竜に至る道
「ドラゴンを探しているのか?」
大図書館で本を読んでいると部屋の入り口から聞き覚えのある声。
全員が本から目を離しそちらを向くと、そこにはドアに手をかけ微妙にポージングを決めているブレイヴの姿があった。
「探していると言いますか……それより今日はどうしたんですか?」
「なに、ただの野暮用だ」
ちなみに本日はブレイヴを呼んだ覚えは無い。
呼べば来てはくれるとは思うが、この街に着いてから半分以上は彼と顔を合わせている。
流石にそう毎日呼ぶのも悪い……と言うか一緒にいるとちょっと圧倒されるので今日は呼ばずにいたのだ。
「……あれ、そもそも俺ドラゴンのこと調べてるって言いましたっけ?」
彼の言葉に疑問を抱き逆に彼へ問い返す。
自分が今調べているドラゴンの事はコロナ達ですら今日知った事。
ブレイヴには魔宝石を捜しているのは教えたが、ドラゴンの事を調べてると言った覚えは無い。
「いや、あの小鳥の司書に聞いた。用も済んで帰ろうとしたのだが、もしや今日もいるかと思って尋ねたのだ。ドラゴンの件もその時聞いたな」
「そうでしたか」
「うむ。ドラゴンを探しているなら我なら伝手が無いわけでもないぞ」
「おぉ、すごいですね。……へ?」
さも当たり前のように言うからスルーしかけたが、何か今とんでもない事を口にしたような。
一旦落ち着こうと皆の方に視線を向けるも、全員ぽかんとした表情をしていた。多分自分もあんな感じの顔をしてるんだろう。
「あの、何かドラゴンを知ってるような言い方でしたけど……」
「知っているぞ。無論サラマンダーや飛竜ではないドラゴンだ。案内が必要なら連れて行くことも吝かではないが」
どうするのだ、と問うてくるブレイヴだが、いきなり降って湧いた話に頭が付いてこない。
一旦その回答を保留にし、皆で話し合う事にする。
と言っても個人的には気持ちはすでに固まってはいるが……。
「ヤマル、どうするの?」
「いや、どうするもなにも流石に生きてるドラゴンはダメ、パス、危ないよ」
「ま、それが無難だな」
流石にドラゴンは限度を超えている。
このメンバーにブレイヴが加わったとしても何かの拍子に大怪我をする可能性は否めない。むしろ自分が一番怪我しやすい。
下手をすれば死ぬ可能性だってある。ただでさえ危険と隣り合わせの世界なのだから、ドラゴン退治なんて完全にこちらの許容超過だ。
「ヤマルさん。でも折角の魔宝石を手に入れるチャンスを棒に振るのは勿体無いような……」
「まぁその辺の気持ちが無いわけじゃないけど、流石にドラゴンはねぇ……。それとも誰か《竜殺し》の二つ名狙ってる?」
「わ、私は特には……」
「素材は欲しいが危険度が釣り合わねぇからなぁ」
「私は欲しいけど実力が伴ってからじゃないと誇れそうにないかなぁ?」
と言う訳で満場一致でブレイヴからの提案は却下することにした。
折角の申し出だが、やはり共通見解として『危ない』の一点が大きい。ドラゴン相手では手に余るのが目に見えているからだ。
「ブレイヴさん。折角の申し出なのですがやっぱり自分達には荷が勝ちすぎるので……」
「む、そうか?」
「えぇ、流石にドラゴン退治はいくらなんでもキツいですよ」
ねぇ?と皆に視線を送ると全員が同意を示すように首を縦に振る。
だがそんなこちらの様子を見たブレイヴが不思議そうな顔をするも、すぐに何か思い立ったのかすっきりした表情へと変わった。
「……? あぁ、そうかそうか。すまん、少し言葉足らずだったな。戦いに行くのではなく話をしに行くだけだぞ」
「……?」
その言葉に今度はこちらが不思議なものを見るような表情になる。
話をしに行く、と今ブレイヴは言っただろうか。言ったよな……?
あれ、自分の知識ではドラゴンって強大な力を持っているがカテゴリーとしては魔物だったはず。
身近な魔物として挙げるなら自分にはポチがいる。しかし獣魔契約しているポチですら言いたい事は分かるものの別に喋るわけではない。
後は喋る魔物と言えばエンドーヴルで遭遇した合成デッドリーベアぐらいだが、あれは人が混じってたから例外だろう。
いや、それよりもまずは根本的なことを聞かなければ。
「あの、ブレイヴさん。ドラゴンって喋るんですか?」
「あぁ、知らなかったのか? 高位の魔物や年齢を重ねた個体は言語を交えての対話が可能だぞ。無論全ての個体がそうではないのだがな」
「知らなかった……。あれ、でも対話可能なら余計に魔宝石手に入れるの無理なんじゃないんですか?」
魔宝石とは要するに魔石だ。
魔物から魔石を取るためには討伐する必要がある。例え会話が出来たとしてもくださいと言って、はいどうぞと渡してもらえるような代物ではない。
「なに、別にそいつから貰おうって訳じゃない。大船に乗った気で我に任せてくれれば問題ないぞ。我が勇者的交渉術の腕前は種族の壁すら越えるからな!」
(不安すぎる……)
勇者とドラゴンの交渉術って物理的解決のようなイメージが強いんだけど本当に大丈夫なのだろうか。
直接戦闘するわけではない点はとても大きいが、それが信用できるか否かといわれたら……うぅん、正直微妙なラインである。
そんな事に頭を悩ませていると、珍しくエルフィリアが小さく手を上げるのが見えた。
「あの、ブレイヴさん。質問が……」
「確か君はエルフィリア、だったか。何かね」
「えと、万一そのドラゴンさんが襲ってきたとき、ブレイヴさんがどうにか出来るとかは……その……」
「ふむ……つまり戦力面で不安を感じていると言うことか?」
「ブレイヴさん、私からちょっと補足するね。ブレイヴさんの強さは昨日手合わせして分かってるんだけど、守る方としては剣じゃ複数人は厳しいんじゃないかなぁって思うの」
この辺のコロナの言いたい事は何となく分かる。
護衛としてコロナを見る場合、基本的に彼女の味方を守る方法は『敵を倒す』と言うことになる。
彼女自身は十分に強いのだが、反面剣でしか戦えない為数や面に対して弱い部分があった。
実際ドルンやエルフィリアが加わる前、複数の魔物と相対したときに後ろに抜けられたこともある。
これはコロナの落ち度ではなく、単に彼女の様な剣士としての出来る事の領分を超えたからだ。
今回の場合ドラゴンと相対するパターンになったとして、それに対しブレイヴが抑えれると仮定する。
ドラゴンを相手取れるのかと言う疑問はこの際置いておいて、仮にそれが成り立ったとしてもブレイヴが抑えれるのは敵視を取ったり爪や牙を受け持つぐらいだろう。彼はコロナと同じ剣を扱うタイプみたいだし。
ブレイヴの知るドラゴンがどの様なドラゴンかは知らないが、もしブレスや尻尾など広範囲攻撃をされた場合、自分含む後衛組はひとたまりも無くなってしまう。
そしてこの考えはどうやら当たっていたようで、コロナがほぼ今思ったことと同じ事をブレイヴに説明していた。
「なるほど。確かに我だけならばどうにでもなるものでも、そちらにとっては致命傷になりかねんか」
「むしろ消し飛ぶ可能性すらありますよ……」
「ならばもう一人加えようではないか。我と奴の二人体制ならまず問題無いだろう。では早速声をかけてくるとしよう」
「奴? って、そもそも行くなんて一言も……行っちゃった」
止める間も無くブレイヴは個室から出て行ってしまった。
どうするんだ、と言うなんとも言えない空気が個室内に漂い始めるがもはやどうしようも出来ない。
「……まぁ巻き込まれた誰かには悪いけど行かないよ。やっぱり不確定要素多すぎるからね」
苦笑しつつ皆にははっきりとそう告げる。
色々してくれるブレイヴには悪いが、やはり領分を超えすぎた冒険はするべきではないだろう。
その言葉に皆も了解とばかりに頷き再び読書タイムに戻る。
(巻き込まれる人にも一言ぐらい謝らなきゃいけないかなぁ)
ブレイヴが先走った結果ではあるが、当事者としては知らん顔も出来ない。
どこかでその人に謝罪しなきゃなと思いつつ、この時はそこまで急ぎ気にすることは無いと思い再び読書に勤しむ事にした。
後に即座に止めておけば良かったと後悔する事になるとも知らずに……。
◇
「あの、良い天気ですね」
「そうね」
「その……やっぱり今はあまり街の外に出ることは少なく?」
「……そうね」
(と、取り付く島もない……)
隣の席に座る人にそれとなく声を掛けてみるも反応が薄い。いや、非常に不機嫌オーラが出ていて物凄くやりづらい。
あれから数日経った。現在自分達はディモンジアを出立し魔国の街道を進んでいる。
カーゴを引く戦狼の左右を歩くのはドルンとブレイヴ。
そして御者台には自分とミーシャが並んで座っている。
そう、魔王様である。
会うのは初めてではないがこうして一緒に旅をするなんて思わなかった。むしろどうしてこうなった、と何度も頭の中で反芻している。
事の発端は言うまでも無く前方をノリノリで歩いているブレイヴだ。あの時のもう一人と言っていたのがミーシャだったらしい。
だが自称勇者と正式魔王では立場が違いすぎる。
普通ならば魔王自ら出向くなんて事は無いはずなのだが、事ミーシャに限って言えば可能な限りブレイヴに合わせてしまうだろう。
とは言えミーシャは個人で好き勝手動ける立場ではない。仮に恋慕が周知の事実だったとしても普通は周りが止める。
だが有能なあの人達は止めずむしろ後押しをした。もちろん面白おかしくではなくちゃんと理由が合っての事だ。
そうして様々な事情と思惑が交差した結果、自分達は例のドラゴンの所に行く事になってしまった。
「あの、本当にこんなことになってすみません」
「……ふぅ。いいのよ、少し大人気なかったわね。それに私が勝手に浮かれちゃったのもあるしね」
申し訳無く思い改めて謝罪を口にすると、彼女も落ち着いてきたのか内側にこもった熱を出すように一息を吐く。
やや張り詰めた空気もそれに合わせ霧散し、ようやく彼女とまともな会話をする事が出来るようになった。
「ちなみにブレイヴさんは今回は何と?」
「『ちょっと遠出しないか? 少し日数掛かる場所だが一緒に来て欲しい』。そう言うものだからてっきり……」
まぁ恋に恋する乙女からすれば惚れた相手からの誘いでは二つ返事で了解してしまうだろう。
ただもう少し情報を精査するべきでは無かったかと思わなくは無い。
「でも本当のこと知ったのは昨日よ、昨日。しかも皆でグルになってそれまで黙ってたなんて酷いと思わない?」
「あー……確かにそれは。でも当日に知らされるよりはまだマシかと」
「むしろ仕事を完璧に終えるまで黙ってたって可能性もあるわね。あいつら、帰ったら覚えてなさいよ……!」
彼女の脳裏によぎっているのは出立時に来ていたあの人達の事だろう。
右手に握り拳を作り復讐に燃えそうな雰囲気を出している魔王様だったが、それもすぐに収まりふぅと息を吐く。
「まぁ今回の件については丁度良かったかもって思ってるのよ。あなた達へ借りを返せそうだし」
「何かしましたっけ?」
「それは、ほら、あれよ。服の件でフォローしてくれたでしょ?」
あぁ、そう言えばそんなこともあった。
確か図書館の初日のときにブレイヴに相談されて、そのままこの人が連行して行ったんだっけ。
その後のことは聞いていないが、この様子だとそれなりに上手くいったのだろう。
「それに今回はあいつ発端だけど、あなた達も魔国のゴタゴタに巻き込まれたようなものだし……」
「あー……まさかの展開でびっくりしましたよ。気づいたら外堀埋められているとか中々無いですし」
「私もそこまでするとは思ってなかったから止めようが無かったからね……。あいつの奇行は把握はしてたけど、皆がそこまで切羽詰ってたなんて思ってなかったもの」
気づいたときにはすでに雁字搦めになりもはや自身ではどうすることも出来ない状態になっていた。
一体何故、どうしてそうなってしまったのだろうか。
今一度この状況を把握するため、思い起こすのは昨日と今朝の出来事であった。
苦労人系魔王様




