったが、ご丁寧にローズマリーはマジックポーションを作っていた。
死人ですら目が覚めそうなマズさのポーションを流し込まれては強制的に意識は覚醒させられ、魔力も回復したことで作業は続行させられた。
それを日が暮れるまでの時間、ほぼ丸一日延々とである。
ローズマリーの家にあった材料が底を尽きたことでようやく開放されたのだった。
ただし約束通りポーションを含め各種レシピは教えてもらった。いや、正確には叩き込まされたが正しいかもしれない。
数をひたすらこなすことで体に染み付いたと言う感じだった。
一応メモ用の本にはレシピは書きとめたし、スマホで材料や完成品の外観の写真も撮った。難しそうな部分はローズマリーに実演してもらい動画撮影も行った。
まぁスパルタではあったが確かに約束は守ってもらったと言えるだろう。
そして現在、依頼主がいる商店への帰路についてるわけだが。
「おーい、ポチー」
「わぅ……」
そこそこ距離を置かれている、悲しい。
まぁ仕方ないと言えば仕方ない。何せ現在体中から薬の臭いがしているからだ。
帰るときにポチを呼んだらすぐに出てきたものの、いきなり急ブレーキをかけられ離れられたときは本気でショックだった。
「はぁ、とっとと帰って臭い落とすか」
ため息一つ、一人ごちると商店へと足早に向かう。
店に到着するとあまりにも遅かったため商店主に心配されたが、とりあえず仕事自体は成功したと報告をする。
遅かった分の追加報酬も出すと言ってくれたが、半分は自分のせいでもあったためそれは辞退することにした。さすがにこれで貰うのは心が痛むからだ。
それでも元々の金額が少ないこともあり、商店主の好意で少しだけ出してくれることになった。
「あ、そうだ。もし売ってたらちょっと欲しいものがあるんですけど……」
ローズマリーの品を用意してるのならもしかして、と思い尋ねてみたら予想通り希望の品があった。
折角なので追加分報酬の代わりにそれらを貰う事にする。
「いいんですか、一旦お金貰ってからの方がお得ですよ?」
「えぇ、これで十分ですよ。今は欲しいのはこれらですし」
「では少しだけおまけしますね」
貰ったのはローズマリーのところで使ってた製薬用の器具だ。
ただし冒険者として色々出歩く自分にとって割れ物は持ち歩けない。なので貰ったのはガラスではなく木製のカップと茶葉用の布数点だ。カップは流石に木製のため横からは中身が確認できないが、注ぎ口と取っ手がついてる物を貰った。
これがあれば少なくともポーションは作れる。店頭には材料もあったがそこは自前で用意するか必要なときに買えばいいだろう。
「冒険者の皆さんってもっと荒っぽい人と思ってたんですが、少し違うんですね」
「あー、人によってと思いますよ。自分みたいに荒事苦手なのも……いないか、まぁたまにいるかもしれませんし」
「では次必要なときはあなたを指名しますね。こちらとしても無難にこなしていただける方はありがたいですし」
「あはは……ありがとうございます。では自分はこれで……じゃないや、忘れるとこだった」
危うく帰ってしまうところで一つ用件を思い出す。
カバンを漁り中から一通の手紙を取り出した。商店主宛の手紙である。
「はい、こちらをどうぞ。あの人から預かってきましたので。では!」
「あ、ちょっと!」
ローズマリーから店主宛の手紙なんて注文書ぐらいしか思いつかない。
つまりそれは明日以降も今日みたいに魔力をごっそり絞られる可能性があることを意味している。
なので商店主には悪いが彼に手紙を押し付け早々に退散することにした。ローズマリーの手伝いはたまにはいいかもだが、流石に毎日は勘弁してもらいたい。
「ポチ、ギルドいくよ!」
「わん!!」
外で待ってたポチに声をかけ、冒険者ギルドへと逃げるように駆けていった。
ヤマルは ポーションさくせいを おぼえた!
はい、今回ポーション作製を覚えましたが、実際のところヤマルと本職の薬師の方々とでは品質に差があります。
例えるなら本職の方は精米して竈で丁寧に炊き上げるご飯、野丸は無洗米で電子ジャーを使って作るご飯といったところでしょうか。
ローズマリーが取ったように本職監修の下で馬車馬の如く作らせるのが品質と量産がどちらも取れる形になりますね(作り手の疲労は度外視ですが)
……ローズマリーに消臭系アイテム作らせても良かったかも?




