ドラゴン
「しっかし強かったねぇ」
冒険者ギルドで模擬戦をしたその日の夜。
ブレイヴと別れいつものメンバーと宿の食堂でテーブルを囲み、食事を取りながら出てくる話題は昼間の模擬戦のことだった。
「曲がりなりにも勇者を自称するだけあるってことか」
「う~……なんか納得いかない……」
「えと、あまり気にしない方が……」
膨れっ面で不満たらたらの顔をしているコロナ。
なんと彼女は本日のブレイヴとの模擬戦で全敗を喫していた。
最初は二人とも普通に打ち込んでいたのだが、ブレイヴに余裕が出てきたのか途中から妙なポーズを取ったり奇妙な剣術をするようになっていた。
そのため奇人を相手にする事に慣れていないコロナはリズムを崩され、そのままずるずると押し切られてしまったのだ。
「まぁコロが戸惑っちゃったのも敗因かもしれないけど、それを抜きでも強かったんじゃない?」
「だから納得いかないのー!」
奇を衒うなんて言葉はあるが、それを踏まえてもある程度――それこそ対峙する相手と同等の力量が無ければ正攻法で押し切られてしまう。
コロナが不満に思っているのは正攻法でも多分負けていたと感じているのに、更にあんな変な事をされては舐められた様に思ってしまったためだ。
一応ブレイヴから聞いたところその様な意図は無く、単に勇者としてのカッコイイ戦闘法を色々模索した結果らしい。
頭ではそれを分かってても、感情が追いつかないのはままあること。当人も済まないと謝罪もし、コロナもそれを受けたのだが、気持ちを消化するのはもう少し時間がかかりそうだった。
「そいやヤマルのソレは《軽光》魔法の練習か?」
「うん、細かく動かすならこういうのもありだと思うし」
ドルンが言うソレとは自分の前に浮いている《軽光》魔法で作った食器。
正確に言えばナイフとフォーク、それと箸だ。
細かい操作の練習としてこうして日常的に使える物を使う事にしたのだが……。
「ただ結構難しい……」
「皿割るなよ?」
力加減や細かい動きなど、手で当たり前でやれることを操作するとなると中々どうして難しい。
一番操作が楽なのがフォークだ。動きは基本刺すぐらいしかない。
ただ《軽光》魔法は力があまりない。持つ分には良いのだが、何かを乗せたりすると途端に動けなくなる。
こうしてフォークに食べ物を刺して、ちゃんと魔力だけで支える重さを考えつつ落とさないようにバランスを保つ。これも難しいがまだナイフや箸に比べればマシだろう。
ナイフは一定の力で切らないと他を傷つけてしまう。箸に至ってはナイフとフォークのあわせ技に近い。
むしろ挟む工程がある分難易度が一気に上がっている。
でもこういう細かい部分で操作できるようになれば、今以上に扱えそうになるような気はした。
「ポチ、いくよー」
「わう!」
肉を小さく切り分けフォークに刺し、ポチの口元まで運ぶ。
一応落ちたりしてもいいようにすぐ下に手を添えてはいるが、浮いているフォークの下に自身の手があるのは何ともシュールな光景だった。
ともあれそのままポチに肉を食べさせながら、話の内容は明日以降の予定に移る。
「それで明日はまた大図書館行こうかなって思ってるんだけどいいかな?」
初日は何だかんだあって午前中しか調べ切れていない。
翌日、つまり今日は一日中訓練に明け暮れた。
あの蔵書全てを網羅するつもりはないが、まだまだ得たい情報は山の様にある。それにちょっと追加で調べたいものも出来たし……。
「そりゃヤマルが良いなら構わねぇけど、お前はいいのか?」
「ん、良いって何が?」
「何がじゃねぇよ。数時間良く分からん状態だった場所だぞ。同じ事が起こらない保証は無い場所だが良いのかって事だ」
……そう言えばそう言う話になっていたと今更ながら思い出す。
実際は閉じ込められはしていたものの、二度と同じ事が起きないのは分かっている。まぁあの場所に行けば任意で起こせはするけど、流石にもうするつもりは無い。
「まぁ……うん、大丈夫だと思うよ」
「お前がそれで良いならこれ以上は言わんが、念のため本探す時は誰か連れていくようにしとけ」
「ん、了解」
とは言え何も無いから大丈夫、なんて根拠を示せるはずも無く、ドルンの提案は素直に受ける事にした。
◇
「あ、皆様。おはようございます! 今日はどの様な本をお探しですか?」
翌朝、魔王城の大図書館に皆と行くと、丁度受付に見慣れた小柄な鳥娘――ピーコが元気良く挨拶をしてきた。
それ自体は見てて微笑ましいのだが、図書館の中でそんな大きな声を出して良いのかとついつい思ってしまう。
……うん、何か職員含めほっこりしてるので大丈夫なんだろう。
「そうだね……ちょっと待って、メモ出すから」
「あ、じゃあ私の借りたい本を先に言うね」
コロナ達がピーコに本の要望を出す中、スマホを取り出しメモ帳を立ち上げる。
丁度昨日読もうと思っていた本をいくつかピックアップしておいた。全て読みきれるかは分からないので、まずは三冊ほど借りてみようと思う。
「フルカド様、お探しの本分かりましたか?」
「あ、うん。本のタイトルじゃないんだけど、魔国の歴史書、特に戦闘関連のやつ。それと二百年前の大戦後に起きた魔物の大討伐の資料。後は……ドラゴン関連の本があればそれも」
「ドラゴン……ですか?」
「あれ、閲覧制限とか掛っちゃってたかな?」
「あ、いえ。フルカド様から出そうに無い言葉でしたので。では皆様の本を探してきますので、あちらの三番の個室にてお待ち下さい!」
そう言うとピーコは他の職員にこの場を任せ、本を探しに文字通り飛んでいった。
彼女の後姿を見送っては指定された個室の方へと移動する。
皆で荷物を置きピーコを待っていると、先ほどの自分の本のラインナップに対し質問が飛んできた。
「ヤマル、ドラゴン……狩るの?」
「いや、狩らないよ。流石に危険すぎるって」
若干不安そうに言葉を掛けてきたコロナに苦笑を漏らしながら手を横に振る。
さすがにアレを狩るなど考えてもすらいない。
ドラゴン。
日本ではゲームのみならず様々な分野で登場する最も有名な怪物の一種だろう。
作品によって差異はあるものの、総じてドラゴンと呼ばれる種族は強いと言う一点においてはほぼ共通している。
この世界もそれは例外では無いようで、二つ名の『殺し』系で一番有名なのは『竜殺し』だろう。
『竜殺し』は文字通りドラゴンを屠った英雄に付けられる二つ名。そしてもっとも困難な二つ名としても知られている。
強固な鱗に爪と牙、あとは種族ごとで異なるブレスなどその凶悪さを上げるなら枚挙に暇が無いほどだ。
だがそれらを乗り越え竜の素材で作った武具はまさに英雄の証。幾多の冒険者や腕に覚えのある傭兵がドラゴンへ挑み、そして帰らぬ人となった。
コロナが不安がるのも無理のない話である。
「竜種は総じて強いって話だからね。小型でも要注意って聞いてるし、俺なら全力逃走まったなしでしょ」
「だな。まぁそもそも滅多に見るもんじゃないからなぁ。そもそも今って《竜殺し》何人いるよ?」
「えーと、イワンさんは《竜殺し》の称号あるよ。他は誰かいたかなぁ……」
少なくとも知ってる範囲ではあのイワンのみ。
人王国でもランクの高い冒険者や傭兵なら退治経験がある人もいるかもしれないが、今の所そのような話は聞いていなかった。
もしかしたら魔国なら《竜殺し》は複数人いるかもしれない。ここの人って基本強いみたいだし。
「まぁちょっと話ずれたけど、ドラゴンクラスの魔物なら魔宝石持ってる個体がいるかもしれないと思ってさ。それで調べようとしたわけ」
「戦う予定ないのにか?」
「生態を知るだけでも意味はあるよ。それにもし死ぬ直前の行動を把握できたら、上手くいけばそのまま入手できるかもしれないしね」
例えば竜種は死の直前こういう場所を目指すとか、こんな行動を起こすとか……。
もし特定の行動を起こすなら先回りをするとか、その場に探しに行く等すれば上手くいけば戦わずして手に入るかもしれない。
まぁよっぽど運が無いと無理だろうけど……。
「皆様、お待たせしましたー!」
「速?!」
そんな話をしていると本を探し終えたピーコが個室へと入ってきた。
両手に抱えるようにして十冊近い本を持っているも、彼女は器用にそれをテーブルの上へと運び終える。
もしかして自分より腕力あるのかもしれない。
「それでは御用の際はまた声を掛けて下さい!」
失礼します!と元気良く頭を下げピーコは部屋を去っていく。
その姿を見ていると彼女はこの仕事が好きなんだなぁと言う姿勢がありありと感じられた。自分が日本で働いていた頃とはまさに対極的な姿だ。
あのように働ける姿が正直羨ましく思える。
「……ヤマルさん、どうかされました?」
「ううん、何でもないよ。さ、読書読書」
軽く首を横に振り頼んでいた本を一冊手に取る。
そして自分が本を開き読書体勢に入ると、皆もそれに習うようにそれぞれの本を読み始めていった。
◇
(ふーん……)
ペラリペラリと本のページを捲り、その内容を頭の中に蓄積していく。
ドラゴンの生態、歴史書から過去に出てきたパターン。それらをまとめ組み上げていくと一つの答えが導き出された。
(思ってるようなドラゴンってもう殆んどいないのか)
自分が思い描く、いわゆるゲームのようなドラゴン。
巨躯でその鱗はあらゆる攻撃を弾き、様々なブレスを放つイメージのある姿。だがそのようなドラゴンは見かけなくなって久しいらしい。
昔はそういうドラゴンもちゃんと存在しており、強大な力からある意味災害の一種のような認定をされていた。
しかしあるときを境にあまり見られなくなってしまったようだ。
絶滅はしておらずごくごくたまに目撃情報はある。ただあるにはあるが大体は飛竜の様なものらしい。
イワンの『竜殺し』も多分これだろう。飛竜も十分驚異だと書かれている。
(でも今ドラゴンって言われているのはコッチか)
視線の先のページに描かれているのは四足歩行で火を吐く魔物。ワニとトカゲを足して割ったような姿で、冒険者や傭兵などがドラゴンと指すと大体これになるらしい。
サラマンダーと呼ばれるこの魔物も本によれば相応に強いらしいのだが、如何せんドラゴンの下位互換のような感じが否めなかった。
ちなみに残念な事に魔宝石持ちでは無いとのこと。
(ドラゴン狩りなんてするつもり無かったけど、全くいないとは思わなかったなぁ……)
そもそもドラゴンを調べようと思ったのは魔宝石持ちと言う情報を得たからだ。
情報の発信源は叡智の魔王マテウス。
一昨日、去り際に魔宝石持ちを知らないか聞いたところドラゴンであれば例外なく持っていると教えてくれた。
ただし彼が存命していた時代では普通にいたドラゴンも、今の時代では見かけなくなっているとは流石に思わなかったらしい。
数百年以上ずっと大図書館で封印状態だから知らないのも無理は無いのだが、残念と思ってしまうのはわがままだろうか。
(しっかしどうしよう……)
折角得た情報が空振りに終わった事に対し残念に思うが、それ以上に今後どうしようかと言う先行きの見えない状態が不安を駆り立てる。
現魔王のミーシャも魔宝石持ちの魔物は以前討伐されたと言っていたしまさに手詰まり状態だ。
――だがこの後、ひょんなところからちょっとした情報が入ってくる事になる。
次回、『薬草殺し』vs『竜殺し』!!(大嘘




