《軽光》―ディライト―
「いや、すまなかった。ちょっと醜態を見せてしまったな」
(あれがちょっと……?)
十数分後。ブレイヴはまるで何事も無かったかのように立ち上がるとけろっとした顔をしていた。
自分の中で折り合いがついたからだとは思うが本当に大丈夫だろうか。
コロナがフリスビーに反応を示したように、ブレイヴがあの光の剣に毎回反応してしまうようになっては本末転倒になってしまう。
「あの、もう大丈夫なんですか?」
「無論だ。弱点を克服してこその勇者――」
「《生活の光》、《固定》」
《生活魔法》と『魔力固定法』で作った光の剣を出した瞬間、ブレイヴの言葉が止まり小刻みに震えだす。
だが先ほどより耐性が出来ているのか、今度は崩れ落ちることは無かった。
「克服してこそのゆゆ勇者だだだぞ」
「そんな動揺全開で言われても説得力が……」
しかし全くダメージが無いわけではないようだ。むしろコロナのフリスビーより悪化しているかもしれない。
本気でコロナに戻すかと検討しはじめるも、それを察したブレイヴが待ったをかける。
「大丈夫だ! これしきの事で、屈する、我では……いかんいかん!」
剣をメトロノームのように右に左に揺らすとそれに釣られてブレイヴの顔も右に左にと揺れ動く。
だがすぐさま煩悩を振り払うように首を動かすと、そのまま両頬を強く叩いては気を入れなおした。
「ヤマル、すまんが少しそれを引っ込めてはくれぬか」
「あ、うん」
かなり真顔でそう言われては断る理由もなく一旦剣を引っ込める。
それを見届けるとブレイヴがドルンの方へと向き直った。
「ドルン氏。率直に聞くが先のヤマルの剣、ないしはそれに類する剣は造れるか?」
「あ? あ~……無理だな。光沢で光る剣ならまだしも自発的に光ってる剣は鍛冶屋の領分じゃねーよ。もしやるとしたら人王国の魔道装具の部類になるな」
「なるほど、人王国の魔道装具か。感謝する」
……あれ、なんだろう。将来的に関わる妙なフラグが立った気がする。
だが気がするだけ。決定じゃない。
そう、これは今あれこれ考えても仕方の無いことだ。分からないことは分かったときの未来の自分に任せ今は目の前の事に専念しよう。
なお思考放棄ではないと自分には強く言い聞かせておく。
そんな事を頭の中で考えていると再びブレイヴがこちらへと向き、ちょっとした質問を投げてきた。
「ヤマルよ。そう言えばあの光る剣の魔法名は何というのだ?」
「うぇ? 魔法名……えーと、特に無いですね。あ、《生活魔法》ってのをこう上手い具合に変化させて……」
「ふむ、既存の魔法では無いのだな。ならば名が決まってないのは不便では無いか?」
「えぇと……どうだろ」
問われた内容に思案するもそこまで深く考えたことは無い。
実際成果として武器として一応使える剣は出来ているのだ。あまり困ってない以上、普通に『《生活魔法》で作った剣』みたいに考えていたぐらいである。
「名が無いのであれば付ける事を勧めるぞ。名は力の在り様を示し、その存在を位置づけるものだ。特に力の行使を行う魔法であればその恩恵は大きいぞ」
「そう言うものですか……?」
「うむ、そういうものだ」
でもブレイヴが言っている事は何となくは分かる。
あの光の剣も《生活の光》を使った後に『魔力固定法』を重ねているようなもの。要するにステップを二つ踏んでいる。
ここに専用に名称を付けてあげれば最初から『固定された状態の光の剣』が出せるとは思う。
でも急に名称と言われても……。
「ふむ。特に無いのであれば我が良い名をつけてやるがどうだ?」
……あれ。これもしかして付ける付けないではなく自分が付けるかブレイヴに付けてもらうかの二択になってない?
「そうだな。《偉大なる勇者の光》……」
「わー! わー!! 折角だから自分で考えたいなぁー?!」
「そ、そうか。まぁオリジナルであれば思い入れもあろう。好きな名をつけるが良い」
流石にブレイヴに任せるのは危険と判断し慌てて止めに入る。
それ自体には成功したが、代わりに名前を付ける事が決定事項になってしまった。
うぅ……あんまりこの手の名前はつけるの苦手なんだけど……。
「ヤマル、何か案あるの?」
「今考えてる……」
急な話に無い頭をフル回転させて必死に名称を考える。
別に今すぐ考える必要性はないのだが、いつブレイヴの気が変わって『困ってるようなら我がつけてやるぞ』とか言い出しかねない。
えーと、とりあえず《生活の光》だから生活……いや、あれは生活は違うな。光、光……。
光の剣を直訳したら某有名なSF映画の武器の名称と同じになってしまう。
と言うかそもそも剣の形状をしてただけで別に剣である必要性は無い。となると剣は外れることになる。
(光は使うとして……)
他に特徴は?
固定? でもそれは発動用の魔法名として既に使ってる。
それに『光固定』とか語呂が悪い。魔法名っぽく無い。
どうせなら少しぐらい洒落た感じにはしたいとは思っている。……自身のネーミングセンスが許せば、だが。
後は何かあったかなぁ。
皆に検証してもらったとき何て言ってたっけ。
(ヤマル、この剣は私じゃ扱えないよ)
(だって軽すぎだもん。魔力で造ってるから仕方ないといえば仕方ないけど……)
……さすが自分の護衛さんだ。名付けでも自分をしっかりと守ってくれている。
とするとさっきの光と合わせて読みは……。うぅん、しっくり来るのがこれしかない。
それに名付け理由が雑すぎる気がしないでもないが……まぁいいか。
「よし、決まったよ」
「おぉ、では早速聞かせてくれたまえ!」
……そんな期待に満ちた目を向けられるのすっごい恥ずかしいんだけど。
なんだろう。あぁ、あれだ。学校で読書感想文朗読したりするような、そんな感じ。
「えーと、《軽光》にしようかな、と」
「ほう。ん、剣が入ってないようだが?」
「あ、別に剣以外でもいけるんですよ。だから《軽光》シリーズみたいな感じでしょうか」
さっき使った剣なら《軽光剣》、槍なら《軽光槍》と言った具合になる。
自分の中では割と良い響きでまとめれたとは思うが、皆はどう感じるだろうか。
「ふむ、ディライトか。日光から来ているわけだな」
「……え」
あれ、なんでそうなる。
もしかして異世界翻訳機能は造語には対応していなかったりするのだろうか。
そんな考えを他所にどんどん外堀が埋まっていく。
「なるほど。ヤマルさんの《生活の光》って夜でもお日様みたいに安心させてくれますもんね」
「え、ちょと待って……」
「ヤマルにしては中々良い名付けしたじゃねぇか」
「いや、あの……」
「私もすごく良いと思うよ。ね、ポチちゃん?」
「わん!!」
どうしよう、すごくいい感じに纏まっているがそんな大層なところから名付けた訳じゃない。
あの魔法は『軽さ』と『光』の二つの特徴があるから、二重の意味を持つライトでD-lightにしただけである。
……はい、かなりこじ付けっぽいのは自覚しています。
このままいい感じで終わっても良かったが、この手の話しは後になればなるほど修正しづらくなるのを知っている為正直に話す事にした。
まぁ、うん。すぐに訂正できなかった俺も悪かったから、その何とも言えないような申し訳ない表情は向けないで頂きたい。
割りと心が折れそうになる。
「まぁ我の早とちりだからそんな顔はするな。ヤマルが気にすることは何もあるまい」
「そうかもしれませんけど……」
「ともあれこれで憂いは何も無くなったな! さぁ存分に戦おうではないか!」
少し前に泣いてた人とは思えないぐらい気合い十分といった様子を見せるブレイヴ。
この何とも言えない微妙な雰囲気を晴らそうとわざとそうしてくれてる……と思いたい。
「では改めて……よろしくお願いします」
「うむ、存分に試すがよい」
ブレイヴと互いに距離を取ったところで再びコロナが間に入る。
そして先ほど同様に手をあげ自分とブレイヴを交互に確認するとその腕を振り下ろした。
「はじめ!」
「《軽光剣》!」
先ほどと同様左手に現れる光の剣。だがその完成までの時間が更に短縮されていた。
やはりブレイヴの言うように名を付けたことで力の方向性や存在が固定されたのかもしれない。
「ていッ!」
まずは小手調べとばかりにフリスビーのように水平に腕を振りその剣をブレイヴに投げつける。
軽い分遠心力が殆ど無いものの、手から離れた剣は回転しながら真っ直ぐブレイヴに向かって行った。
対するブレイヴは避ける動作すらせず、手に持った模擬刀を軽く振り下ろすだけでそれを真っ二つに叩き割る。
「どうした、こんなものか?」
「いえいえ、こっちも色々考えて試しながらですから」
所詮自分の腕力や身体能力では武器を投擲したところでたかがしれている。今の攻撃も対処されることは別段不思議ではない。
ただ横に回転する剣を器用に真っ二つにしたのは正直すごいと思う。あのような事は丁度剣が真横を向いたときに振りぬかないと出来ない芸当だ。
やはり普段は奇行が目立つブレイヴだがその実力は高いのだろう。
「じゃ、ギア上げていきますよ!」
続けざまに先と同じ様に《軽光剣》を出し再びそれを左手に持つ。
《軽光》シリーズとして名を持ったが、この魔法は《生活の光》に『魔力固定法』を使用したものだ。
本質が《生活の光》であることに何ら変わりは無い。
つまりそれは《生活の光》で出来たことが、そのまま《軽光》シリーズでも使えるという事。
と言うことは、だ。
「いきます!」
《軽光剣》を今度は真上に放り投げる。
何を、と皆が見守る中、投げた剣が空中でピタリと動きを止めた。
そのまま《軽光剣》の切っ先がブレイヴの方に向けられた瞬間、一直線に剣が彼へと放たれる。
「ほぉ」
だがそれも予測済みか、はたまた速度が足りていないのか。
ブレイヴは飛んできた《軽光剣》をさも当然とばかりに人差し指と中指で挟み込み動きを完全に止めて見せた。
そのまま指を交差させると《軽光剣》にヒビが入り、あっという間に砕かれ光の残滓が宙を舞う。
「面白いな。だが遅いぞ」
「……でしょうね」
そりゃ元は《生活の光》だ。あれを動かしたことは幾度とあるが発射するような真似はした事無い。
今の射出も速度的には投擲とあまり変わらない程度だった。
なので今度は数で攻める。
《軽光剣》、《軽光槍》、《軽光斧》……都合五つの武器を同時に生み出しそれを別の角度からブレイヴへと再度射出する。
だが最初の剣は柄の部分を握られ、続く斧を奪った《軽光剣》で迎撃。相殺し両方が砕けたところに槍が襲い掛かり、同時に頭上と側面から残った武器が肉薄する。
しかしそれすらブレイヴには問題にすらなりえなかった。
槍を片手で掴むと同時、模擬刀を下から上に振り上げただけで側面と上部の武器が粉々に砕け散る。
「……全部迎撃しきりますか」
「はっはっは! どうした、我はまだ一歩たりとも動いていないぞ?」
「うぐ……そりゃ気づいてましたけど……」
全て防がれるか避けられるかは想定はしていたが、まさか多面攻撃に対して全く動かず対処するなんて思わないじゃないか。
しかも武具で受け止めたや避けたのではなく、すべて迎撃するか掴み取られた。完全に見切られてると見て良さそうだが……これはこれでちょっと自信を無くしかけてしまう。
(……いや、当たらないのは当然だ。実力差を考えろ、積極的に当てていけ。せめて回避行動ぐらいはさせるんだ)
むしろここまで実力差があると一種の安心感がある。
即ち、こちらが何をしても相手が傷を負うことは無いだろうと言う安心感だ。
ならばもっと色々やろう。遠慮は不要、手加減無用、ブレイヴだってそう言っていたじゃないか。
「どうした、もう終わりか?」
「まだまだ!」
そう、まだ始まってから数分も経っていない。こんな短時間でネタ切れは流石に恥ずかしいし来てくれたブレイヴに申し訳ない。
再びブレイヴへ攻撃をすべく《軽光》武器を生み出すと同時、銃剣のレバーを手前に引いた。
遅まきながら主人公っぽさが出てきた……かも?




