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伝説の魔女


 伝説の魔女。

 それは人王国の魔術師全員にとって魔法の祖と言える人物だ。


 二百年前の大戦時、異世界人の召喚により呼び出された彼女は人間に魔法を教え戦争を戦い抜いた。

 こと戦闘能力において獣亜連合国や魔国の国民よりも数段劣る人王国。

 当時劣勢――いや、敗北手前だった王国軍をまとめ、最終的に和平交渉を持ち込むほどまで戦線を立て直したその手腕から今でも彼女を崇める人間は多い。

 その後の魔術の発展や魔道具や魔道装具などの各種アイテム、街のインフラに至るまで生活のありようを変えたその功績から、人々は『伝説の魔女』として今も称え続けている。


 と言うのが自分が王都にいるときに聞いていた内容だった。


「もうお婿にいけない……」


 彼女の家のリビングの片隅で膝を抱えて蹲る。いわゆる体育座りである。

 先のことを思い出すだけで精神がゴリゴリと削れて行く。今現在自分のメンタルはSAN値直葬まっしぐらだ。


「男の子が情けない事言うんじゃ無いの。ちょっと今までのこと教えてもらっただけじゃない」

「人生全部覗き見されるのはちょっとどころじゃない……」


 ウルティナから立ち話もなんだから中に、と誘われほいほい着いていってしまったのが運の尽きだった。

 もしコロナがこの場にいれば『美人さんに鼻の下伸ばしてるからそうなるんだよ!』と叱責されかねない失態だ。

 そしてリビングに備え付けられてた椅子に座った瞬間、何故かどこからとも無く現れたロープで椅子ごと簀巻きにされた。


『さてさて、君はどんな世界からやってきたのかなー?』


 その時のウルティナの目はまさしく獲物を捕食する前の肉食獣のような目だったと言っておこう。

 そして何やら魔法を使われ頭の中、それこそ自分が忘れてたであろう事までほじくり出された。

 墓の下まで持って行こうとした秘密や恥ずかしい出来事など余すことなく丸ごと見られ暴露されれば、誰だって膝を抱えたくなるものである。


「まぁでも大体は分かったわよ。そもそも召喚石の製法作ったのもあたしだしね」

「そう言えばそうでしたね……」


 確か摂政らもそんなことを言っていたのを思い出す。

 あの召喚の手法を改造し、媒介を人命から召喚石に変えたのは伝説の魔女。つまりこの人だ。

 ……最初本当にこの人が、と思ったが、頭の中覗かれてる際にこの人が伝説の魔女だと言うことは徹底的に叩き込まれた。

 その際、自分が持つ《生活魔法》がこの人が作った魔法であり、またここに来るための資格であることも教えられた。

 個人的にはこの魔法に助けられた事は一度や二度ではないし、そもそも自分が扱える唯一の魔法でもある。

 その製作者である彼女には感謝してもしたりないはずなのだが、もはや感謝の念など先の一件で吹き飛んでしまっていた。


「でも君は良いわね。魔力ほとんど無い人なんてこの世界じゃいないからねー。やっぱり異世界の人は歩くびっくり箱って感じで大好き!」

「左様ですか……」

「ほらほら、頭撫でてあげるからいじけてないで機嫌直しなさい」


 美人から撫でてもらえると言うシチュエーションなのにあまり嬉しくない。

 普段なら恥ずかしがって振りほどこうとするが、全部見られた現状ではすでに抵抗の意思さえ沸いて来なかった。


「まぁとにかく椅子に座りなさいな。もう取って食べたりしないから」

「食べてる自覚はあったんですね」

「おっと」


 失言失言と口元を押さえるウルティナだが、あまり反省の色は無さそうだった。

 とりあえず言われるがまま再度椅子に座り直す。


「さて、それで召喚石に魔力を入れたいって話だけど、出来るか出来ないかって言われたらもちろん出来るわよ」

「え、本当ですか?!」

「おっと、元気になったわね。現金な子は嫌いじゃないわよー」


 くすくすと笑うウルティナは見てる分には本当に絵になる人である。

 ただし中身を知ってしまった以上、何か裏がありそうな感じがして素直に受け取ることができなかった。


「と言っても今すぐは無理かしらね。やっぱりそれなりに魔力は必要だし……そうねぇ、あたしの昔の工房(ラボ)なら効率よくやれそうね」

「工房……ここじゃないんですか?」

「ここは別荘みたいなものよ。もちろん研究するだけの設備はあるけど、召喚石なら専用の設備が欲しいからねー。……何よその顔、信じられないの?」

「あー……いえ、信じてないわけじゃないんですけど何かとんとん拍子に事が進んでるものですから……」


 そう胸のうちを明かすと彼女は柔和な笑みを浮かべた。男なら一発で落ちそうなほどの笑顔だ。

 だが自分はこの短時間でこの顔の意味を十二分に理解している。いや、理解させられているが正しいかもしれない。

 この顔はおそらく『あら、理解の早い子は好きよ』と思っている顔だ。そしてそう言った悪い予想は得てして当たるものである。


「あら、理解の早い子は好きよ。つまり『この大魔女のあたしを動かそうならどんな対価が必要になるか分かったもんじゃない。でもいざとなればこの身差し出してでも……』って思ってるのよね」

「いや後半違いますから」


 まぁこの身の件は思ってないが、少なくともこの様な場所で隠居生活をしてる伝説の魔女が無対価でやってくれる。そんな上手い話があるわけは無いとは思っていた。


「まぁでも君が支払えそうな対価はあるわよ。例えば……」


 つ……とウルティナの青い瞳が自分のかばんのある一点を見据える。


「そこに入ってるカーくんからの贈り物、とかね」

「カーくん……。というより本当に何でもお見通しですか」


 割と最近の話なのに、と呟きつつ、かばんの中からある物を取り出す。

 それはカレドラがここに行くのであれば持って行けと言われたピンポン玉程の透明な石が二つ。

 以前自分が元の世界に帰った後の事で相談した際、最後の一室に竜の卵の殻と一緒に安置されていた物だ。

 この丸い石が何なのかは聞いていないが、これを使えば良いとだけ言い持たされた代物である。

 テーブルの上にそれを置くと、ウルティナは二つとも手に取り天井のランプで中を透かし見るようにそれを掲げた。


「カーくんがこんなのくれるなんて珍しいわねぇ。君、よっぽど気に入られたのね」

「あの、カーくんってカレドラさんの事ですよね。それにその石って何ですか?」

「ん~……ヒミツ! まぁあたしへの対価その二ってとこかしらね。あ、悪いようには使わないから安心しなさい」


 何なのか全く分からないから悪い事に使う方法すら思いつかないんですけど……。

 しかしカレドラから贈られウルティナが気に入るほどの品ともなればよっぽど価値がある物だったのだろう。

 これで協力を……って、ちょっと待って。


「その二?」

「うん、その二」

「その一は?」

「君の記憶と異世界の知識を色々見せてくれたでしょ?」

「勝手に見られ……いえ、なんでも。ちなみにそのいくつまであるんですか?」

「ナ・イ・ショ!」


 キャ!と恥ずかしそうに頬に手を当てるウルティナだが、その三以降を考えると頭が痛くなってきた。

 あれほどの物なんてそうそう手に入る事はないだろう。今後彼女にどれほどたかられるのか想像も付かない。


「とりあえず早速その三お願いしようかなー」

「その三って言っても自分そうホイホイと出せる物持ってませんよ」

「うん、知ってる。見たし」


 ですよねー……この人現在の自分の所持金まで把握するぐらい見てるからねー……。

 がっくりと肩を落とし項垂れるこちらに『簡単なことだから大丈夫よ』と彼女はその三の内容を発表する。


「君の仲間に会いたいかなー。表にいるんでしょ、()()()


 何か今からとても悪い事しますよ、もしくは悪事企んでますよと言わんばかりの怪しい笑みを浮かべるウルティナ。

 その顔はまさにブレイヴが言っていた天敵の意味が良く分かる表情だった。



 ◇



 ウルティナの別荘を出て門をくぐると、そこは元いたマガビト達の広場だった。

 後ろを見れば石の門があり、そこから先はウルティナの家屋ではなく巨木の幹が視界一杯に広がっている。


(あぁ……)


 出所した囚人はもしかしたらこの様な清々しさを感じるのかもしれない。

 短時間にも関わらず、長年捕らえられていたかのような感覚。そしてそこから脱出できた開放感。


「あ、帰ってきた!」


 こちらを見つけ皆が小走りによってくる。その皆の顔を見ては自然と胸中に安堵の感情が湧き出てきた。

 自分はこんなにも仲間に恵まれている。今までも感謝はしていたつもりだったけど、今後この世界にいる間はもっと大事にしよう。そう心に深く誓う。


「おかえり! 裏長(うらおさ)さんとは会えた?」

「うん。まぁ会えたし協力してもらうことになったよ。ここじゃ無理だから俺達と一緒に行くって言ってた」

「ほぉ。突然訪ねた割には随分と話が分かる人じゃねぇか」


 そりゃもはやあの人は自分の全てを知っている人である。

 少なくとも害を成すような存在でないと言うことは当人も知るところになったのも大きいだろう。

 問題はその為に払った代償(無許可)が無茶苦茶重かったというだけだ。


「そう、だね。ちょっと色々頑張ったから……」

「……? ヤマルさん、ちょっと顔色優れないみたいですけど、大丈夫ですか?」


 ちょっと遠い目をしていたらこちらの顔を覗きこむように心配そうな声を掛けてくるエルフィリア。

 今そんな優しい声を掛けられると正直なところ物凄く心にクる。思わず後先考えず抱きついてしまいたくなる程に。

 流石に実行する勇気も度胸も無く理性も残っているので行動には移さないが、思った以上に精神的なダメージがあるのかもしれない。


「うん、大丈夫。ちょっと圧倒されちゃったって言うか……」

「伝説の魔女様だもんね。無理もないかも」

「あれ、皆知ってたの?」

「えぇ、さっきアイツから聞いて……何してるのよ」


 見ればブレイヴが門に向け右手を構えていた。


「ヤマルが戻ってきた今、ヤツが出てくる前に封印しておくのが一番だろう?」

「いや、止めなさいって。マガビト達がすごく睨んでるわよ」

「ならば出会い頭に一撃食らわせねばイニチアシブを取られかねん。どちらが上か最初に叩き込んでおけば今後の旅で有利になろう」

「そんな動物じゃないんだから……」


 ミーシャの言う事も尤もだが、ウルティナを見た今ならブレイヴの気持ちも分からなくは無い。

 もちろん叩くとかそう言うのは自分とてNGだ。

 と言うかブレイヴは彼女と一体何があったんだろうか。単なる顔見知りではなく、ここまで来るとむしろ因縁めいたものすら感じる。


 そして待つことしばし。

 門の内側が小さく光り、そこから見える風景が僅かに歪む。まるで何かが干渉しているような光景だった。

 それを見たブレイヴは一層門を睨み「やはり最初は右フックか」などとかなり物騒なことを呟きだす。

 いきなり殺傷沙汰とかやだなぁ、と思いながら固唾を呑んで門を見守っていると、ウルティナが勢いよくその姿を現した。


 ブレイヴの真後ろから。


「マー君おひさー!」

「うごぉ?! 離れんかこの女狐!」

「やん!」


 後ろからブレイヴに抱きついたかと思えば、次の瞬間には彼の肘鉄がウルティナに向け振りぬかれる。

 ブレイヴの本気の攻撃は腕がブレて見えるほどに高速。しかもあまりの威力に衝撃波が出る始末だ。

 しかしそれを予想していたかのようにウルティナの姿が消え、次の瞬間には自分の隣に現れる。


「もう、久しぶりの再会なのに随分なご挨拶じゃないー」

「よし良く分かった。今から永遠の別れを進呈してやろう」

「やー、マー君こわーい!」


 明らかに人が溶けそうな炎を手から出すブレイヴに対し、身をくねらせるウルティナ。だがその顔はどう考えても怖がっているようには見えない。

 そんな二人に対し皆の反応は大きく分けて三通りだ。

 一つは自分やコロナ達みたいに圧倒されている組。

 傍から見ればじゃれているように見えなくも無いが、どう見ても殺意全開のブレイヴと茶化しているウルティナにどう対応していいか分からない面々だ。

 もう一つはマガビト達。

 ウルティナを裏長としているせいかブレイヴの行動に対しあまり良い印象を持っていないようで、彼に向けて忌々しげな視線を向けている。中には武器を手にする者さえいた。

 しかしウルティナ自身が楽しそうにしていることと、ブレイヴの力を肌を持って感じているのかこちらも手が出せない状態だ。

 そして最後の一つは。


「だだだ抱きついてて……!」


 先ほどウルティナがブレイヴに抱きついた光景で大ダメージを受けている魔王様。

 わなわな、ではなくガタガタと高速で震えているためか、彼女の姿がブレて見える。


「もぅ、昔あんな熱い夜を過ごした仲じゃないのー」

「熱い夜?!」

「よし分かったあの時みたいな消し炭をご所望か今すぐやってやろう」

「ぶー。マー君だって溶けかけてたくせにー」


 どうやら炎系の魔法か何かでやりあった、と推察するが、熱い夜だけしか頭に入っていないミーシャはそれどころでは無さそうだ。

 と言うかやるなら今すぐ隣から離れて欲しい。折角帰れる算段が出来ているのに巻き添えは御免である。

 いや、それもだけど先ほどから気になる事が一つ。


「あの、ウルティナさん」

「んー、なぁに?」

「マー君? ブレイヴさんじゃなくて?」

「そうよー。何で名前変えちゃったのかしらねー。カッコイイ名前だったのにねー」

「え、名前違ったんですか?!」


 驚愕の表情と共に自分を含めた風の軌跡の面々が一斉にブレイヴを見る。

 こちらの視線に「チ、余計なことを……」と舌打ちして顔を背ける辺り、どうやら本当の事のようだ。

 ミーシャはこの事を知ってたのだろうかと再度彼女の方を見るも、未だに精神がどこか飛んでそうな様子なので聞くのは難しそうだった。

 

「……偽名?」

「違う、ブレイヴ=ブレイバーは魂の名だ!」

「それでもいいけど本名はー? あたしがバラしてもいいけど、流石にこの子達に黙っておくのは不誠実じゃないかなー? 勇者さんは隠し事するものじゃないと思うけどなー?」


 ホント良い性格してるなこの魔女様は……。

 マンガならきっとフキダシから矢印が伸びブレイヴの頭をチクチクと刺しているようなそんな光景だ。

 言われた当人もその事実に、そして何より言ったのがウルティナだったせいか、彼にしては珍しく両手を強く握りプルプルと小刻みに震えていた。

 しかしそれも束の間。ふ、と息を吐き出すと彼は胸を張りいつも通り自信に満ちた笑みを浮かべこちらに向き直る。


「ふ……バレてしまっては仕方あるまい。ならばとくと聞くが良い! 我が名はマティアス……マティアス=アージェン=オーディヴェイルだ!」

『おぉ……』


 何か思ったよりカッコイイ名前だった。

 もしかしたら本人的にあまり名前が気に入らないからブレイヴと名乗っていたのかと勘ぐっていたが、この様子だとどうやら違うようだ。

 しかし何でまたこの名前からブレイヴに変えたのだろう。この名前だと何か不都合でもあったのだろうか。

 そんな疑問を抱いていると、まるでこちらの思考を読んだかのようにウルティナがブレイブの言葉に追加の一言を付け加える。


「ちなみに二百年前にあたしとドンパチしてた当時の魔王様でーす!」


 ――特大の爆弾を添えて。



ブレイヴとウルティナの関係性を一言で表せば【腐れ縁】でしょうかね。

ほぼ一方的に嫌がってるブレイヴですが、その実力は誰よりも認めてたりします。なお相性……

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