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大図書館の謎


 ミーシャがブレイヴを連行するのを見送ったところで再び読書タイムへと入る。

 暫く一人で本を読んでいると皆もそれぞれ数冊の本を抱えて戻ってきた。

 コロナはこの辺りの魔物の分布図やマレビトについての資料を。

 エルフィリアは魔族の魔法や魔国の料理本等を。

 ドルンは武具や鉱石、建築など物造り関連の本をそれぞれ選んだようだ。


 騒がしい人物がいなくなったせいか、魔国に来てから一番静かな時間がゆっくりと過ぎていく。

 紙をめくる小さい音だけが聞こえ、どっぷりと読書に費やしているといつの間にかお昼を過ぎてしまっていた。

 ピーコが食事に誘いに来なければこのまま読みふけっていたかもしれない。

 彼女に案内され魔王城の食堂で昼休憩を取ることにした。

 本来スタッフ用の場所なのだが、ここにもミーシャが手を回していたらしく今日は特別に自分達も同伴できるようになっていた。

 普段見かけない他国の面々に食堂にいた魔族の視線が集まるが、流石に三日目ともなれば多少なりとも慣れたもの。

 それに一緒にいるピーコの存在も大きいだろう。彼女が一緒にいることで関係者と思われているようだ。

 そんな食事中の会話は自然と図書館についての内容になる。


「どうですか。皆さんのご希望の本はありましたか?」

「こっちはピーコさんに選んでもらったものだからね。全部は読みきれてないけど、見た部分だけでいえば十分な内容が書いてあったよ」


 こちらの答えに嬉しそうにはにかむピーコはやはり可愛らしい。

 その様子に頬が緩んでいるコロナやエルフィリアも同じ様に内容については満足しているようだ。

 特に手放しで絶賛しているのがドルンである。

 体仕事が好きそうなドルンだが、意外にも書物を読む姿は真剣そのもの。

 貪欲に知識を吸収しようと言う姿勢が感じ取れ、自分達よりもずっと早い速度で選んだ本を読んでいた。


「やっぱ蔵書量が段違いだからな。可能なら何冊か借りて宿で読みたいところだ」

「そう言ってもらえるのは嬉しいんですけど、残念ながら貸し出しはしていないんですよ。依頼があれば私たちスタッフが写本は行いますけど時間もそれなりに掛かってしまいますね」

「そうか。しかし写本か……」


 あ、この顔はやってもらいたがっている顔だ。

 多分今ドルンの頭の中ではどの本を写本にしてもらうか目まぐるしく計算しているのだろう。

 普段なら即決しそうなところだが、まだ彼も読んだ本は数冊だけだ。あの図書館の規模から蔵書量はかなりあり、いくつか厳選するだけでもかなりの手間と労力が伴う。

 頼みたいところだが厳選し切れてないと言う現実が、依頼するのに二の足を踏んでしまっているのだろう。


「あ、そう言えば一つお知らせがあるんでした。本日午後から図書館探検隊の活動がありますので少しだけ騒がしくなるかもしれません」

「図書館探検隊……?」


 聞きなれぬ単語に首を傾げているとピーコが何の事か順を追って説明しはじめる。


「図書館探検隊は名前の通りあの図書館を調べる集まりですね。メンバーは様々ですが、主に魔国の有志の研究者さん達になります」

「図書館を調べるの?」

「はい。あの図書館が叡智の魔王様が建てられたのは皆様にもお話した通りなのですが、実はあの建物には百の謎があるんですよ」


 それは数百年も昔の事。

 叡智の魔王が死去ししばらくたったある日の事だった。

 遺品整理をしていた親族が叡智の魔王の手記を見つけたのだ。

 それによると大図書館には叡智の魔王の手により百の謎が秘められており、それを解いた者は同様の叡智が得られるというもの。

 最初は眉唾ものだったこの内容も一つ二つと謎が解かれ、その褒賞とばかりに貴重な本や資料が出てくることで誰も彼もが我先にと謎解きに挑戦することになる。

 だがトントン拍子で解けたのは最初の数個のみ。

 残りはさすがは叡智の魔王と言わんばかりの難解な謎が多く、個人でやっていた謎解きも限界に達し今では有志による研究機関が立ち上げられる程になっていた。


「あの図書館にそんな秘密が……」

「まぁ実際秘密でも何でもないですけどね。魔国の住人なら殆どの方が知っていますし」

「それでその謎ってのは今いくつまで解けてるんだ?」

「確か現在は七十三個の謎が解き終えてますね。手記通りならあと二十七個ですか」

「あ、思ったより進んでるんだね」

「そうでもないですよ。確かに後半戦に突入して久しいですが、それでも数百年以上費やしての七十三個です。数を重ねるごとに難しくなってますし、完全制覇は数百年後じゃないかって言われてますね」


 それでも途中の謎が解ければ褒賞が出る上、研究者として名を連ねる事が出来るため挑むメンバーは後を絶たないらしい。

 もし自分がこの世界の住人だったとしても、数百年後はどう考えても生きていない。

 その最後の謎がどうなるのかが少しだけ気にはなるが、流石にどうにも出来ることではないので諦めることにした。


「ね、ね。ヤマルならもしかして解けちゃうんじゃない?」


 だがコロナは諦めきれなかったようだ。

 何をどうしたらその様な結論になったのか不明だが、期待に満ちた目でこちらを見てくる。

 だが残念ながら彼女のその期待に応えれることはまずないだろう。


「もしかしても何も無理だって。そもそも数百年間も研究と研鑽を重ねた人達が今も頑張ってるんだよ。ぽっと出の人間が横からパパっと解けるような謎じゃないって」

「そうかなぁ。人王国の遺跡の例もあるし、ヤマルならもしかしてって気もしたんだけど」


 あぁ、確かにあの遺跡も謎っぽいし、一応前例があるから少し期待しちゃったのか。

 だけどやはり答えは変わらない。


「遺跡と図書館じゃ系統が違うよ。あっちはもっと古い古代の遺跡で、こっちは魔族の魔王様による建物だからね。存在そのものが謎な遺跡と、人為的に散りばめられた謎じゃ方向性が違うって」

「そっかぁ……」


 しゅんと目に見えてしょげるコロナだが、獣人の喜怒哀楽は本当に分かりやすいと思う。

 表に出やすい性格なのもあるが、耳と尻尾が分かりやすく項垂れているのがその証拠だ。

 ポチに怒った時もこんな感じだったのを覚えている。

 そんな中、こちらの会話内容に興味を持ったのかピーコがその事について尋ねてきた。


「フルカド様は遺跡探索で結果を出されたのですか?」

「うん。と言ってもたまたまな上に自分だけの成果じゃないけどね」


 まず自分だけじゃそもそも遺跡にすら行けなかったし、研修生達がいなければ新しい発見も出来なかっただろう。

 カーゴも人王国の研究者の支援あってこその物だ。決して自分ひとりだけの手柄ではない。


「それでもすごいと思いますよ。遺跡は現存する物が中々ありませんし」

「魔国は遺跡は無いの?」

「あった、が正しいですね。魔物の住処になったり戦争とかで無くなったりしたのが殆どです。あ、でも一つだけ大規模な遺跡を基に街になった場所がありますよ。ご興味ありましたら行ってみるのもいいかもしれませんね」


 後で資料お持ちしますね、とピーコとの約束を取り付け話題は再び大図書館の謎に戻る。

 ピーコが知りえる限りで今までどのような謎があり、どんな褒賞があったのか皆に教えてくれた。

 簡単なのだと本当に謎解きのような物もあったらしい。

 中にはパズル形式みたいなのもあったそうだ。

 一つの謎が解かれるたびに出てくる褒章はどれも叡智の魔王が使用してたと思しき資料や道具類。

 それも発表されることが無かった頭に『幻の』がついてもおかしくないレベルのものばかりらしい。

 流石に集団での探索に切り替わってからは褒章を個人で所有することは稀になり、その殆どが魔王城の宝物庫に保管されているとの事。

 ただ資料については写本が大図書館に保管されているらしい。

 一般閲覧は出来ないから内容については教えてもらえなかったが、もし読みたいのであれば閲覧許可を申請しそれが通れば見せてもらえるとのことだった。


「でもフルカド様や皆様に一度調べてもらうのも手かもしれませんね。この手の研究は凝り固まってしまうと思考が袋小路になってしまいそうですし」

「んー……そりゃ俺も気にならないといえば嘘になるけど、俺らみたいな部外者がやってもいいの?」

「調べること自体は構いませんよ。もちろん本や備品壊したり他の利用者の方の迷惑になるような行為をするのは駄目ですが」


 うーん……興味はあるといえばあるが……でもなぁ……。

 結局悩んだ末にそのお話は一旦保留する事にした。やはり今は魔宝石の方が大事だ。

 こちらの目処がついて余裕があればその時はやってみようと思う。


「興味はありますがまた今度で。先にどうしても調べたい事がありますから」

「了解しました! またお時間あるときにお気軽に声を掛けてくださいね!」



 ◇



「……やばい、どうしよう」


 何をやっても開かない扉にますます絶望感が湧いてくる。

 閉じ込められたという事実に心の中の焦燥感が焦りを加速させる。

 そして自分の迂闊さと軽率さ、そして慢心が招いた現状に後悔の念しか出てこない。

 三十分前の自分をとりあえずぶん殴っておきたい気持ちだった。


『――! ――――ッ?!』

「ひっ!?」


 部屋の中央のテーブルに置かれた本からくぐもった声が聞こえ思わず小さな悲鳴がもれる。

 しかもその本は自分が何もせずともまるで暴れるかのようにガタガタと揺れ動いていた。

 暴れる本の上には何冊もの分厚い何かの本が置かれ――正確には自分が思わず置いてしまった――まるで封印を今にも解かんとせんばかりの光景である。


(本当にどうしてこうなった……)


 こんな場所に何故閉じ込められる羽目になったのかを思い出す。


 確か昼食後は再び大図書館へと戻り午後の読書タイムとなった。

 ピーコも午後の業務があると言うことで彼女とは一旦別れ、『風の軌跡』の面々は読書ブースにてそれぞれ本を読みふけっていた。

 時折読み終わった本を戻したり新しい本を仕入れに席を立ったりもしたが、どこにでもある普通の図書館での光景だったと思う。

 途中ピーコが昼食時に言ってた図書館探検隊と思しき面々が中に入ってきたものの、それ以外は至って平穏な光景だった。


 そして何冊目かの本に目を通し終え、別の本を探しがてら気分転換に館内を軽く散歩しようとしたときのことだった。

 適当にぶらぶらと館内をうろつき、立ち並ぶ本棚とそこに収められた本のタイトルを眺めていると不自然に壁にぽっかりと空いている穴を見つけてしまった。

 本棚と本棚の間に空いたその穴は近づいて詳しく見ると、どうやら螺旋状の下り階段の入り口になっているらしい。

 中は暗く弧を描いている為この位置からでは下まで見えなかった。

 まるで隠し階段のようなあり様に好奇心が沸き立つも、そこで自身の理性が待ったをかける。


 もしかしてこれは例の図書館探検隊が探している謎の何かじゃないのだろうか、と。


 だがこんな分かりやすいぐらい怪しい下り階段を彼らが見過ごすだろうか。

 それにピーコを始めとする図書館のスタッフもこの階段を全く気にしていないように思える。

 現に下りるかどうか悩んでいる自分の後ろをスタッフ含めた数名が何も気にとめることもなく通り過ぎて行った。


(それに進入禁止の場所は確か柵が設置されているはず)


 つまりこの階段は図書館の一般開放の一部なんだろう。

 怪しく見えるのはもしかしたらすでに解かれた謎の残滓なのかもしれない。

 ならば問題ないと《生活の光(ライフライト)》で明かりを用意して階段を慎重に下りていく。

 ここで明かりが何故無いのだろうと気づけば引き返した可能性もあった。

 だがこの時は好奇心が勝った上に、当たり前の様に身一つで光源を確保できる手法が自分にはあった為、その違和感に気付く事ができなかった。

 図書館と言う日常の場所に油断していたのもある。

 そして下りた先で地下室と思しき部屋のドアを見つける。

 頑丈な鉄の枠で作られたそのドアを開け中に入ると、埃っぽい空気がこちらに流れ込み思わずむせてしまった。

 流石にここに来て何かおかしいと感じるも時既に遅し。

 実はこの時すでに扉が閉まり何故か開かなくなってしまっていたのだが、室内の様子に目を奪われていたため気づけないでいた。


 明かりで部屋を照らすと中はとても小さかった。

 中央にテーブルがあり備え付けの椅子は一つ。そしてそのテーブルの上には分厚い本が一冊、意味ありげに鎮座している。

 周囲の壁には上の図書館と同じ様に本が敷き詰められていたが、一部の棚には何らかの器具が所狭しと並べられていた。

 まるで秘密基地のような部屋の様子に思わず男の子としての本能が刺激される。


 そして意味ありげにおかれたテーブルの上の本が気になりそれを何とはなしに開く。

 するとその瞬間、何故か薄紫の煙が本から大量に溢れ出てきた。

 毒ガスかと慌てて本を手放しテーブルから離れた直後、その煙が人の形を取りそして徐々に着色されていく。

 そして数秒の時を待つとそこには厳格そうな魔族の老人が姿を現した。


『我が名は――』


 だが名前を言い終える前にその本を思いっきり閉じた。我ながら電光石火の早業だと自慢出来そうなぐらいの速度だったと思う。

 明らかにやばそうな雰囲気にこれ以上関わってはいけないと本能が最大レベルで警鐘を鳴らしていたからだ。

 本が閉じられた風圧で煙が霧散し男はその姿を消す。だが閉じた本の中から何やら怒号みたいな声が聞こえたため、慌てて本棚から数冊の本を引き抜き重石代わりに重ね置いた。


(そうだった……それで終わったかと思ったら何故かまだ暴れてて……)


 後方には変な魔族が出てくる本。前方は全く開く気配の無いドア。

 逃げ場が無く武器も道具も図書館に置きっぱなしのないない尽くしのこの現状。

 もはや打つ手が無いこの状況に文字通り頭を抱えるしかなく、せめて誰か早く気づいてと祈ることしかできないでいた。


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